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異端の白球使い  作者: R.D
休息
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ショッピング(6)

 雑貨店で私の新たな「武器」となるタッチペンを(ある意味、私の金銭感覚に対するあかねさんの戦意を削ぐ形で)手に入れた後、私たちは、あかねさんの次の提案である「ウィンドウショッピング」へと移行した。駅ビルの中には、若い女性向けの衣料品店やアクセサリーショップが軒を連ね、きらびやかなディスプレイが夏の強い日差しを反射している。私にとっては、先ほどの雑貨店以上に、分析すべき情報が過多な空間だ。

「ねえ、しおり!あのお店、見てみて!可愛い夏物のワンピースがいっぱいだよ!」

 あかねさんは、私の腕を軽く引き、パステルカラーの洋服が並ぶショーウィンドウの前へと私を導く。彼女の瞳は、新しいクレープのメニューを見つけた時のように、純粋な好奇心と楽しげな光で輝いている。

(衣料品…身体を保護し、温度調節を行い、そして社会的な記号としての役割も担う。このワンピースと称される布製品の素材、縫製、デザイン…それらが着用者の身体的パフォーマンス、及び周囲の人間の心理に与える影響は…)

 私の思考は、自動的に分析モードへと切り替わる。

「わあ、この花柄のワンピース、すごく可愛い!しおりにも似合いそうだよ!ちょっと試着してみない?」

 あかねさんが、ふわりとした生地のワンピースを手に取り、私の身体にそっと合わせてくる。

「…試着、ですか。その行為の目的と、得られるデータについて、具体的な説明を要求します。」

 私のその言葉に、あかねさんは一瞬きょとんとした後、「えっと、それはね…」と少し困ったように笑った。「可愛い服を着ると、気分が上がるでしょ?それに、自分に似合うものを見つけるのって、楽しいじゃない!」

(気分が上がる…楽しい…それらの感情パラメータの上昇が、具体的にどのような生理学的変化を引き起こし、卓球のパフォーマンスにどう影響するのか。現時点では、明確な因果関係を導き出すことは困難だ…)

 私たちは、その後もいくつかのお店を見て回った。あかねさんは、小さなイヤリングや、キラキラとした髪飾り、カラフルなネイルポリッシュなどを見つけては、「可愛い!」と声を上げ、時折、私にも「これ、しおりはどう思う?」と意見を求めてくる。

 私は、その都度、それらの物品の材質、色彩、形状、そしてそれが人間の視覚や触覚に与える刺激について、冷静に分析し、客観的なデータを提示しようと試みた。

「そのイヤリングの金属光沢は、光の反射率が高く、視線を集める効果が期待できます。ただし、その重量と形状は、長時間の装着による耳朶への物理的負荷を考慮する必要があるでしょう。」

「その色彩パターンは、一般的に「高揚感」や「活発さ」といった心理的効果を誘発するとされていますが、個人差及び状況依存性が高い変数です。」

 そんなやり取りを繰り返した後、ショーウィンドウに飾られた、シンプルなデザインのTシャツや機能的なスポーツウェアが並ぶ店の前で、私はふと足を止めた。

 そして、これまで私の思考ルーチンの中で蓄積されてきた、ある種の「非合理性」に対する疑問を、あかねさんに投げかけてみた。

「…あかねさん。」

「ん?どうしたの、しおり?」

「これらの店舗において、多くの人々は、商品を直接購入するのではなく、ただ眺めて歩き回るという行為を繰り返しているように見受けられます。いわゆる『ウィンドウショッピング』というものですね。その行動の目的と、それによって得られる具体的な利益について、私はまだ明確な解答を得られずにいます。時間的リソースと身体的エネルギーを消費する一方で、直接的な物品の獲得には至らない。この一見、非合理的な行動パターンを、人間はなぜ選択するのでしょうか?」

 私のその、あまりにも真剣で、そして純粋な疑問に、あかねさんは一瞬、言葉を失ったようだった。そして、次の瞬間、彼女は堪えきれないといった様子で、声を上げて笑い出した。

「あはは!しおり、本当に面白いこと聞くね!うーん、そうだなぁ…」

 彼女は、楽しそうに笑いながらも、私の疑問に真摯に答えようとしてくれる。

「ウィンドウショッピングはね、別に何かを買わなくても、ただ可愛いものとか、素敵なものを見てるだけで、なんだかワクワクしたり、気分転換になったりするんだよ。それに、次に何か欲しいものができた時のための、下見みたいなものかな?すぐに買わなくても、『あ、あのお店に良いのがあったな』って覚えておけるし。」

(ワクワクする…気分転換…下見…。なるほど。直接的な物質的利益ではなく、感情的な満足度や、将来的な購買行動のための情報収集という側面がある、ということか。非合理的に見える行動の中にも、人間特有の、複雑な目的と報酬システムが存在する…)

 私は、あかねさんのその説明を、新たなデータとして私の思考ルーチンに記録する。

「それにね」と、あかねさんが続ける。「こうして、しおりと一緒に、卓球以外のことでお店を見て回るの、私、すごく楽しいよ!それだけでも、私にとっては十分な『利益』かな!」

 彼女は、そう言って、太陽のような笑顔を私に向けた。その笑顔の持つ「力」は、どんなハイスペックなタブレット端末の分析能力をもってしても、まだ私には解明できない、未知のパラメータに満ち溢れている。

(…楽しい、という感情。それが、他者との関係性において、これほどまでに重要な変数となるのか…)

 私は、その「未知のパラメータ」の持つ意味を、この「女の子らしい遊び」という名のフィールドワークを通じて、ほんの少しだけ、理解し始めているのかもしれない。そして、その理解は、私の「異端」を、また新たな方向へと「深化」させていくのだろうか。それはまだ、誰にも分からない。

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