反抗
静寂 8 - 0 青木
第2セット、私は8-0と大きくリードしていた。
コートの向こう側に立つ桜選手の表情からは、これまでの絶対的な自信が消え、代わりに深い困惑と、そして僅かな焦りの色が浮かんでいる。
彼女の「王道」は、私の「異端」の前に、その輝きを失いかけていた。
だが、常勝学園のエースが、このまま簡単に崩れるとは思えない。
桜選手は、一度、天を仰ぐようにして息を吐き出し、そして、これまでとは明らかに異なる、鋭い眼光で私を見据えた。
…まだ、心は折れていない、ということか。あるいは、これは捨て身の反撃の狼煙か…。
彼女が放ったのは、バックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。
しかし、その回転とスピードは、第1セットのそれとは比較にならないほど鋭く、そして重い。
私は裏ソフトでドライブを試みるが、ボールの強烈な回転にラケット面が負け、ボールはネットに突き刺さった。
静寂 8 - 1 青木
今のサーブの質…。彼女は、この土壇場で、さらにギアを上げてきた。やはり、このままでは終わらない。だが、それもまた私の予測の範囲内だ…。
私の分析は、彼女の反撃の可能性を常に計算に入れていた。
桜選手は、畳み掛けるように、今度は私のフォアミドルへ、同じく強烈な下回転サーブを送り込んできた。
コースも、回転も、完璧に近い。
私は、それを裏ソフトでなんとか持ち上げるが、返球は甘く、山なりになる。
桜選手はそのチャンスボールを見逃さず、フォアハンドで私のバックサイド深くに、強烈なドライブを叩き込んできた。
その一打には、彼女のプライドと、そして勝利への執念が込められているように感じられた。
静寂 8 - 2 青木
ベンチのあかねさんが、心配そうに息をのむのが伝わってくる。
…あなたのその反撃も、私のデータの一部となる。そして、そのデータは、あなたをさらに追い詰めるための武器となる…。
私は、冷静に、次の自分のサーブへと意識を集中させる。
私は、桜選手の反撃の芽を摘むため、そして再び試合の主導権を握るため、あえて彼女が最も警戒しているであろう、高坂選手のサーブを模倣した、あの質の高いハーフロングサーブを、桜選手のバックサイド、エンドラインぎりぎりへと送り込んだ。
桜選手は、その初見ではないはずのサーブに対し、懸命に反応しようとする。
しかし、先ほどの連続得点で僅かに取り戻しかけたリズムが、この予測不能な模倣サーブによって再び狂わされたのか、彼女のレシーブは、力なくネットを越えるのがやっとだった。
…あなたの思考、そして精神的な揺らぎ…その全てが、私の分析対象だ…。
私は、その甘い返球を、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のフォアサイド、オープンスペースへと、確実に打ち抜いた。
静寂 9 - 2 青木
あと2点。このセットを確実に取るため、私はさらに集中力を高める。
選択したのは、YGサーブのモーションから繰り出す、ナックル性のロングサーブ。
桜選手のフォアサイドを狙った、これもまた彼女の予測を裏切る一打だ。
桜選手は、YGサーブのモーションに警戒しつつも、ボールがナックルだと見抜くと、フォアハンドでドライブをかけてくる。
しかし、そのドライブは、焦りからか、回転をかけきれず、ボールはネットを大きくオーバーした。
静寂 10 - 2 青木桜
…あと一点…このセット、確実に取る…。
桜選手の顔には、もはや絶望に近い色が浮かんでいる。
だが、それでも彼女の瞳の奥の闘志は、まだ完全には消えていない。
桜選手は、最後の力を振り絞るように、再びあの強烈な下回転サーブを、私のバックサイドへ。
私は、それを裏ソフトでドライブ。
ボールはネットにかかることなく相手コートへ返るが、そのボールは、桜選手の予測したコースよりも僅かに浅く、そして回転も少なかった。
桜選手は、それを読んでいたかのように、フォアハンドでカウンタードライブを放つ、ボールは私のフォアサイドを鋭く襲う。
静寂 10 - 3 青木
…粘り強い。だが、それもここまでだ…。
私の心は、少しも揺るがない。
桜選手は、連続ポイントで僅かに希望を繋ごうと、今度は私のバックサイドへ、回転量の多い横回転サーブを放ってきた。
私は、そのサーブの回転を冷静に見極め、裏ソフトのバックハンドで、鋭いチキータレシーブを、桜選手のバックへと叩き込む。
桜選手は、その完璧なレシーブに反応できない。
静寂 11 - 3 青木
私は静かにラケットを下ろし、ベンチへと向かう。
…第2セット。私の分析と戦術は、青木桜の「王道」を、そして彼女の精神を、確実に上回った。だが、本当の戦いは、まだこれからだ…彼女の瞳の奥に宿るあの光は、まだ消えていないのだから…。
ベンチでは、あかねさんが目に涙を浮かべ、しかし満面の笑みで私を迎えてくれた。
部長と未来さんも、観客席から私に力強い拍手を送ってくれているのが見えた。
私たちの戦いは、まだ続く。




