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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
173/674

女子決勝(7)

 第2セットの圧倒的な流れを維持し、私は第3セットも4-0とリードを広げた。コートの向こう側に立つ桜選手の表情には、これまでの冷静さに加え、明らかな困惑と焦りの色が滲んでいる。彼女の「王道」の卓球が、私の「異端」の前に、その絶対的なまでの支配力を失いつつある。

(このまま、あなたの思考の前提を破壊し続ける…あなたの「王道」が、私の前では絶対ではないという事実を、その心に刻み込む…)

 私は、第2セットで彼女を最も翻弄したサーブの一つ、高橋選手のサイドスピンの強い横下回転サーブを模倣し、桜選手のフォア前、ネット際に送り込んだ。

 桜選手は、その予測しにくい回転とコースに必死にラケットを合わせようとするが、レシーブは甘く浮き上がり、私のフォアサイドへのチャンスボールとなった。私はそれを冷静に、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと確実に打ち抜いた。

 静寂 5 - 0 青木

(あなたのデータにない動き、そしてあなたの思考の前提を覆す戦術…それが、今の私の武器だ)

 5-0、私のサーブ2本目

 続けて、今度はYGサーブのモーションから、実際には縦回転に近いナックルを、桜選手のフォアサイド、ネット際に短く落とす。これもまた、彼女の作戦メモには存在しないはずの一手。

 桜選手は、その予測不能なサーブに再び反応が遅れた。慌てて前に踏み込み、ラケットを合わせるが、ボールはネットを越えない。

 静寂しおり 6 - 0 青木桜

 ベンチのあかねさんが、小さく、しかし力強く拳を握るのが見えた。観客席の部長も、この一方的な展開に驚きを隠せないでいるだろう。

 サーブ権は桜選手へ。彼女は、この絶望的な状況から、何かを振り払うように一度大きく息を吸い込んだ。そして、これまで見せなかった、非常に速いモーションからのロングサーブを、私のバックサイド深くに叩き込んできた。それは、明らかに捨て身の攻撃的なサーブだった。

 私は、その意表を突く一打に僅かに反応が遅れ、裏ソフトでのブロックは台をオーバーした。

 静寂しおり 6 - 1 青木桜

(…やはり、反撃してきたか。今のサーブ、回転は少なかったが、コースとスピードはこれまでで最も鋭い。彼女の精神は、まだ折れていない…)

 6-1、桜サーブ2本目

 桜選手は、この1ポイントで僅かに気を取り直したのか、今度は私のフォアミドルへ、回転量の多い下回転サーブを送り込んできた。第1セットで私を苦しめた、彼女の得意なサーブだ。

 私は、それをアンチラバーで処理し、ナックル性のボールで彼女のバックサイドを狙う。しかし、桜選手はそれを予測していたかのように、回り込んでフォアハンドドライブ。ボールは、第2セットまでの威力とは明らかに違う、重く、そして鋭い回転を伴って私のコートに突き刺さった。

 静寂しおり 6 - 2 青木桜

 観客席が、桜選手の連続ポイントに沸き始める。

(…対応してきた。そして、打球の質が明らかに向上している。これが、常勝学園のエースの底力…)

 私の分析が、彼女の変調を捉え始めていた。

 私は、ここで流れを渡すわけにはいかない。桜選手の集中力が高まり始めているのを感じる。私は、再びハイトスサーブを選択。第3セットの序盤でエースを取った、あの下回転と横回転を混ぜたサーブだ。

 桜選手は、そのサーブに対し、今度は冷静に対応した。低い姿勢から、的確にボールの回転を見極め、安定したツッツキで私のバックサイド深くに返球してきた。その返球は、第2セットまでならドライブを誘うための甘いボールになっていたかもしれない。だが、今のボールは低く、そしていやらしいコースを突いている。

 私は、それを裏ソフトで持ち上げ、ループドライブで応戦する。ここから、長いラリー戦が始まった。桜選手のフットワークは乱れず、私の変化球にも的確に対応し、質の高いドライブで私を左右に揺さぶる。

(…強い。これが、彼女の本来の力なのか…?私の「異端」が、徐々に解析され、対応され始めている…?)

 数十球続いたであろうラリーの末、ついに私のドライブがネットにかかった。

 静寂 6 - 3 青木

(…今のラリー、彼女の集中力は並外れている。だが、まだ私の全てを読み切ったわけではないはずだ…)

 私は、ここで再びサーブの種類を変える。YGサーブのモーションから、実際には回転をほとんどかけないナックル性のショートサーブを、桜選手のフォア前、ネット際に落とす。

 桜選手は、その変化に一瞬対応が遅れた。なんとかラケットに当てたものの、ボールは力なくネットを越え、私のコートにチャンスボールとして返ってきた。

 私はそれを見逃さず、フォアハンドで桜選手のバックサイドを鋭く抜き、ポイント。

 静寂 7 - 3 青木

 先ほどのラリーでの失点、そして私の予測不能なサーブに対し、彼女は一度天を仰ぎ、深く、深く息を吸い込んだ。そして、再び構えた時、彼女の纏う空気が一変したのを、私は肌で感じ取った。

 それまでの焦りや困惑、あるいは闘志といった、人間的な感情の揺らぎが、まるで凪いだ水面のように消え失せ、代わりに、研ぎ澄まされた刃のような、絶対的な集中力だけが彼女を支配している。その瞳は、もはや私個人を見ているのではない。卓球台、ボール、空間、その全てを包み込むかのような、静かで、しかし底知れない深淵を湛えていた。


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