八連答
静寂 4 - 0 青木
私が4連続ポイントでリードを奪った。
桜選手の表情に、これまで見られなかった僅かな動揺の色が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。
彼女の完璧な「王道」の卓球が、私の「異端」の前に、その盤石さを失いかけている証拠だ。
桜選手は、深呼吸を一つし、精神を集中させようとしているのが見て取れる。
彼女が放ったのは、第1セットで私を苦しめた、バックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。
…このサーブで、まずは自分のリズムを取り戻そうという意図か。そして、私が第1セット同様に処理してくると予測しているはずだ…。
私は、そのサーブに対し、ラケットをアンチラバーの面に持ち替えた。
しかし、第1セットのような単純なブロックや、先ほど見せた攻撃的なプッシュではない。
私は、ボールのバウンドの頂点をわずかに過ぎたところで、ラケット面を極端に被せ、ボールの真上を「撫でる」ようにして、ネット際に低く、そして回転をほぼ完全に殺した「デッドストップ」を送り込んだ。
それは、彼女の作戦メモにあるかもしれない、私の基本的な戦術の一つ。
しかし、その実行タイミングと精度は、彼女の予測を上回っているはずだ。
桜選手はその完璧なデッドストップに対し、美しいフォームで前に踏み込み、フォアハンドで丁寧にボールを拾い上げる。
しかし、回転のないボールを持ち上げるのは至難の業。
彼女の返球は、山なりに、私のフォアサイドへと甘く浮き上がった。
…やはり、あなたの予測は、私の「過去のデータ」に基づいている。ならば、そのデータのさらに先を行くまでだ。
私は、そのチャンスボールを、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと、冷静に、そして確実に打ち抜いた。
静寂 5 - 0 青木
…あなたのその動揺、見逃さない。あなたの予測範囲を、私はさらに超えていく…。
私の心は、熱くなることなく、ただ冷徹に相手を分析し続けていた。
桜選手の表情が、初めて明確に強張ったのが分かった。
彼女は、サーブのモーションに入る前に、一度、ベンチのコーチの方へと視線を送る。
…コーチからの指示を仰いでいるのか? それとも、自身の思考を整理するための時間稼ぎか…? いずれにせよ、あなたのその僅かな躊躇が、私にとっては最大の攻撃チャンスとなる…。
彼女が放ったサーブは、先ほどと同じ下回転系だが、明らかに回転量が減り、コースもミドル寄りに甘く入ってきた。
精神的な動揺が、彼女の精密なコントロールを狂わせているのだ。
私は、その甘いサーブを見逃さない。
裏ソフトのバックハンドで、台から出るか出ないかのボールを、強烈な横回転を加えたフリックで、桜選手のフォアサイドを切るようにして打ち込んだ。
ボールは低い弾道で鋭く曲がり、桜選手は反応することすらできない。
静寂 6 - 0 青木
ベンチのあかねさんが、信じられないといった表情で私を見つめ、そして小さく、しかし力強くガッツポーズをするのが見えた。
観客席の部長も、腕を組みながら、満足げに頷いている。
未来さんは…相変わらず表情を変えずに、ただじっとコートを見つめている。
彼女の思考は、私にもまだ読み解けない。
…今の彼女は、私の「異端」に対し、有効な解答を見つけ出せずにいる。だが、油断は禁物だ。彼女のような強者を、簡単に崩せるとは思えない…。
サーブ権が私に移る。私は、桜選手の動揺をさらに深めるため、あえて彼女の得意なサーブを模倣することを選択した。
彼女が第1セットで、私を最も苦しめた、あのバックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。
…あなたは、私の作戦メモを持っている。ならば、そのメモに書かれていない戦術、あるいはメモの情報を逆手に取る戦術こそが、あなたを最も効果的に揺さぶるはずだ…
…そして、あなたの得意なサーブを、私が完璧に模倣することで、あなたのプライドをさらに打ち砕く…。
私が放ったサーブは、桜選手自身のそれと寸分違わぬ軌道を描き、彼女のバックサイド深くに突き刺さる。
桜選手は、自分のサーブを模倣されたことへの驚きと、その質の高さに、一瞬動きが止まった。
完璧な意趣返し。
彼女が咄嗟に出したラケットは、ボールの回転に負け、レシーブは大きく台をオーバーした。
静寂 7 - 0 青木
…あなたの「王道」は、私の「異端」の前では、もはや絶対的なものではない。それを、心に、深く刻み込む必要がある…。
私は畳み掛ける。今度は、同じ桜選手のサーブモーションから、回転の種類をナックルに変え、彼女のフォアミドルへ。
桜選手は、先ほどの下回転を警戒し、ラケット面をやや上向きにしてレシーブしようとする。
しかし、ボールは回転がないため、彼女のラケットの上を滑るようにして浮き上がり、再び絶好のチャンスボールとなった。
私はそのボールを、裏ソフトのバックハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと冷静に、そして無慈悲に叩き込んだ。
静寂しおり 8 - 0 青木桜
第2セット、私は8連続ポイントでリードを広げた。
桜選手の「王道」は、今、私の「異端」の前に、完全にその輝きを失いつつある。
だが、本当の勝負は、ここからなのかもしれない。
彼女の、あの底知れない強さが、このまま終わるとは思えないからだ。




