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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子決勝

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王道と外道

 部長の優勝が決まった瞬間の、体育館を揺るがすような歓声と熱気は、まだ私の鼓膜と肌に微かに残っている。


 彼のあの、全てを力でねじ伏せるかのような勝利。


 それはそれで一つの解なのだろう。だが、私の戦い方は異なる。


 …決勝。相手は、常勝学園・青木桜。昨年度の準優勝。データ上、最も安定し、最も完成度の高い「正統派」ドライブ主戦型の一人。そして、…青木れいかの姉…。


 思考のノイズを振り払うように、私は静かに息を吸い込み、自分のラケットケースへと手を伸ばした。


 中には、私の「異端」を体現する、二つの異なる顔を持つラケットが収まっている。


 スーパーアンチラバーの、あの何も生み出さないかのような無機質な感触と、裏ソフトラバーの、ボールを強引に支配するための粘着質な感触。


 指先でそれぞれの表面を確かめる。私の、唯一にして最大の武器。


「しおりちゃん、これ」


 あかねさんが、そっとスポーツドリンクと新しいタオルを差し出してくれる。


 彼女の瞳には、心配と、そしてそれ以上の強い信頼の色が浮かんでいた。


 決勝戦も、彼女がベンチに入ってくれる。その存在は、私の分析において、予測不能なほど大きなプラスの変数として作用しつつあることを、私は認識し始めていた。


「…ありがとうございます、あかねさん」


 受け取りながら、私は自分のコンディションを最終確認する。


 身体的疲労は、これまでの戦いで確実に蓄積されている。


 幽基さんとの準決勝は、彼女の「異質さ」と、私の作戦メモ漏洩というアクシデントへの対応で、精神的リソースを著しく消費した。


 …作戦メモの情報は、青木桜選手にも渡っている可能性を考慮すべき。


 …いや、渡っている前提で戦術を組み立てる必要がある。 


 だが、それは既に幽基未来選手との戦いで経験済み。


 …私の「異端」は、メモに記された時点で過去のデータとなる。常に進化し、変化し、相手の予測の上を行く。


 私は、あかねさんが広げている「汎用性作戦ノート」の、青木桜選手のデータがまとめられたページに目を落とす。


 そこには、彼女の得意なサーブのコース、ラリーの組み立て方、そして過去の試合での失点パターンなどが、あかねさんの丁寧な字でびっしりと書き込まれていた。


 私自身の分析とも、概ね一致する。


 …青木桜選手の卓球は、安定性が極めて高い。大きな穴は見当たらない。正攻法で挑めば、じりじりとこちらの体力を削り、ミスを誘ってくるだろう。


 …ならば、私の取るべき道は一つ。彼女の「正統」を、私の「異端」で、どれだけ揺さぶれるか。彼女の予測に、どれだけ多くのエラーを発生させられるかだ。


 試合開始のアナウンスが、間もなく体育館に響き渡るだろう。


 私は、ラケットを強く握りしめた。指先に伝わる、いつも通りの、しかし今日はどこか特別な感触。


 私の心は静かだった。それは、諦観ではない。極限の集中と、そして、この決勝という最高の舞台で、私の「異端の白球」の全てをぶつけることへの、冷徹なまでの覚悟。


 そして、その奥底には、部長やあかねさん、さらには…幽基さんとの戦いを経て、私の中に芽生え始めた、まだ名前もつけられない、新しい種類の「何か」が、微かに、しかし確かに存在しているのを感じていた。


 …この戦いの果てに、何が見えるのか。私の卓球は、どこへ向かうのか。


 その答えは、まだない。だからこそ、私は戦う。


 この、決勝という舞台で。


 やがて、館内アナウンスが私の名前と、対戦相手である青木桜選手の名前を呼び上げた。


 いよいよだ。周囲のざわめきが、一瞬、遠のいたように感じられる。


 私の「静寂な世界」が、これから始まる戦いに向けて、その純度をさらに高めていく。


 あかねさんと共に、指定された入場口からメインアリーナへと足を踏み入れる。


 観客席の熱気と、無数の視線が、私の肌を刺すように感じられる。


 それら全てを、私は感情を介さず、ただの環境データとして処理する。


「しおりちゃん、いよいよだね…!自分の卓球を、信じて!」


 隣を歩くあかねさんが、私の手をぎゅっと握りしめてきた。


 その手の温かさと、声に含まれる純粋な信頼は、私の分析における「士気向上」のパラメータに、有意な正の相関を示すだろう。


「…はい」


 短く応え、私たちは自分たちのベンチへと向かう。


 あかねさんは、私のタオルやドリンクを手際よく準備し、そして、いつものようにノートとペンを構えて私を見つめた。


 その瞳には、不安よりも、私への揺るぎない信頼が宿っている。


 それはこの土壇場において、私にとって最もノイズの少ない、そして最も効果的なサポート情報の一つだ。


 私は、ラケットケースから愛用のラケットを取り出し、その感触を確かめる。


 スーパーアンチラバーの滑らかな表面、裏ソフトの粘着性。


 私の意思を、このコート上で寸分違わず体現するための、唯一無二のツール。


 深呼吸を一つ。そして、審判の合図に従い、コートへと足を踏み入れた。


 ネットの向こう側には、既に青木桜選手が立っていた。


 彼女は静かに、しかし一切の隙を見せない佇まいでこちらを見据えている。


 その瞳の奥には、王者としての風格と、挑戦者を真正面から受け止めるという、強い意志が見て取れた。


 …青木桜…昨年度準優勝。安定した両ハンドドライブ、クレバーなコース取り。


 …そしておそらくは、私の「異端」な戦術に対する、徹底的な対策。面白い…不足はない。


 私は、彼女のその視線を真正面から受け止め、静かに一礼する。


 これから始まるのは、単なる技術の応酬ではない。思考と、戦術と、そしておそらくは、互いの卓球に対する信念そのものの、ぶつかり合いだ。


 私の「異端の白球」が、彼女の「正統」を、どこまで侵食し、そして破壊できるか。


 …関係ない、どんな相手だろうと、私には勝つ事でしか、自分を肯定できないのだから。


 勝つしかない、その為に全てを捨てたのだから

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