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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
169/674

女子決勝(5)

 静寂 4 - 0 青木


 私が4連続ポイントでリードを奪った。桜選手の表情に、これまで見られなかった僅かな動揺の色が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。彼女の完璧な「王道」の卓球が、私の「異端」の前に、その盤石さを失いかけている証拠だ。

 

 桜選手は、深呼吸を一つし、精神を集中させようとしているのが見て取れる。彼女が放ったのは、第1セットで私を苦しめた、バックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。

(このサーブで、まずは自分のリズムを取り戻そうという意図か。そして、私が第1セット同様に処理してくると予測しているはずだ…)

 私は、そのサーブに対し、ラケットをアンチラバーの面に持ち替えた。しかし、第1セットのような単純なブロックや、先ほど見せた攻撃的なプッシュではない。私は、ボールのバウンドの頂点をわずかに過ぎたところで、ラケット面を極端に被せ、ボールの真上を「撫でる」ようにして、ネット際に低く、そして回転をほぼ完全に殺した「デッドストップ」を送り込んだ。それは、彼女の作戦メモにあるかもしれない、私の基本的な戦術の一つ。しかし、その実行タイミングと精度は、彼女の予測を上回っているはずだ。

 桜選手は、その完璧なデッドストップに対し、美しいフォームで前に踏み込み、フォアハンドで丁寧にボールを拾い上げる。しかし、回転のないボールを持ち上げるのは至難の業。彼女の返球は、山なりに、私のフォアサイドへと甘く浮き上がった。

(やはり、あなたの予測は、私の「過去のデータ」に基づいている。ならば、そのデータのさらに先を行くまでだ)

 私は、そのチャンスボールを、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと、冷静に、そして確実に打ち抜いた。

 静寂 5 - 0 青木

(あなたのその動揺、見逃さない。あなたの「王道」の予測範囲を、私はさらに超えていく…)

 私の心は、熱くなることなく、ただ冷徹に相手を分析し続けていた。

 桜選手の表情が、初めて明確に強張ったのが分かった。彼女は、サーブのモーションに入る前に、一度、ベンチのコーチの方へと視線を送る。

(コーチからの指示を仰いでいるのか? それとも、自身の思考を整理するための時間稼ぎか…? いずれにせよ、あなたのその僅かな躊躇が、私にとっては最大の攻撃チャンスとなる…)

 彼女が放ったサーブは、先ほどと同じ下回転系だが、明らかに回転量が減り、コースもミドル寄りに甘く入ってきた。精神的な動揺が、彼女の精密なコントロールを狂わせているのだ。

 私は、その甘いサーブを見逃さない。裏ソフトのバックハンドで、台から出るか出ないかのボールを、強烈な横回転を加えたフリックで、桜選手のフォアサイドを切るようにして打ち込んだ!ボールは低い弾道で鋭く曲がり、桜選手は反応することすらできない。

 静寂 6 - 0 青木

 ベンチのあかねさんが、信じられないといった表情で私を見つめ、そして小さく、しかし力強くガッツポーズをするのが見えた。観客席の部長も、腕を組みながら、満足げに頷いている。未来さんは…相変わらず表情を変えずに、ただじっとコートを見つめている。彼女の思考は、私にもまだ読み解けない。

(今の彼女は、私の「異端」に対し、有効な解答を見つけ出せずにいる。だが、油断は禁物だ。彼女のような強者が、このまま簡単に崩れるとは思えない…)


 サーブ権が私に移る。私は、桜選手の動揺をさらに深めるため、あえて彼女の得意なサーブを模倣することを選択した。彼女が第1セットで、私を最も苦しめた、あのバックサイドへの深く、回転量の多い下回転サーブ。

(あなたは、私の作戦メモを持っている。ならば、そのメモに書かれていない戦術、あるいはメモの情報を逆手に取る戦術こそが、あなたを最も効果的に揺さぶるはずだ…そして、あなたの得意なサーブを、私が完璧に模倣することで、あなたのプライドをさらに打ち砕く…)

 私が放ったサーブは、桜選手自身のそれと寸分違わぬ軌道を描き、彼女のバックサイド深くに突き刺さる。桜選手は、自分のサーブを模倣されたことへの驚きと、その質の高さに、一瞬動きが止まった。彼女が咄嗟に出したラケットは、ボールの回転に負け、レシーブは大きく台をオーバーした。

 静寂 7 - 0 青木

(あなたの「王道」は、私の「異端」の前では、もはや絶対的なものではない。それを、心に、深く刻み込む必要がある…)

 私は、畳み掛ける。今度は、同じ桜選手のサーブモーションから、回転の種類をナックルに変え、彼女のフォアミドルへ。

 桜選手は、先ほどの下回転を警戒し、ラケット面をやや上向きにしてレシーブしようとする。しかし、ボールは回転がないため、彼女のラケットの上を滑るようにして浮き上がり、再び絶好のチャンスボールとなった。

 私は、そのボールを、裏ソフトのバックハンドで、桜選手のバックサイド、オープンスペースへと、冷静に、そして無慈悲に叩き込んだ。

 静寂しおり 8 - 0 青木桜

 第2セット、私は8連続ポイントでリードを広げた。桜選手の「王道」は、今、私の「異端」の前に、完全にその輝きを失いつつある。だが、本当の勝負は、ここからなのかもしれない。彼女の、あの底知れない強さが、このまま終わるとは思えないからだ。

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