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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子決勝

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曖昧な境界線

「やったぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!部長せんぱーーーーいっっっ!!!!!」


 私は、もう周りの目も気にせず、ぴょんぴょん跳ねながら叫んでいた。


 部長先輩が、常勝学園の朝倉選手をストレートで破って、県大会優勝!信じられない!夢みたい!


 部長先輩は、汗だくの顔をくしゃくしゃにしながら、でも最高の笑顔で私がいるベンチの方へガッツポーズを見せてくれている。


 私も力いっぱい手を振った。


 とその時、「あかねさん」と静かな声がして、振り返ると、しおりちゃんが立っていた。


 いつもの冷静な表情だけど、その瞳の奥が、ほんの少しだけ、いつもよりキラキラして見えるのは気のせいかな?


 そして、しおりちゃんの後ろから、ひょこっと顔を出したのは…

「あ、未来さんも!見ててくれたんだね!」

 幽基未来さんが、少しだけ緊張した面持ちで、でも小さく頷いてくれた。


 まさか未来さんまで来てくれるなんて、びっくりだけど、なんだか嬉しい。


 部長先輩も、興奮した様子で私たちの方へ駆け寄ってきた。


「しおり!あかね!やったぞ!俺、優勝だ!」


「部長先輩!本当におめでとうございます!すごかったです!」


 私がそう言うと、しおりちゃんが、いつも通りの落ち着いたトーンで、でもどこか楽しんでいるような雰囲気で口を開いた。


「ええ、見ていました、部長。セットカウント3-0、第二セット14-12、第三セットも14-12。スコアだけ見れば圧勝ですが、内容は相変わらず、綱渡りのような試合でしたね」


 ぴしゃり、という効果音がつきそうなくらい、しおりちゃんらしい的確で少しだけ辛口なコメント!


「うぐっ…そ、それは…相手も強かったからな!」


 部長先輩が、一瞬たじろいで、でもすぐにいつもの調子で返す。


 しおりちゃんは、さらに続ける。


「三連続でデュース。やはり部長は、全てのゲームをデュースの、それもハイスコアにしないと気が済まないような、特殊な収集癖がおありなのですか?私の貴重なデータ分析と応援リソースが、著しく消費されたのですが」


「し、収集癖ってなんだよ!そんなんじゃねーよ!」


 部長先輩、タジタジだ。


 でも、そのやり取りがなんだか可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。


 未来さんも、口元を隠してるけど、肩が小さく震えてる。笑ってるのかな?


「もー、しおりちゃんったら、相変わらずなんだから!でも、部長先輩が勝って、本当に良かったよね!」


 私がそう言うと、しおりちゃんは、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、口角を上げたような気がした。


「結果として、部長が勝利という目標を達成したのは、評価すべき客観的事実です。私の心臓のバイタルは、多少の負荷を強いられましたが」


 やっぱりしおりちゃんだ!


 でも、そんなしおりちゃんも、そして、まさかの未来さんも一緒に、こうして部長先輩の優勝を喜べるなんて、本当に夢みたい。


 私たちは体育館の熱気の中で、まだ興奮冷めやらぬまま、互いの顔を見合わせて笑い合った。最高の瞬間だった。



 ________________________________




 …結果、3-0。スコアだけを見れば、確かに圧勝と分類されるべきだろう。


 …しかし、その過程は、お世辞にも効率的とは言い難い。特に三連続デュース。部長の試合は、なぜ常にこうも心臓に負荷をかける展開を好むのか。


 …観客の心拍数を無駄に上昇させ、データを取る私の精神的リソースを著しく消費させる。これも彼の言う「熱血」という、私には理解不能なパラメータの一種か。


 あかねさんが、私の分析とも呼べない皮肉めいた言葉に、涙と笑顔でぐちゃぐちゃになりながらも「もー、しおりちゃんったら!」と私を軽く叩く。


 その感情の振れ幅は、相変わらず私の予測モデルの許容範囲を容易に超えてくる。


 彼女の涙腺の緩さは、何らかの物理的欠陥を疑うレベルだが、チームの士気という観点では、あるいはプラスの変数として機能しているのかもしれない。興味深い観測対象だ。


 部長は、私の言葉に一瞬たじろいだ後、いつものように「勝ちは勝ちなんだよ!」と豪快に笑っている。


 彼のあのある種の単純さは、時として弱点にもなり得るが、今回のような極限状態からの回復力という点では、有効に作用したと分析できる。


 ふと、視線を感じて目を向けると、あかねさんの隣に、幽基さんが静かに立っていた。


 彼女が自発的にこの集団に接近してきたのは、これまでの行動パターンからは逸脱した、新たな変数だ。目的は、情報収集か、それとも単なる好奇心か。


 あるいは、あかねさんのあの、あらゆる警戒心を無力化する特殊な「引力」に引き寄せられた結果か。いずれにせよ、分析対象が一つ増えた。


 彼女は、部長の勝利に対し、「…部長さんの、最後の粘り、見事でした」と、ごく小さな声で、しかし的確な評価を口にした。


 幽基さんのこの、卓球に関する時折見せる饒舌さは、依然として興味深い観察対象だ。


 普段の彼女の極端な寡黙さとのギャップが、その発言の信憑性を、ある意味で高めている。


 …それにしても、何度もデュースに持ち込まれるとは。


 …私の作戦ノートの情報が、仮に朝倉選手側に一部でも漏洩していなかったとしても、彼の純粋な実力と精神力は、こちらの想定を上回っていたと判断すべきか。


 …あるいは、部長の「お決まりの土壇場での底力」という、非論理的だが再現性の高い現象が、またしても発生しただけなのかもしれないが。


 私の脳内では、既にこの試合のデータ分析と、そこから導き出される反省点、そして次の戦いへの課題が、高速で処理され始めている。


 この勝利の熱狂も、あかねさんの涙も、部長の雄叫びも、そして幽基さんの静かな存在も、全ては私の分析モデルを更新するための、貴重なデータでしかない。


 …そのはずなのだが。


 あかねさんが、私の手を引き、「しおりちゃんも、もっと喜びなよ!」と無邪気に笑いかける。


 その純粋な感情の奔流に、私の思考ルーチンが、ほんの僅かに、本当に僅かに、処理遅延を起こしているのを感じた。


 これは…新たなノイズか、それとも…。


 私の「静寂な世界」は、彼らによって、少しずつ、しかし確実に、その境界線を曖昧にされつつあるのかもしれない。

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