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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
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インターバル

 第1セットを4-11で落とした私は、ゆっくりとベンチに戻った。額にはうっすらと汗が滲み、呼吸も普段よりわずかに速かった。

 あかねさんが、タオルとスポーツドリンクを差し出しながら、心配を隠せないといった様子で私に声をかけた。

「しおり…大丈夫?かなり、押されてたみたいに見えたけど…。でも、まだ第1セットが終わっただけだよ!次、絶対行けるから!」

 純粋な励ましの言葉。私はドリンクを受け取り、静かに一口だけ口に含む。そして、あかねさんの不安げな瞳を真っ直ぐに見つめて言いました。

「…問題ありません。全て、予定通りです。」

 その平坦な声と、予想外の言葉に、あかねさんは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。

「え…?よ、予定通りって…どういうこと? 私には、しおりが桜選手に、その…かなり一方的にやられてるように見えたんだけど…」

 目を白黒させながらも、必死に私の意図を汲み取ろうとしてくれている彼女の真摯さが、痛いほど伝わってきた。

「…第1セットの目的は、主に三つでした。一つは、青木桜という選手の『王道』の卓球の質、特に彼女のドライブの回転量、スピード、コース取りの精度を、この決勝という極限状況下で実測すること。二つ目は、私の既存の戦術パターンに対する彼女の対応データを収集すること。そして三つ目…これが最も重要ですが、私の作戦メモの情報が、どの程度、そしてどのように彼女に影響を与えているかを確認することでした。」

 私はそこで一度言葉を切り、あかねさんの瞳を見る。

「その全てにおいて、必要なデータは収集できました。彼女の強さも、そして『読まれている』という状況も、これで明確になりました。」

(予定通り…いや、正確には、想定される最悪のケースの一つ、そう判断するのが妥当だ。第1セットは失った。しかし、これで青木桜の「王道」の底堅さ、そしてやはり私の情報が彼女に渡っているという確信に至った。彼女の対応パターン、得意なサーブ、そして「読まれている」という状況下で私がどう感じるか、そのデータも収集済みだ。これらは全て計算の内である。問題は、ここからどう崩すか、だ。第2セット、私の本当の「分析」を展開する。)

 私の瞳の奥には、第1セットの敗北に対する落胆はなく、次の戦いへの冷徹な計算と、炎のように静かに揺らめく闘志が宿っていた。あかねさんは、私の言葉の全てを理解できたわけではないかもしれない。それでも、私の揺るがない様子に、少しだけ安堵の表情を浮かべ、力強く頷いた。「うん…!私、しおりを信じてるから!しおりの分析と、しおりの卓球を!」


 ______________________________



 観客席の一角では、部長が腕を組み、険しい表情でコートを見つめていた。隣に座る未来さんは、表情を変えずに、しかしその視線はコート上の二人、特にしおりの動きを鋭く捉えているかのようだ。

「しおりの奴、かなり苦しそうだったな…。桜選手は、噂通りの、いや、それ以上の強さかもしれん。さすがに、あれはしおりもキツそうだ…」

 部長が、独り言のように、しかし隣の未来さんにも聞こえる程度の声で呟いた。第1セットの一方的な展開に、彼もまた焦燥感を覚え、私の身を案じているのが伝わってくる。

 すると、未来さんが、その静かな、しかしどこか深淵を覗くような瞳を部長に向け、静かに口を開いた。

「…そうでしょうか。私には、あれは静寂さんにとって『必要経費』だったように見えましたけれど。」

 その声は、相変わらず掴みどころがないが、どこか確信めいた響きがあった。

 部長は、未来さんのその言葉に少し眉をひそめる。

「必要経費だと? あんなに一方的にやられて、あれが必要経費ってどういうことだ、未来? 俺には、しおりが桜選手の球に対応しきれてないようにしか見えなかったが…」

 彼の声には、純粋な疑問と、そして未来さんの真意を探ろうとする響きがあった。

 未来さんは、その問いかけに、静かに視線をコートへと戻す。

「確かに、ポイントだけを見れば一方的でした。でも、静寂さんの動きを見ていて感じたのです。彼女は、この第1セットで、青木桜選手という強大な存在の『輪郭』を確かめていたように見えました。ご自身のサーブの種類を変え、レシーブの球質を微妙に変化させ、それに対する青木桜選手の反応…特に、彼女の視線の動き、ラケット角度の微細な調整、そして何よりも、静寂さんが繰り出す変化に対して、彼女がどの程度の『予測』を持って対応しているのかを、まるでスキャンするように。あれは、勝利を度外視した、純粋な情報収集フェーズだったのではないでしょうか。そして、そのために失ったポイントは、彼女にとって、次の勝利のための『必要経費』…私には、そう思えました。」

 部長は、未来さんのその意外な、しかし妙に説得力のある分析に、少し驚いたように目を見開いた。そして、改めてベンチに座る私の姿に視線を向けた。

(必要経費、ね…確かに、あいつならやりかねん。あの冷静さと、常軌を逸した分析力は、伊達じゃないからな…。それに、あいつ、負けた後でも全然表情が変わってねえ。むしろ、何かを掴んだみてえな、そんな目をしてやがる…)

 未来さんの言葉は、部長の胸の内にあったわずかな不安を、新たな、そしてより強い期待へと変えさせているようだった。

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