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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
170/674

女子決勝(6)

 静寂 8 - 0 青木

 第2セット、私は8-0と大きくリードしていた。コートの向こう側に立つ桜選手の表情からは、これまでの絶対的な自信が消え、代わりに深い困惑と、そして僅かな焦りの色が浮かんでいる。彼女の「王道」は、私の「異端」の前に、その輝きを失いかけていた。だが、常勝学園のエースが、このまま簡単に崩れるとは思えない。

 桜選手は、一度、天を仰ぐようにして息を吐き出し、そして、これまでとは明らかに異なる、鋭い眼光で私を見据えた。

(…まだ、心は折れていない、ということか。あるいは、これは捨て身の反撃の狼煙か…)

 彼女が放ったのは、第1セットでも私を苦しめた、バックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。しかし、その回転とスピードは、第1セットのそれとは比較にならないほど鋭く、そして重い。

 私は裏ソフトでドライブを試みるが、ボールの強烈な回転にラケット面が負け、ボールはネットに突き刺さった。

 静寂 8 - 1 青木

(今のサーブの質…!彼女は、この土壇場で、さらにギアを上げてきた。やはり、このままでは終わらない。だが、それもまた私の予測の範囲内だ…)

 私の分析は、彼女の反撃の可能性を常に計算に入れていた。

 桜選手は、畳み掛けるように、今度は私のフォアミドルへ、同じく強烈な下回転サーブを送り込んできた。コースも、回転も、完璧に近い。

 私は、それを裏ソフトでなんとか持ち上げるが、返球は甘く、山なりになる。桜選手はそのチャンスボールを見逃さず、フォアハンドで私のバックサイド深くに、強烈なドライブを叩き込んできた!その一打には、彼女のプライドと、そして勝利への執念が込められているように感じられた。

 静寂 8 - 2 青木

 ベンチのあかねさんが、心配そうに息をのむのが伝わってくる。観客席の部長も、再び険しい表情で腕を組んでいる。

(あなたのその反撃も、私のデータの一部となる。そして、そのデータは、あなたをさらに追い詰めるための武器となる…)

 私は、冷静に、次の自分のサーブへと意識を集中させる。

 私は、桜選手の反撃の芽を摘むため、そして再び試合の主導権を握るため、あえて彼女が最も警戒しているであろう、高坂選手のサーブを模倣した、あの質の高いハーフロングサーブを、桜選手のバックサイド、エンドラインぎりぎりへと送り込んだ。

 桜選手は、その初見ではないはずのサーブに対し、懸命に反応しようとする。しかし、先ほどの連続得点で僅かに取り戻しかけたリズムが、この予測不能な模倣サーブによって再び狂わされたのか、彼女のレシーブは、力なくネットを越えるのがやっとだった。

(あなたの思考パターン、そして精神的な揺らぎ…その全てが、私の分析対象だ)

 私は、その甘い返球を、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のフォアサイド、オープンスペースへと、確実に打ち抜いた。

 静寂 9 - 2 青木

 あと2点。このセットを確実に取るため、私はさらに集中力を高める。選択したのは、YGサーブのモーションから繰り出す、ナックル性のロングサーブ。桜選手のフォアサイドを狙った、これもまた彼女の予測を裏切る一打だ。

 桜選手は、YGサーブのモーションに警戒しつつも、ボールがナックルだと見抜くと、フォアハンドでドライブをかけてくる。しかし、そのドライブは、焦りからか、回転をかけきれず、ボールはネットを大きくオーバーした。

 静寂しおり 10 - 2 青木桜 (セットポイント 私)

(あと一点…このセット、確実に取る…)

 桜選手の顔には、もはや絶望に近い色が浮かんでいる。だが、それでも彼女の瞳の奥の闘志は、まだ完全には消えていない。

 桜選手は、最後の力を振り絞るように、再びあの強烈な下回転サーブを、私のバックサイドへ。

 私は、それを裏ソフトでドライブ。ボールはネットにかかることなく相手コートへ返るが、そのボールは、桜選手の予測したコースよりも僅かに浅く、そして回転も少なかった。桜選手は、それを読んでいたかのように、フォアハンドでカウンタードライブ!ボールは私のフォアサイドを鋭く襲う。

 静寂しおり 10 - 3 青木桜

(…粘り強い。だが、それもここまでだ…)

 私の心は、少しも揺るがない。

 桜選手は、連続ポイントで僅かに希望を繋ごうと、今度は私のフォアサイドへ、回転量の多い横回転サーブを放ってきた。

 私は、そのサーブの回転を冷静に見極め、裏ソフトのバックハンドで、鋭いチキータレシーブを、桜選手のバッククロスへと叩き込む!桜選手は、その完璧なレシーブに反応できない。

 静寂 10 - 4 青木

(まだ、諦めていないのか…その精神力は賞賛に値する。だが、それも、私の計算を狂わせるほどの変数ではない…)

 これが、このセットの最後の一球になるだろう。私は、ボールを高くトスし、そして選択したのは――第1セットの終盤、そしてこの第2セットでも効果的だった、あの高橋選手のサーブを模倣した、サイドスピンの強い横下回転サーブ。

 桜選手は、そのサーブに対し、必死にラケットを合わせる。しかし、ボールの強烈な横回転と、ネット際のいやらしいコースに、彼女のラケットは的確にボールを捉えることができない。彼女の返球は、力なくふわりと浮き上がり、そして、ネットを越えることなく、自陣のコートにポトリと落ちた。

 静寂 11 - 4 青木

 私は静かにラケットを下ろし、ベンチへと向かう。

(第2セット、奪取。私の分析と戦術は、青木桜の「王道」を、そして彼女の精神を、確実に上回った。だが、本当の戦いは、まだこれからだ…彼女の瞳の奥に宿るあの光は、まだ消えていないのだから…)

 ベンチでは、あかねさんが目に涙を浮かべ、しかし満面の笑みで私を迎えてくれた。部長と未来さんも、観客席から私に力強い拍手を送ってくれているのが見えた。私たちの戦いは、まだ続く。

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