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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子決勝
171/674

適応の先

 第2セットを11-4で奪取した私は、静かにベンチへと戻った。


 スコアだけを見れば一方的。


 だが、私の内なる分析装置は、終盤の青木桜選手の連続ポイントというデータを、決して軽視してはいなかった。


 あかねさんが、興奮を隠しきれない様子で、タオルと新しいドリンクを私に差し出した。


 その瞳は、第2セットの私の戦いぶりへの称賛と、そして勝利への期待でキラキラと輝いている。


「しおりちゃん、すごかったよ!第1セットとは全然違って、桜選手を圧倒してた!あれも、全部作戦通りだったの?」


 純粋な賞賛と、僅かな疑問。


 私はドリンクを一口含み、冷静に、しかしあかねさんの期待を裏切らないように言葉を選ぶ。


「ええ、作戦通りです。第1セットで得た彼女のデータ、特に私の情報がどこまで漏洩し、彼女の思考に影響を与えているかという分析に基づいて、第2セットの戦術を構築しました」


 私は淡々と答える。


 あかねさんは「やっぱり、しおりちゃんはすごいね…!」と感嘆の声を漏らすが、すぐに少しだけ心配そうな表情を見せた。


「でも、最後のほう、桜選手も少しずつしおりちゃんの変化に対応してきてたみたいだったけど…大丈夫…?」


 鋭い観察眼だ。私は、彼女のその成長を内心で評価しつつ、頷きます。


「ええ、彼女の適応能力は想定内です。むしろ、私の予測よりも僅かに早い段階で、私の『異端』に対する最適化の兆候が見られました。次の第3セットは、さらに警戒レベルを引き上げる必要があります」


 …第2セットは奪取した。私の戦術は効果的に機能した。だが、終盤の青木桜の連続ポイント…あれは単なる偶然ではない。


 …彼女の分析と適応が、私の予測よりも早く始まっている可能性が高い。そして、あの追い詰められた状況で見せた彼女の瞳の奥の光…あれは、まだ折れていない、強靭な精神力の証だ。


 …次のセット、さらに予測の精度を上げ、そして彼女の適応の先を行く必要がある…私の「異端」は、まだ止まらない…。


 私の瞳の奥には、勝利への確信と、しかしそれ以上に、目の前の強敵に対する最大限の警戒と、それを打ち破るための新たな戦術シミュレーションが、高速で展開されていた。


 あかねさんは、私のその言葉と表情から何かを感じ取ったのか、ただ黙って、しかし力強く頷き返してくれた。




 _______________________________




 部長は、第2セットの戦いぶりに興奮を隠せないでいた。


「おいおい、しおりの奴、第2セットは桜選手をあんな一方的にやり込めやがったぞ…! 第1セットの苦戦が嘘みたいだ。あいつ、本当に何考えてるか分からねえな…! 天才か、あれは!?」


 その声には、驚きと、そしてどこか自分の後輩に対する誇らしさのようなものが滲んでいる。


 隣に座る未来さんは、その部長の興奮ぶりにも表情一つ変えず、静かにコートを見つめたまま、いつもの掴みどころのない声で呟いた。


「…静寂さんの、緻密な分析の結果でしょうね」


 その声は平坦だが、確信に満ちている。


「第1セットで収集した青木桜選手の反応データ、そしておそらくはご自身の作戦メモが相手に渡っているという状況証拠。それら全てを元に、第2セットで最も効果的な戦術を構築し、それを寸分の狂いもなく実行した。彼女の『異端』は、感情ではなく、冷徹なまでの論理に基づいていますから」


 部長は、未来さんのその冷静な分析に、一瞬言葉を失ったように彼女を見つめた。


「論理、ねぇ…俺には、あいつの卓球が時々、魔法みたいに見えるがな。作戦メモがバレてるかもしれねえってのに、それを逆手に取って、ああも一方的に…」


 彼は腕を組み、再びコートへと視線を戻す。


「だが、桜選手もこのまま黙っちゃいねえだろう。あの常勝学園のエースだ。ここからどう立て直してくるか…見ものだな」


 未来さんは、その言葉に静かに頷き、再びコートの中央、次のセットの開始を待つ私と桜選手の姿に、その深淵のような瞳を向けた。


 彼女の分析もまた、この試合の行方を静かに見守っている。

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