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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子決勝
168/674

王道を蝕む異端

 インターバルを終え、私は再びコートの中央へと進み出た。


 第1セットは4-11で失った。


 だが、それは想定される損失の範囲内。重要なのは、この第2セットから、収集したデータを元に反撃を、青木桜という強大な「王道」に対し、いかに的確に展開できるか、だ。


 私のベンチでは、あかねさんが固唾をのんで私を見守っている。


 その瞳には、不安と、しかしそれ以上に私への揺るぎない信頼が宿っている。


 観客席の部長と未来さんは、静かに、しかし鋭い視線でコート上の私たちを捉えている。


 彼らにも、この第2セットが持つ意味の重さは伝わっているはずだ。


 桜選手は、第1セットと変わらぬ冷静さでサーブの構えに入る。


 彼女から放たれたのは、やはり質の高い下回転サーブ。


 コースは私のバックサイド深く、回転量も第1セット同様に重い。


 第1セットと同じサーブ…彼女は、自分の強さに絶対的な自信を持っている。そして、私が同じように対応してくると予測しているはずだ…。


 前回、私はこのサーブに対し、裏ソフトでドライブを試みネットにかけた。


 だが、今回は違う。


 私はラケットをスーパーアンチの面に瞬時に持ち替え、ボールのバウンドの頂点を捉えると、回転を完全に殺したナックル性のプッシュを、桜選手のフォアサイド、ネット際に短く、低くコントロールした。


 第1セットでは見せなかった、積極的かつ精密なレシーブ。


 桜選手は、その予測外のレシーブに一瞬反応が遅れた。


 慌てて前に踏み込み、フォアハンドでボールを拾い上げるが、その返球は山なりに、そして甘く浮き上がる。


 …来た。私の「異端」に対する、あなたの予測の限界点が


 私はそのチャンスボールを見逃さない。


 裏ソフトに持ち替え、コンパクトなスイングから、桜選手のいないバックサイドへと、鋭いスマッシュを叩き込んだ。


 静寂 1 - 0 青木


 第1セットのデータは揃った。ここからは、そのデータと、あなたが「知っている」私の情報を逆手に取る。あなたの予測の、さらに外側へ…。


 私の心は、氷のように冷静だった。


 桜選手は、今の失点にも表情を変えない。


 だが、その瞳の奥に、ほんのわずかな警戒の色が浮かんだのを、私は見逃さなかった。


 彼女は、今度は同じ下回転でも、コースを私のフォアミドルへと変えてきた。


 そして、回転量も先ほどより若干浅い。揺さぶりをかけてきている。


 …私のレシーブの変化を警戒し、サーブの組み立てを変えてきたか。だが、それもまた、私の予測の範囲内だ。


 私は、そのサーブに対し、今度は裏ソフトの面で、あえて強気に踏み込み、チキータ気味にバックハンドでフリック。


 ボールは鋭い横回転を帯び、桜選手のバックサイドを切るようにして飛んでいく。


 桜選手は懸命に手を伸ばすが、ボールは彼女のラケットの先端をかすめ、コートの外へと消えた。


 静寂 2 - 0 青木


 ベンチのあかねさんが、小さく「やった…!」と息をのむのが聞こえる。


 観客席の部長も、腕を組みながら、わずかに口元を緩めたように見えた。


 あなたのその安定性…それこそが、今の私にとっては最大の攻略対象だ。その安定した予測の範囲を、私の異端で破壊する…。


 サーブ権が私に移る。


 私は、ボールを軽く手の中で遊ばせながら、桜選手の表情を観察する。


 彼女の冷静さは変わらないが、その内側で、私の変化に対する分析が高速で行われているのが感じ取れた。


 …私のサーブ。これは、あなたが持っている「私のデータ」には、まだ存在しないはずの変数だ。あなたの完璧な分析モデルに、ノイズを送り込む…。


 私が選択したのは、第1セットでは一度も見せなかった、かつて私も苦しめられた高橋選手のサーブ。


 それを模倣した、サイドスピンの強い横下回転サーブ。


 コースは桜選手のフォア前、ネット際だ。


 桜選手は、その見慣れないのサーブフォームと、予測しにくい回転に、一瞬動きが止まった。


 彼女は咄嗟にラケットを合わせるが、回転を読み違え、レシーブは大きくネットを越えてオーバーした。


 静寂 3 - 0 青木


 …成功。あなたの「王道」の予測範囲に、私の「異端」は存在しない、ということだ。


 私は、畳み掛ける。


 今度は、同じ高橋選手のサーブモーションから、回転の種類をわずかに変え、ナックル性のボールを桜選手のバックサイド深くに送り込んだ。


 桜選手は、先ほどの横下回転を警戒し、ラケット面を被せ気味にレシーブしようとする。


 しかし、ボールは回転がないため、彼女のラケットの上を滑るようにして浮き上がり、再びチャンスボールとなった。


 私は、そのボールを冷静に見極め、裏ソフトのフォアハンドで、桜選手のフォアサイド、オープンスペースへと確実に叩き込んだ。


 静寂 4 - 0 青木


 …あなたの予測は今、私の前に、混乱し始めているはずだ。青木桜…あなたの「王道」を、私の「異端」が、ここから徐々に蝕んでいく…。


 第2セット序盤、私は4連続ポイントでリードを奪った。だが、本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。

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