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異端の白球使い  作者: R.D
熱血漢
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異端者と熱血漢 (3)

静かに構え直し、次の彼のサーブを待つ。彼の熱血と、私の静寂。その対比は、この卓球部において、すでに日常の一つの風景となりつつあった。そして、それは今、本格的な「試合」という形を取ろうとしていた。

「よし、静寂!ただの打ち合いじゃつまらんだろう!ここは一つ、試合形式でどうだ!2セット先取!俺に勝てたら、今日の練習メニュー、お前の好きなように組ませてやる!」

部長が、挑戦的な笑みを浮かべて提案してきた。彼の瞳の奥には、私の実力を本気で試したいという探求心と、そして何よりも純粋な卓球への情熱が燃えている。彼のこの強引とも言える提案は、周囲で見守る部員たちの間に、新たな緊張と期待の波紋を広げた。あかねさんも、ペンを握る手に力を込めているのが見て取れる。

「…承知しました。2セット先取ですね。」

私が静かに応じると、部長は「よっしゃあ!」と一層大きな声を上げ、拳を握りしめた。まるで、既に勝利を確信しているかのようだ。

こうして試合が始まった。

第一セット

部長のサーブから試合は再開された。先ほどの打ち合いとは異なり、彼のサーブには明確な戦術的意図が込められているのが分かる。私のフォア側へ、短く、しかし強烈な横下回転のかかったサーブ。一般的な選手なら、これを持ち上げるだけで精一杯だろう。

私は、ラケットヘッドを立て、スーパーアンチの面でボールの真下を捉える。手首を固定し、インパクトの瞬間にわずかに押し出すようにして、ボールの回転を殺し、ネット際に短く、低く止まる「デッドストップ」で返球した。ボールは、まるで生き物のようにネットを這い、相手コートに吸い込まれるように落ちる。

「ちぃっ!」

部長は、その完璧なストップに舌打ちし、慌てて前に踏み込む。しかし、ボールは既にツーバウンドしていた。

静寂 1 - 0 部長


…彼のサーブの回転量とコースは、確かに脅威だ。しかし、スーパーアンチでのレシーブは、その脅威を軽減し、逆にこちらのチャンスに転化できる可能性がある。


続く彼のサーブ。今度は私のバック側へ、スピードのあるナックル性のロングサーブ。意表を突く狙いだ。私は、素早くバックステップを踏みながら、ラケットを裏ソフトに持ち替え、体勢を低くしてループドライブをかけた。ボールは高い弧を描き、強烈な前進回転を伴って相手コートのバック深くに沈み込む。

部長は、その回転量に押され、ブロックしたボールが高く浮いた。


…チャンスボール。


私は、浮いたボールを見逃さず、再度裏ソフトで、今度は部長のフォアサイドを切るような、鋭いスマッシュを叩き込んだ。

パァン!と乾いた打球音が体育館に響く。

静寂 2 - 0 部長

「はっはっは!面白い!面白いぞ静寂!だが、まだ始まったばかりだ!」

部長は、失点してもなお、楽しそうに笑っている。彼のメンタリティは、通常の選手とは明らかに異なる。

私のサーブ。私は、裏ソフトの面を相手に見せながら、モーションは同じまま、インパクトの瞬間にスーパーアンチの面に切り替え、横回転に見せかけたナックル性のショートサーブを彼のフォア前に出した。

部長は、一瞬回転を読み誤ったかのようにラケットの角度を迷ったが、咄嗟に手首を利かせたフリックで対応してきた。ボールはサイドスピンがかかり、私のフォアサイドへと逃げていく。

さすがの対応力だ。だが、今のフリックの質は、彼のベストではない。

私は、そのサイドスピンのかかったボールに対し、体の軸を使い、裏ソフトでクロス方向へ強烈なカウンタードライブを放った。ボールは、彼の予測とは逆のコースへ、稲妻のように突き刺さる。

静寂 3 - 0 部長

序盤は、私の異質なスタイルが部長を翻弄し、私がポイントを重ねた。彼のパワフルな打球も、スーパーアンチのブロックで威力を殺し、ナックル性の返球で彼のミスを誘う。持ち替えからの裏ソフトでの攻撃は、彼の反応を一歩遅らせた。

しかし、部長は諦めない。

「静寂!お前のその『イリュージョンブロック』、確かに厄介だ!だが、俺のドライブはそんなものでは止まらんぞ!」

彼は、さらに踏み込みを鋭くし、私のブロックに対して、より強引に、しかし回転量の多いドライブをねじ込んできた。スーパーアンチでブロックしても、彼のドライブの回転とパワーは凄まじく、時折、私のラケットを弾き飛ばさんばかりの勢いで返球が浮いてしまう。そこを彼は逃さず、フォアハンドで叩き込んできた。

静寂 5 - 3 部長

徐々に、部長が私の変化に対応し始めている。彼は、スーパーアンチからのナックルボールに対して、無理に強打せず、ループドライブで確実に繋ぎ、ラリーに持ち込もうとしてくる。そして、私が裏ソフトに持ち替えた瞬間を狙い、カウンターを仕掛けてくるようになった。


…彼の戦術変更は速い。そして、何よりもその精神力が、私の変化に対する慣れを加速させている。


一進一退の攻防が続く。私が「シャドウドライブ」でポイントを取れば、彼もまた、気迫のこもったフォアハンドでポイントを取り返す。

セットは、8-8の同点までもつれ込んだ。

私のサーブ。裏ソフトで、彼のバック側へ深く、速い下回転サーブ。彼はそれを、力強いバックハンドドライブでストレートに打ち返してきた。厳しいコースだ。私は、飛びつきながらスーパーアンチでブロック。ボールはネットインし、相手コートにポトリと落ちた。

静寂 9 - 8 部長

運も味方したか、と内心で分析する。

続くラリー。部長のフォアハンドドライブが、私のミドルを厳しく突く。私は苦しい体勢からスーパーアンチで返球。少し甘くなったボールを、彼は見逃さなかった。フォアハンドスマッシュが、私のコートに突き刺さる。

静寂 9 - 9 部長

デュース。体育館の空気が、一層張り詰める。部員たちも固唾をのんで試合の行方を見守っている。

「面白い…面白いぞ、静寂!」

部長の声が、楽しげに響く。彼は、このギリギリの攻防を心から楽しんでいるようだ。

長いラリーの末、私がスーパーアンチで彼のフォア前に絶妙なナックルショートを落とし、彼がそれをネットにかけた。

静寂 10 - 9 部長 (セットポイント)

最後は、彼のサーブ。緊張の一瞬。彼が放ったのは、私のフォア側への、回転量の多いロングサーブだった。私は、それを裏ソフトで強気にクロスへドライブ。激しい打ち合いの末、彼の打球がわずかにオーバーした。


静寂 11 - 9 部長

第一セットは、私が取った。

「くっそー!やるじゃないか静寂!だが、次で終わりにはさせんぞ!」

部長は悔しがりながらも、その瞳は闘志で爛々と輝いていた。彼の辞書に「諦める」という文字はないのだろう。


…第一セットは取れた。しかし、彼の適応力と精神力は侮れない。第二セットは、さらに厳しい戦いになる。


私は、静かに呼吸を整え、第二セットに備えた。彼の熱量が、わずかに私の中にも伝播し始めているのを感じながら。

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