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異端の白球使い  作者: R.D
休息
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異端者の独白(4)

 部長とカフェで別れ、自宅へと戻った私は、自室のベッドに横たわり、今日の出来事を反芻していた。市民体育館での、あの予期せぬ再会。そして、部長が語った、滝沢風花という存在を巡る、あまりにも人間的で、そして非合理的な過去の断片。それらが、私の思考ルーチンの中で、複雑なパズルのピースのように、組み合わさっては離れ、明確な全体像を結ぶことを拒んでいた。

(滝沢風花…今日の彼女の姿は、私のデータベースに存在する「元天才ドライブマン」という情報とは、著しく乖離していた。あの虚ろな瞳、生気のない表情、そして他者との接触を極度に恐れるかのような態度…。あれが、いじめという外部からの悪意ある攻撃が、人間の精神に与える影響の、一つの結果ということか…)

 私の分析モデルは、彼女の現在の状態を「深刻な精神的ダメージによる機能不全」と結論付ける。だが、それだけでは説明できない「何か」が、今日の彼女の行動の端々に見え隠れしていたように思う。

(後藤選手に促され、私とのラリーに応じた、あの僅かな時間の集中力。そして、最後にあの「デッドストップ」を返した時の、瞳の奥の微かな光…あれは、完全に心が折れた人間のそれとは、明らかに異質だった…)

(そして、部長の回想…匿名掲示板での誹謗中傷、学校での噂、ラケットの破壊…。それは、私が県大会で経験した、青木れいか選手とその取り巻きたちからの「悪意」のベクトルと、不気味なまでに酷似している。だが、風花さんの場合は、それがさらに執拗で、そして悪質だったということか…)

 私の思考が、自然と青木れいかという存在へと繋がる。彼女の、あの計算されたような笑顔と、その裏に隠された冷たい悪意。

(もし、風花さんを精神的に追い詰めたのが、彼女と同じような、あるいはそれ以上に巧妙な悪意だったとしたら…そして、当時の部長や後藤選手が、その悪意の正体を見抜けず、あるいは気づいていながらも有効な対策を講じることができなかったのだとしたら…彼らの後悔の深さは、計り知れない…)

(部長が、私に昔の風花さんの面影を見る、と言った。私の「異端」な卓球と、「何にも臆さねえ強靭な精神力」。だが、それは、私がこれまでの人生で、他者からの悪意や無理解に対し、自己を防衛するために最適化してきた結果に過ぎない。感情を排し、論理と分析だけを信奉する。それこそが、私の「静寂な世界」の本質だ。風花さんの「太陽のような明るさ」とは、対極にあるものだろう…)

 それでも、部長は、私のその「異端」が、風花さんにとって何か前に進むきっかけになるかもしれないと願った。それは、あまりにも非合理的で、感情的な期待だ。だが、その彼の「感傷」とも言える行動が、今日の風花さんのあの僅かな変化を引き起こしたのだとしたら…

(…「仲間」という変数は、私の分析モデルにおいて、常に予測不能な結果をもたらす。あかねさんの存在もそうだ。彼女の非論理的なまでの信頼と応援が、私のパフォーマンスに、時に計算以上のプラスの効果を与えることがあるのは、既に実証済みのデータだ…)

(そして、後藤選手…彼もまた、風花さんに対し、深い負い目と、そして強い想いを抱いている。彼が私の「実験台」になると申し出たのも、単なる卓球への興味だけでなく、風花さんに何かを見せたい、彼女を励ましたいという、彼なりの不器用な優しさの表れだったのだろう…)

 あの市民体育館での、私と後藤選手の「実験」と称するラリー。それを、風花さんは、どんな想いで見ていたのだろうか。彼女の心の奥底で、何かが変わったのだろうか。それとも、何も変わらなかったのだろうか。

(…「興味、湧きました」…彼女は、確かにそう言った。だが、それが、彼女の「始まりの一歩」となるのか、あるいは、一時的な感情の揺らぎに過ぎないのか…現時点では、判断に必要なデータが不足している…)

 私は、ベッドの上で、ゆっくりとラケットを握りしめる。スーパーアンチラバーの、あの何も生み出さないかのような無機質な感触。そして、裏ソフトの、ボールを強引に支配するための粘着質な感触。

(このラバーは、私自身に最もよく似ている…)

 かつて、未来さんにそう語った自分の言葉を思い出す。

(相手の回転を吸収し、無効化し、そして予測不能な変化を生み出す。それは、私がこの世界で生き残るために身につけた、自己防衛本能そのものなのかもしれない…)

 だが、今日の風花さんの、あの壊れそうなほど脆い姿を見て、そして、彼女が最後にほんの一球だけ返した、あの力の抜けた、しかし確かな意志のこもったボールを見て、私の心に、これまでとは異なる種類の「問い」が生まれ始めていた。

(私の「異端」は、ただ相手を破壊し、勝利という結果だけを求めるためのものなのか…?それとも、このラバーが、この「異端」が、誰かの心を、ほんの少しでも救うことができるのだとしたら…それは、私の卓球に、新たな「意味」を与えることになるのだろうか…?)

 答えは、まだ見つからない。だが、今日の出来事は、私の「静寂な世界」に、また一つ、複雑で、そして無視できないほど大きな「変数」を投げ込んだことだけは、確かだった。

 そして、その変数が、私の卓球を、そして私自身を、どこへ導いていくのか。それはまだ、誰にも予測できない。

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