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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
162/674

合流

「やったぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!部長せんぱーーーーいっっっ!!!!!」

 私は、もう周りの目も気にせず、ぴょんぴょん跳ねながら叫んでいた。部長先輩が、常勝学園の朝倉選手をストレートで破って、県大会優勝!信じられない!夢みたい!

 部長先輩は、汗だくの顔をくしゃくしゃにしながら、でも最高の笑顔で私たちがいるベンチの方へガッツポーズを見せてくれている。私も力いっぱい手を振った。

 とその時、「あかねさん」と静かな声がして、振り返ると、しおりちゃんが立っていた。いつもの冷静な表情だけど、その瞳の奥が、ほんの少しだけ、いつもよりキラキラして見えるのは気のせいかな?

 そして、しおりちゃんの後ろから、ひょこっと顔を出したのは…

「あ、未来ちゃんも!見ててくれたんだね!」

 幽基未来ちゃんが、少しだけ緊張した面持ちで、でも小さく頷いてくれた。まさか未来ちゃんまで来てくれるなんて、びっくりだけど、なんだか嬉しい。

 部長先輩も、興奮した様子で私たちの方へ駆け寄ってきた。

「しおり!あかね!やったぞ!俺、優勝だ!」

「部長先輩!本当におめでとうございます!すごかったです!」

 私がそう言うと、しおりちゃんが、いつも通りの落ち着いたトーンで、でもどこか楽しんでいるような雰囲気で口を開いた。

「ええ、見ていました、部長。セットカウント3-0、第二セット14-12、第三セットも14-12。スコアだけ見れば圧勝ですが、内容は相変わらず観客の心臓に悪い、綱渡りのような試合でしたね。」

 ぴしゃり、という効果音がつきそうなくらい、しおりちゃんらしい的確で少しだけ辛口なコメント!

「うぐっ…そ、それは…相手も強かったからな!」

 部長先輩が、一瞬たじろいで、でもすぐにいつもの調子で返す。

 しおりちゃんは、さらに続ける。

「特に第二セット、第三セットと連続でデュース。やはり部長は、全てのゲームをデュースの、それもハイスコアにしないと気が済まないような、特殊な収集癖がおありなのですか?私の貴重なデータ分析と応援リソースが、著しく消費されたのですが。」

「し、収集癖ってなんだよ!そんなんじゃねーよ!」

 部長先輩、タジタジだ。でも、そのやり取りがなんだか可笑しくて、私は思わず吹き出してしまった。未来ちゃんも、口元を隠してるけど、肩が小さく震えてる。笑ってるのかな?

「もー、しおりちゃんったら、相変わらずなんだから!でも、部長先輩が勝って、本当に良かったよね!」

 私がそう言うと、しおりちゃんは、ほんの少しだけ、本当にほんの少しだけ、口角を上げたような気がした。

「結果として、部長が勝利という目標を達成したのは、評価すべき客観的事実です。私の心臓のバイタルは、多少の負荷を強いられましたが。」

 やっぱりしおりちゃんだ!でも、そんなしおりちゃんも、そして、まさかの未来ちゃんも一緒に、こうして部長先輩の優勝を喜べるなんて、本当に夢みたい。

 私たちは、体育館の熱気の中で、まだ興奮冷めやらぬまま、互いの顔を見合わせて笑い合った。最高の瞬間だった。



 ________________________________




(…結果、3-0。スコアだけを見れば、確かに圧勝と分類されるべきだろう。しかし、その過程は、お世辞にも効率的とは言い難い。特に第二、第三セットの連続デュース。部長の試合は、なぜ常にこうも心臓に負荷をかける展開を好むのか。観客の心拍数を無駄に上昇させ、ベンチでデータを取る私の精神的リソースを著しく消費させる。これも彼の言う「熱血」という、私には理解不能なパラメータの一種か。)

 あかねさんが、私の分析とも呼べない皮肉めいた言葉に、涙と笑顔でぐちゃぐちゃになりながらも「もー、しおりちゃんったら!」と私を軽く叩く。その感情の振れ幅は、相変わらず私の予測モデルの許容範囲を容易に超えてくる。彼女の涙腺の緩さは、何らかの物理的欠陥を疑うレベルだが、チームの士気という観点では、あるいはプラスの変数として機能しているのかもしれない。興味深い観測対象だ。

 部長は、私の言葉に一瞬たじろいだ後、いつものように「勝ちは勝ちなんだよ!」と豪快に笑っている。彼のあの、ある種の単純さは、時として弱点にもなり得るが、今回のような極限状態からの回復力という点では、有効に作用したと分析できる。

 ふと、視線を感じて目を向けると、あかねさんの隣に、幽基さんが静かに立っていた。彼女が自発的にこの集団に接近してきたのは、これまでの行動パターンからは逸脱した、新たな変数だ。目的は、情報収集か、それとも単なる好奇心か。あるいは、あかねさんのあの、あらゆる警戒心を無力化する特殊な「引力」に引き寄せられた結果か。いずれにせよ、分析対象が一つ増えた。

 彼女は、部長の勝利に対し、「…部長さんの、最後の粘り、見事でした」と、ごく小さな声で、しかし的確な評価を口にした。幽基さんのこの、卓球に関する時折見せる饒舌さは、依然として興味深い観察対象だ。普段の彼女の極端な寡黙さとのギャップが、その発言の信憑性を、ある意味で高めている。

(それにしても、何度もデュースに持ち込まれるとは。私の作戦ノートの情報が、仮に朝倉選手側に一部でも漏洩していなかったとしても、彼の純粋な実力と精神力は、こちらの想定を上回っていたと判断すべきか。あるいは、部長の「お決まりの土壇場での底力」という、非論理的だが再現性の高い現象が、またしても発生しただけなのかもしれないが。)

 私の脳内では、既にこの試合のデータ分析と、そこから導き出される反省点、そして次の戦いへの課題が、高速で処理され始めている。

 この勝利の熱狂も、あかねさんの涙も、部長の雄叫びも、そして幽基さんの静かな存在も、全ては私の分析モデルを更新するための、貴重なデータでしかない。

 …はずなのだが。

 あかねさんが、私の手を引き、「しおりちゃんも、もっと喜びなよ!」と無邪気に笑いかける。その純粋な感情の奔流に、私の思考ルーチンが、ほんの僅かに、本当に僅かに、処理遅延を起こしているのを感じた。

 これは…新たなノイズか、それとも…。

 私の「静寂な世界」は、彼らによって、少しずつ、しかし確実に、その境界線を曖昧にされつつあるのかもしれない。


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