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異端の白球使い  作者: R.D
休息
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ショッピング(2)

 週末、私とあかねさんは、駅前の大型家電量販店に来ていた。目的は、私の新たな情報管理システムとなるタブレット端末の選定だ。フロアには、様々なメーカーの最新機種が眩い光を放ちながら並べられ、私にとっては未知のパラメータが無数に存在する、複雑怪奇な空間に感じられた。

「うわー!いっぱいあるねー!どれがいいかなぁ、しおり?」

 あかねさんは、目をキラキラさせながら、展示されているタブレットを一つ一つ熱心に見比べている。彼女の纏う好奇心の靄が、この無機質な空間に、ほんの少しだけ温かい色を加えているようだ。

(…パラメータが多すぎる。ディスプレイ解像度、CPU処理速度、ストレージ容量、バッテリー持続時間、ペン入力の応答速度、セキュリティプロトコル…最適な組み合わせを導き出すには、情報が不足している…)

 私は、内心で膨大なスペック表の比較シミュレーションを開始しようとしたが、すぐにそれを放棄した。この分野は、明らかに彼女の得意領域だ。

「あかねさん。私の主な使用目的は、作戦データの記録・分析、試合映像の再生と詳細なコマ送り分析、そして手書きによる戦術メモの作成です。これらを最も効率的に、かつセキュアに実行できるモデルを推奨していただけますか。」

 私がそう告げると、あかねさんは「任せて!」と力強く頷き、店員さんを捕まえては専門的な質問を繰り返し、いくつかの候補をあっという間に絞り込んでくれた。

 そして、最終的に彼女が最も熱心に勧めてくれたのは、最新世代のCPUを搭載し、A4サイズの紙に近い大画面でありながら薄型軽量、そして何よりも手書き入力の精度と応答速度が他のモデルを圧倒しているという、あるメーカーのプロフェッショナル向けとも言えるハイスペックモデルだった。

「これなら、しおりのすごい分析も、もっともっとやりやすくなると思うんだ!画面も大きいから映像も見やすいし、ペンもすごく滑らかで、本当に紙に書いているみたいだよ!それに、セキュリティも一番しっかりしてるって!」

 あかねさんは、興奮気味にそのタブレットの利点を説明してくれる。確かに、彼女の言う通り、そのモデルのスペックは私の要求する全ての条件を高次元で満たしているように思えた。

(…処理速度、ディスプレイの質、ペン入力の精度、セキュリティ。確かに、私の目的を達成するための最適解の一つと言えるだろう。問題は…)

 私は、値札に視線を移す。そこに表示された数字は、中学生が気軽に購入できるような金額ではなかった。いや、一般的な家庭においても、即決するには躊躇いを覚えるレベルだろう。

 だが、私にとって、その数字は単なる記号の羅列に過ぎなかった。私の思考ルーチンにおいて、そのコストは、今後の勝利確率を僅かでも向上させるための「必要経費」として、既に合理化されていたからだ。

「…では、これにします。」

 私が平坦な声でそう告げると、あかねさんの顔が、一瞬、信じられないといった表情で固まった。

「え…えええっ!?し、しおり、本気!?こ、これ、結構…その、お値段が…その…」

 彼女は、慌てて値札と私の顔を交互に見比べ、明らかに動揺している。その様子は、普段の快活な彼女からは想像もつかないほどで、私にとっては新たな観察対象として興味深いものだった。

(…なるほど。金銭的価値観というパラメータは、人間関係において、これほどまでに大きな影響を与える変数となるのか。興味深いデータだ…)

 私は、そんなことを冷静に分析しながら、少し困惑しているあかねさんに向けて、いつも通りの平坦な声で言いました。

「問題ありません。これは、私の戦術システムを最適化するための、合理的な投資です。」

 その言葉に、あかねさんは、もはや呆気にとられたのか、それとも私のその「浮世離れ」した金銭感覚に何かを諦めたのか、ただ「そ、そっか…しおりがそう言うなら…うん…」と力なく頷くしかなかった。

 こうして、私の新たな「武器」の選定は、あかねさんの的確なサポートと、そして彼女の金銭感覚を僅かに麻痺させるという、予期せぬ副産物と共に、驚くほどあっさりと完了したのだった。このハイスペックなタブレットが、私の「異端」をどこまで深化させてくれるのか、それはまだ未知数だ。だが、私の胸には、新たな戦いへの、静かで冷徹な高揚感が、確かに芽生え始めていた。

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