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異端の白球使い  作者: R.D
熱血漢

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21/694

奇策 vs 熱血

 私のサーブ。奇策を使い先ほどの奇襲が成功したとはいえ、同じ手が何度も通用する相手ではない。


 私は、あえてオーソドックスに、裏ソフトで彼のバック側へ速い下回転サーブを送った。


 部長は、そのサーブに対して、先ほどの動揺を振り払うかのように、力強いバックハンドドライブでクロスに打ち込んできた。ボールは私のフォアサイドを鋭く襲う。


 私は素早く反応し、スーパーアンチでブロック。ボールは回転を失い、彼のフォア前に短く、低く沈む。


「させん!」


 部長は、そのいやらしいナックルボールに対して、体勢を低くし、膝を使い、まるでボールを掬い上げるかのようにしてフォアハンドでループドライブをかけてきた。


 回転量の多い、山なりのボールが私のバックサイドへと飛んでくる。


 …あの体勢から台上で、あれだけの回転をかけるとは。彼のフィジカルと技術は、やはり並ではない。


 私は、そのループドライブに対して、ラケットを裏ソフトに持ち替え、一瞬早く打点を捉え、カウンター気味にミドルへ速いドライブを打ち込んだ。


 静寂 22 - 21 部長


「まだまだぁっ!」


 部長は、声を張り上げ、次の私のサーブを待つ。彼の瞳の奥の炎は、少しも小さくなっていない。


 ここから、まさに死闘と呼ぶにふさわしい、一点の重みが極限まで増したデュースの応酬が始まった。


 私がスーパーアンチの変化でポイントを取れば、彼もまた、持ち前のパワーと気迫でねじ伏せるようにポイントを取り返す。


 私が裏ソフトの鋭いドライブでコースを突けば、彼は信じられないようなフットワークで追いつき、執念のブロックで返してくる。


 スコアは、22-22、23-23、24-24…と、どちらも一歩も譲らずに進んでいく。


 体育館の他の場所で練習していた部員たちも、いつしか練習の手を止め、私たちの台の周りに集まり始めていた。


 息をのむ音、シューズが床を擦る音、そして、私たちの荒い息遣いだけが、張り詰めた空気の中で際立っている。三島さんのペンは、もはやノートの上を走るのを止め、固唾をのんで試合の行方を見守っていた。


 静寂 28 - 29 部長


 再び部長のセットポイント。彼のサーブ。ここまで来ると、もはや戦術や技術だけではない。精神力の勝負だ。


 私は、ここで再び「新しい技」を試みることを決断した。


 今度は、「エッジイン、ネットイン・コントロール」の心理的ブラフ。実際に狙うのではなく、相手に「狙っているかもしれない」と思わせ、判断を狂わせる。


 …エッジインやネットイン、つまり台の角やネットに触れさせるものを狙うこと、スポーツマンシップに欠けると思う、でもやるしかない、勝つために、勝たなければ私の存在意義はない。


 部長のサーブは、私のフォア側へ、やや甘く入ってきた。私は、裏ソフトでドライブをかける体勢に入りながら、ほんのわずかに打点を遅らせ、ラケットの先端でボールの側面下部を薄く擦るようにして、ネットすれすれの、クロス方向へ流し込むような打球を放った。


 ボールは、まるで生き物のようにネットの上を這い、そして…カチャン、と軽い音を立ててネットにかかり、相手コートの、エッジぎりぎりの位置にポトリと落ちた。


 ネットイン、そしてエッジボール。


 静寂 29 - 29 部長


「な、なにぃ…!おい静寂、お前、今の!狙ったのか!?」


 部長は、信じられないという表情で声を上げる。彼の顔には、疲労の色と共に、私の予測不能なプレーに対する苛立ちと、そしてある種の畏怖のようなものが浮かんでいた。


 …狙ってはいない。だが、彼がそう思うのなら、それもまた戦術の一つ。そう割り切り、勝負に徹する


 私は何も答えず、静かに構える。彼の動揺は、私にとって有利に働く。


 スコアは30点台に突入。


 もはや、どちらがセットポイントを握っているのか、周囲の人間にも分からなくなるほどの激しい点の取り合い。


 私の持ち替え、スーパーアンチの変化、裏ソフトの強打。部長のパワー、粘り、そして気迫。全ての要素がコート上で激しくぶつかり合い、火花を散らしている。


 静寂 35 - 36 部長


「…はあっ、…はあっ…」


 依然として部長のセットポイント。体力も、集中力も、限界に近い。額から流れ落ちる汗が、目に入りそうになる。


 私は、ここで私は再び賭けに出る。同じスイングモーションから、全く異なる球質のボールを打ち分ける、薄暗いあの部屋で練習した構えだ、成功率は半分程度。


 だが、この土壇場で、彼の思考を完全に停止させるには、これしかない。


 部長のサーブ。私のバック側へ、回転量の多いドライブ性のロングサーブ。


 私は、そのボールに対して、体を沈め、フォアハンドで打つ体勢に入る。モーションは、強烈なトップスピンをかけるドライブと同じ。


 しかし、インパクトの直前――私は、ラケット面をスーパーアンチに持ち替え、ボールの威力を完全に殺し、彼のフォア前ネット際に、まるで羽が落ちるかのように、ふわりとした超スローボールを送った。


 それは、彼の脳が予測していたであろう、強烈なカウンタードライブとは180度異なる球質。


「な……にぃ……!?」


 部長の体が、完全に固まった。彼の思考は、この予測不能な一球によって完全に停止したように見えた。ボールは、彼の目の前でゆっくりとバウンドし、力なく転がる。


 静寂 36 - 36 部長


 …成功した。だが、今の集中力と技術を、あと何回維持できるか。


 私の体も限界に近い。足が鉛のように重い。しかし、勝利への渇望だけが、私を突き動かしている。


 静寂 38 - 39 部長


 またしても、部長のセットポイント。もう、何度目か分からない。


 彼のサーブ。疲労の色は濃いが、その瞳の光は失われていない。彼は、私に何をしてくるか分からないという警戒心を抱きながらも、最後まで自分の卓球を貫こうとしている。


 サーブは、私のミドルへ、ややナックル性の、処理の難しいボール。私は、バックハンドで、スーパーアンチを使い、低く短く返球した。


 部長は、それを回り込んでフォアハンドで強打してきた!ボールは、私のフォアサイドぎりぎりを襲う!

 私は、飛びつくようにして、裏ソフトでカウンターを試みる。


 パチン!


 ボールは、ネットの白帯に当たり、わずかに軌道を変え――相手コートの、サイドラインにわずかに触れ、エッジインになった。


 静寂 39 - 39 部長


 …再びデュース、練習試合だろうと、負けるわけにはいかない。ここで一度タイムアウトをとり休みたいところだが、相手は自身のタイムアウト権利を使わずに休めてしまう。


 どう対処するか、考えを巡らせいてると、その考えを吹き飛ばすように声があがる。


「タイム!」


 意外なことに、声を上げたのは部長自身だった。彼は、肩で大きく息をしながら、審判役の部員にタイムアウトを要求した。この土壇場で、彼がタイムアウトを取るとは、思ってもみなかった。


 …彼もまた、限界なのか。あるいは、何か策を練り直すつもりか。それとも一度精神のリセットか。


 短いタイムアウトの後、試合が再開される。スコアは私がサーブをミスしてしまい、39-40に、部長のセットポイント。


 私のレシーブからだ、やはりスタミナが私の課題なのだと実感させられる、この1点の失点は大きすぎる。


 体育館の空気は、まるで圧縮されたかのように重く、息苦しい。部員たちの視線が、痛いほどに私に突き刺さる。あかねさんの握りしめたペン先が、微かに震えているのが視界の端に映った。


 彼のサーブは、私のフォア側へ、力のない、しかしコースの厳しい下回転サーブだった。


 それは、私の強打を警戒し、かつネット際への短い返球を誘い、次のスマッシュで決めようという意図が透けて見える、計算されたサーブだ。


 私は、それをツッツキで返そうとしたが、極度の疲労とプレッシャーからか、回転量を見誤り、ボールが高く、そして甘く浮いてしまった。


 絶好のチャンスボール。部長は、それを見逃すはずがない。獣のような鋭い眼光でボールを捉え、大きく振りかぶった。


「うおおおっ!」


 フォアハンドスマッシュの強烈なインパクト音が、体育館に響き渡る!


 ボールは、私のバックサイド深くに、まるで砲弾のように突き刺さってくる。通常の選手なら、ここで諦めてしまうだろう。しかし、私の脳裏に浮かんだのは、敗北の二文字ではなかった。


 …まだ、終わらせない。


 私の体は、もはや反射に近い領域で動いていた。全身の筋肉がきしみ、悲鳴を上げている。だが、ここで一点でも与えれば、このセットは終わる。


 そして、それは限りなく敗北に近いことを、私の分析能力が冷徹に告げていた。


 私は、床に倒れ込むような低い姿勢になりながら、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替え、体の遠くで、ボールの勢いを殺すように面を合わせた。


 それは、ブロックというより、もはや「壁」だった。


 ボールは、アンチラバーの特性で回転を失い、ふわりと、しかしネットぎりぎりの高さで相手コートへと返っていく。


「なっ…まだ拾うか!」


 部長は、スマッシュを決めたと確信していたのだろう、一瞬反応が遅れた。


 しかし、彼はすぐに体勢を立て直し、その緩いボールを、再びフォアハンドで私のフォアサイドへと叩きつけてきた。厳しいコースだ。


 私は、床を蹴り、文字通りコートを転がるようにしてボールに追いつく。


 今度は裏ソフトの面。もはや美しいフォームなど意識している余裕はない。


 ただ、ボールを相手コートに返す、その一点に全ての神経を集中させる。


 ラケットの先端に辛うじて引っかかったボールを思いっきり回転をかけて相手コートに放つ。


 そのボールは、高い山なりのループドライブとなって、ゆっくりと相手コートへと向かう。


 それは、時間稼ぎであり、そして、彼のミスを誘うための、粘りの一球だった。


「しつこい!」


 部長は、その山なりのボールを、頂点に達する前にライジングで捉え、強烈なスマッシュを私のミドルへ打ち込んできた。


 確実に、このラリーを終わらせようという意志のこもった一打だ。


 …ミドル…一番反応しにくい場所…だが!


 私は、予測していた。彼の、この土壇場での攻撃パターンを。


 私は力を振り絞って、そのスマッシュのコースに、強引に飛び込み、体をねじ込むようにして、再びスーパーアンチの面で受け止める。


 床にぶつけた腕が痺れる。しかし、私は決してラケットを離さなかった。ボールは、アンチラバーに当たって勢いを失い、不規則なナックルとなって、ネットの白帯に触れ、コロコロと…相手コートへと転がり落ちた。


 静寂 40 - 40 部長


「う…嘘だろ…」


 部長は、信じられないという表情で、ネット際に力なく落ちたボールを見つめている。


「「「うわあああああああああああ!!!!」」」


 体育館が揺れるほどの歓声が沸き起こった。しがみつくような粘り、予測不能な変化。


 私のプレーと部長の熱さが、観ている者すべての心を掴んでいた。


 部長は、膝に手をつき、大きく肩で息をしている。その顔には、悔しさと、そして目の前の信じられないプレーヤーに対する、言葉にならない感情が渦巻いているように見えた。


 静寂 40 - 40 部長


 この死闘は、まだ終わらない。私の体力の限界は近い。だが、勝利への道筋は、まだ、この手の中にある。

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