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異端の白球使い  作者: R.D
熱血漢

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練習試合

 静かに構え直し、次の彼のサーブを待つ。


 彼の熱血と私の静寂。その対比は、この卓球部において、すでに日常の一つの風景となりつつあった。


 そして、それは今、本格的な「試合」という形を取ろうとしていた。


「よし、静寂!ただの打ち合いじゃつまらんだろう!ここは一つ、試合形式でどうだ!2セット先取!俺に勝てたら、今日の練習メニュー、お前の好きなように組ませてやる!」


 部長が、挑戦的な笑みを浮かべて提案してきた。彼の瞳の奥には、私の実力を本気で試したいという探求心と、そして何よりも純粋な卓球への情熱が燃えている。


 彼のこの強引とも言える提案は、周囲で見守る部員たちの間に、新たな緊張と期待の波紋を広げた。あかねさんも、ペンを握る手に力を込めているのが見て取れる。


「……いいでしょう。2セット先取ですね。」


 私が静かに応じると、部長は「よっしゃあ!」と一層大きな声を上げ、拳を握りしめた。まるで、既に勝利を確信しているかのようだ。


 こうして試合が始まった。


 第一セット



 部長のサーブから試合は始まった。


 私のフォア側へ、短く、しかし強烈な横下回転のかかったサーブ。


 一般的な選手なら、これを持ち上げるだけで精一杯だろう。


 先ほどの打ち合いとは異なり、彼のサーブには明確な戦術的意図が込められているのが分かる。


 私は、ラケットを立て、スーパーアンチの面でボールの真下を捉える。


 手首を固定し、インパクトの瞬間にわずかに押し出すようにして、ボールの回転を殺し、ネット際に短く、低く止まる「デッドストップ」で返球した。


 ボールは、まるで生き物のようにネットを這い、相手コートに吸い込まれるように落ちる。


「ちぃっ!」


 部長は、その完璧なストップに舌打ちし、慌てて前に踏み込む。しかし、ボールは既にツーバウンドしていた。


 静寂 1 - 0 部長


 ……彼のサーブの回転量とコースは、確かに脅威だ。しかし、スーパーアンチでのレシーブは、その脅威を軽減し、逆にこちらのチャンスに転化できる可能性がある。


 続く彼のサーブ。今度は私のバック側へ、スピードのあるナックル性のロングサーブ。


 意表を突く狙いだ。私は、素早くステップを踏みながら、ラケットを裏ソフトに持ち替え、体勢を低くしてループドライブをかけた。


 ボールは高い弧を描き、強烈な前進回転を伴って相手コートのバック深くに沈み込む。


 部長は、その回転量に押され、ブロックしたボールが高く浮いた。


 …チャンスボール。


 私は、浮いたボールを見逃さず、再度裏ソフトで、今度は部長のフォアサイドを切るような、鋭いスマッシュを叩き込んだ。


 パァン!と乾いた打球音が体育館に響く。


 静寂 2 - 0 部長


「はっはっは!面白い!面白いぞ静寂!だが、まだ始まったばかりだ!」


 部長は、失点してもなお楽しそうに笑っている。


 彼のメンタリティは、通常の選手とは明らかに異なる。

 私のサーブ。


 私は、裏ソフトの面を相手に見せながら、モーションは同じまま、インパクトの瞬間にスーパーアンチの面に切り替え、横回転に見せかけたナックル性のショートサーブを彼のフォア前に出した。


 部長は、一瞬回転を読み誤ったかのようにラケットの角度を迷ったが、咄嗟に手首を利かせたフリックで対応してきた。ボールはサイドスピンがかかり、私のフォアサイドへと逃げていく。


 さすがの対応力だ。だが、今のフリックの質は、彼のベストではない。


 私は、そのサイドスピンのかかったボールに対し、体の軸を使い、裏ソフトでクロス方向へ強烈なカウンタードライブを放った。


 ボールは、彼の予測とは逆のコースへ、稲妻のように突き刺さる。


 静寂 3 - 0 部長


 序盤は、私の異質なスタイルが部長を翻弄し、私がポイントを重ねた。


 彼のパワフルな打球も、スーパーアンチのブロックで威力を殺し、ナックル性の返球で彼のミスを誘う。持ち替えからの裏ソフトでの攻撃は、彼の反応を一歩遅らせた。


 しかし、部長は諦めない。


「静寂!お前のその鉄壁のブロック、確かに厄介だ!だが、俺のドライブはそんなものでは止まらんぞ!」


 彼は、さらに踏み込みを鋭くし、私のブロックに対して、より強引に、回転量の多いドライブをねじ込んできた。


 スーパーアンチでブロックしても、彼のドライブの回転とパワーは凄まじく、時折、私のラケットを弾き飛ばさんばかりの勢いで返球が浮いてしまう。そこを彼は逃さず、フォアハンドで叩き込んできた。


 静寂 5 - 3 部長


 徐々に、部長が私の変化に対応し始めている。


 彼は、スーパーアンチからのナックルボールに対して、無理に打開せず、ループドライブで確実に繋ぎ、ラリーに持ち込もうとしてくる。


 そして、私が裏ソフトに持ち替えた瞬間を狙い、カウンターを仕掛けてくるようになった。


 …彼の戦術変更は速い。そして、何よりもその精神力が、私の変化に対する慣れを加速させている。


 一進一退の攻防が続く。私がドライブでポイントを取れば、彼もまた、気迫のこもったフォアハンドでポイントを取り返す。


 セットは、8-8の同点までもつれ込んだ。


 私のサーブ。裏ソフトで、彼のバック側へ深く、速い下回転サーブ。彼はそれを、力強いバックハンドドライブでストレートに打ち返してきた。


 厳しいコースだ。私は、飛びつきながらスーパーアンチでブロック。ボールはネットインし、相手コートにポトリと落ちた。


 静寂 9 - 8 部長


 運も味方したか、と内心で分析する。


 続くラリー。部長のフォアハンドドライブが、私のミドルを厳しく突く。


 私は苦しい体勢からスーパーアンチで返球。少し甘くなったボールを、彼は見逃さなかった。フォアハンドスマッシュが、私のコートに突き刺さる。


 静寂 9 - 9 部長


 デュース。体育館の空気が、一層張り詰める。部員たちも固唾をのんで試合の行方を見守っている。


「面白い…面白いぞ、静寂!」


 部長の声が、楽しげに響く。彼は、このギリギリの攻防を心から楽しんでいるようだ。


 長いラリーの末、私がスーパーアンチで彼のフォア前に絶妙なナックルショートを落とし、彼がそれをネットにかけた。


 静寂 10 - 9 部長


 私のセットポイント、相手のサーブ、彼が放ったのは、打ち合いに持ち込もうとする意思を感じる、私のフォア側への、回転量の多いロングサーブだった。


 私は、それを裏ソフトで強気にクロスへドライブ。激しい打ち合いの末、彼の打球がわずかにオーバーした。


 静寂 11 - 9 部長


 第一セットは、私が取った。


「くっそー!やるじゃないか静寂!だが、次で終わりにはさせんぞ!」


 部長は悔しがりながらも、その瞳は闘志で爛々と輝いていた。彼の辞書に「諦める」という文字はないのだろう。


 …第一セットは取れた。しかし、彼の適応力と精神力は侮れない。第二セットは、さらに厳しい戦いになる。


 私は、静かに呼吸を整え、第二セットに備えた。彼の熱量が、わずかに私の中にも伝播し始めているのを感じながら。

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