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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
172/674

女子決勝(7)

  インターバルが終わり、私は再びコートへと足を踏み入れた。セットカウント2-0と私がリード。しかし、第2セット終盤で見せた桜選手の適応能力は、私の脳裏に警鐘として刻まれている。この第3セット、彼女は必ず何かを変えてくるはずだ。そして、私もまた、彼女の予測のさらに先を行く必要がある。私の「異端」は、まだ進化の途上なのだから。


 ベンチのあかねさんは、固唾を飲んで私を見守っている。その瞳には、第2セットの勝利への喜びと、しかしこの第3セットへの緊張感が混じり合っている。観客席の部長と未来さんも、この勝負の行方を鋭い視線で見つめているだろう。

(第3セット、初球。ここで、彼女の思考に新たなノイズを送り込む…、この一打で…)

 私は、ボールを高く、体育館の照明に届かんばかりにトスを上げた。ハイトスサーブ。これまで、この大会ではほとんど見せていないサーブだ。落下してくるボールの、ほんの一瞬のタイミングを捉え、ラケットを鋭く振り抜く。放たれたボールは、強烈な下回転と、ほんのわずかな横回転を帯び、低い弾道で、桜選手のフォアサイド、ネット際に、まるで吸い込まれるようにして突き刺さった!

 桜選手は、その異様な高さのトスからの、予測不能な落下点と回転の変化に、全く反応できなかった。彼女の体は、その場に釘付けになったかのように動けない。ラケットを出すことすらできず、ボールは静かにツーバウンドした。

 静寂 1 - 0 青木

 エース。体育館が、一瞬の静寂の後、小さなどよめきに包まれる。

(ハイトスサーブ…成功。この高さからの落下エネルギーは、ボールの回転とスピードに予測不能な変化を生み出す。そして何よりも、相手のタイミングを完全に狂わせるための「視覚的なノイズ」となる…)

 ベンチのあかねさんが、小さく「やった!」と声を上げているのが見えた。

 私は、もう一度、同じようにボールを高くトスする。桜選手の表情に、先ほどのハイトスサーブの衝撃が色濃く残っているのが見て取れた。

(あなたの対応力は高い。だが、私の「異端」は、一つの技だけで終わるほど単純ではない…)

 再びハイトスサーブ。しかし今度は、インパクトの瞬間にラケットの角度を微妙に変え、回転の種類をナックルに近いものにし、コースも桜選手のバックミドルを狙う。

 桜選手は、今度こそ惑わされまいと、必死にボールの回転を見極めようとする。そして、なんとか食らいつき、苦しい体勢でループドライブ気味に返球してきた。だが、そのボールは回転も浅く、山なりに私のフォアサイドへと甘く浮き上がった。

(…チャンスボールだ)

 私はそのボールを見逃さない。一歩踏み込み、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと、強烈な3球目攻撃を叩き込んだ!ボールはコートに突き刺さり、桜選手は反応すらできない。

 静寂 2 - 0 青木

 桜選手の顔から、焦りの色が濃くなっていく。第2セットの悪夢が、再び蘇ろうとしているのかもしれない。

(あなたの思考は、今、私の未知のサーブに支配されている。その混乱は、あなたの「王道」の精度をも狂わせる…)

 サーブ権は桜選手へ。彼女は、流れを変えようと、第1セットで効果的だった、質の高い下回転サーブを、私のフォアサイド深くにコントロールする。回転量が多く、バウンド後の伸びも鋭い。

(王道のサーブ…だが、今の私には、それすらも分析済みのデータに過ぎない…)

 私は、そのサーブに対し、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替えた。そして、ボールの回転を完全に吸収するようにラケット面を合わせ、そのまま手首を柔らかく使い、ナックル性の鋭いフリックを、桜選手のバックサイド、ネット際にコントロールした!それは、アンチラバーの特性を最大限に活かした、攻撃的なレシーブ。彼女の作戦メモには、おそらく存在しないはずの一手だ。

 桜選手は、その予測不能なアンチからのフリックに、完全に虚を突かれた。彼女が咄嗟に出したラケットは、ボールにかすることなく空を切り、ボールは静かに台上で二度バウンドした。

 静寂 3 - 0 青木

(あなたの「王道」のサーブ…それすらも、私の「異端」の餌食となる…アンチラバーでの攻撃的なレシーブ、これもあなたのデータにはないはずだ…)

 第3セット序盤、私は3連続ポイントでリードを奪い、試合の主導権を完全に握ったかに見えた。だが、常勝学園のエース、青木桜がこのまま黙っているはずがな。


 桜選手は、この悪い流れを断ち切ろうと、一度大きく息を吸い込み、精神を集中させる。そして、彼女が放ったのは、先ほどまでの下回転サーブとは異なる、強烈なサイドスピンがかかったサーブ。ボールは私のフォアサイドを切るように鋭く曲がりながら、低い弾道で突き刺さってきた。彼女の得意とするサーブの一つであり、その回転量とスピードは、並の選手ならレシーブすることすら困難だろう。

(サイドスピン…回転量は多い。そして、このコース。私を台から遠ざけ、体勢を崩そうという意図だ。だが、このアンチラバーの前では、その回転も意味をなさない…)

 私は、そのサーブの回転とコースを冷静に見極め、ラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替えた。そして、ボールのバウンドの頂点を正確に捉える。桜選手の込めた強烈なサイドスピンは、無情にも私のアンチラバーに触れた瞬間、まるで深淵に吸い込まれるかのようにその勢いを失い、ナックル性の、捉えどころのない球質へと変化した。

 私は、その「死んだ」ボールを、コンパクトなスイングのフォアハンドフリックで、桜選手のバックサイド、ネット際に短く、そして鋭くコントロールした。それは、彼女が最も予測していなかったであろうコースと球質。

 桜選手は、自分の得意なサーブがいとも簡単に処理され、さらに予測不能なフリックが返ってきたことに、完全に反応が遅れた。彼女が咄嗟に伸ばしたラケットは、虚しく空を切る。ボールは静かに桜選手のコートで二度バウンドした。

 静寂 4 - 0 青木

 観客席から、再び大きなどよめきが起こる。部長が「…あのアンチ、本当に厄介だな…」と苦笑いにも似た表情で呟いているのが、私の視界の端に映った気がした。隣の未来さんは、相変わらず表情を変えずに、しかしその瞳は私のラケット面を鋭く見つめている。「静寂さんのラバーコントロール、正確ですね…」と彼女は静かに考察しているのだろうか。ベンチのあかねさんは、今度は声を上げることなく、ただ固唾をのんで私を見守っている。

(あなたの得意なサーブも、私の「異端」の前では、その牙を抜かれることになる…青木桜。あなたの「王道」の卓球は、私の前では既に過去のデータに過ぎないのだ…)

 私は、静かに次の私のサーブへと意識を切り替えた。この流れを、絶対に渡してはならない。

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