表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子決勝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

170/694

反抗

 静寂 8 - 0 青木


 第2セット、私は8-0と大きくリードしていた。


 コートの向こう側に立つ桜選手の表情からは、これまでの絶対的な自信が消え、代わりに深い困惑と、そして僅かな焦りの色が浮かんでいる。


 彼女の「王道」は、私の「異端」の前に、その輝きを失いかけていた。


 だが、常勝学園のエースが、このまま簡単に崩れるとは思えない。


 桜選手は、一度、天を仰ぐようにして息を吐き出し、そして、これまでとは明らかに異なる、鋭い眼光で私を見据えた。


 …まだ、心は折れていない、ということか。あるいは、これは捨て身の反撃の狼煙か…。


 彼女が放ったのは、バックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。


 しかし、その回転とスピードは、第1セットのそれとは比較にならないほど鋭く、そして重い。


 私は裏ソフトでドライブを試みるが、ボールの強烈な回転にラケット面が負け、ボールはネットに突き刺さった。


 静寂 8 - 1 青木


 今のサーブの質…。彼女は、この土壇場で、さらにギアを上げてきた。やはり、このままでは終わらない。だが、それもまた私の予測の範囲内だ…。


 私の分析は、彼女の反撃の可能性を常に計算に入れていた。


 桜選手は、畳み掛けるように、今度は私のフォアミドルへ、同じく強烈な下回転サーブを送り込んできた。


 コースも、回転も、完璧に近い。


 私は、それを裏ソフトでなんとか持ち上げるが、返球は甘く、山なりになる。


 桜選手はそのチャンスボールを見逃さず、フォアハンドで私のバックサイド深くに、強烈なドライブを叩き込んできた。


 その一打には、彼女のプライドと、そして勝利への執念が込められているように感じられた。


 静寂 8 - 2 青木


 ベンチのあかねさんが、心配そうに息をのむのが伝わってくる。


 …あなたのその反撃も、私のデータの一部となる。そして、そのデータは、あなたをさらに追い詰めるための武器となる…。


 私は、冷静に、次の自分のサーブへと意識を集中させる。


 私は、桜選手の反撃の芽を摘むため、そして再び試合の主導権を握るため、あえて彼女が最も警戒しているであろう、高坂選手のサーブを模倣した、あの質の高いハーフロングサーブを、桜選手のバックサイド、エンドラインぎりぎりへと送り込んだ。


 桜選手は、その初見ではないはずのサーブに対し、懸命に反応しようとする。


 しかし、先ほどの連続得点で僅かに取り戻しかけたリズムが、この予測不能な模倣サーブによって再び狂わされたのか、彼女のレシーブは、力なくネットを越えるのがやっとだった。


 …あなたの思考、そして精神的な揺らぎ…その全てが、私の分析対象だ…。


 私は、その甘い返球を、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のフォアサイド、オープンスペースへと、確実に打ち抜いた。


 静寂 9 - 2 青木


 あと2点。このセットを確実に取るため、私はさらに集中力を高める。


 選択したのは、YGサーブのモーションから繰り出す、ナックル性のロングサーブ。


 桜選手のフォアサイドを狙った、これもまた彼女の予測を裏切る一打だ。


 桜選手は、YGサーブのモーションに警戒しつつも、ボールがナックルだと見抜くと、フォアハンドでドライブをかけてくる。


 しかし、そのドライブは、焦りからか、回転をかけきれず、ボールはネットを大きくオーバーした。


 静寂 10 - 2 青木桜


 …あと一点…このセット、確実に取る…。


 桜選手の顔には、もはや絶望に近い色が浮かんでいる。


 だが、それでも彼女の瞳の奥の闘志は、まだ完全には消えていない。


 桜選手は、最後の力を振り絞るように、再びあの強烈な下回転サーブを、私のバックサイドへ。


 私は、それを裏ソフトでドライブ。


 ボールはネットにかかることなく相手コートへ返るが、そのボールは、桜選手の予測したコースよりも僅かに浅く、そして回転も少なかった。


 桜選手は、それを読んでいたかのように、フォアハンドでカウンタードライブを放つ、ボールは私のフォアサイドを鋭く襲う。


 静寂 10 - 3 青木


 …粘り強い。だが、それもここまでだ…。


 私の心は、少しも揺るがない。


 桜選手は、連続ポイントで僅かに希望を繋ごうと、今度は私のバックサイドへ、回転量の多い横回転サーブを放ってきた。


 私は、そのサーブの回転を冷静に見極め、裏ソフトのバックハンドで、鋭いチキータレシーブを、桜選手のバックへと叩き込む。


 桜選手は、その完璧なレシーブに反応できない。


 静寂 11 - 3 青木


 私は静かにラケットを下ろし、ベンチへと向かう。


 …第2セット。私の分析と戦術は、青木桜の「王道」を、そして彼女の精神を、確実に上回った。だが、本当の戦いは、まだこれからだ…彼女の瞳の奥に宿るあの光は、まだ消えていないのだから…。


 ベンチでは、あかねさんが目に涙を浮かべ、しかし満面の笑みで私を迎えてくれた。


 部長と未来さんも、観客席から私に力強い拍手を送ってくれているのが見えた。


 私たちの戦いは、まだ続く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ