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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
157/674

男子決勝(14)

 三度目のデュース。私の心臓は、もはや慣れるということを知らないかのように、依然として早鐘を打ち続けている。部長の、あの土壇場でのナックルサーブの残像が、まだ私の脳裏に焼き付いていた。この12-12の場面、サーブ権は朝倉選手に移る。

 朝倉選手は、深く息を吸い込み、集中力を極限まで高めている。ここからの一球が、セットの行方を左右する。彼が選択したのは、回転を抑え、スピードを重視したロングサーブ。部長のバックハンド側へ、矢のように突き刺さる。

 しかし、今の部長は、ゾーンに入っているかのようだった。その速球に対し、一歩も引かずに踏み込み、コンパクトながらも強烈なバックハンドカウンターを叩きつけた!ボールは、朝倉選手の予測をわずかに外し、サイドラインぎりぎりに着弾する。朝倉選手は反応しきれない!

 まさに、相手の勢いを力でねじ伏せるような、気迫のこもった一打。これで、部長が再びゲームポイントを握る!

 スコア:部長 13 - 12 朝倉

(…すごい!朝倉選手の勝負サーブを、あんな風にカウンターで…!今の部長は、本当に手が付けられないかもしれない)

 一瞬にして、体育館の空気が再び部長の色に染まる。あかねさんが、総立ちになって拳を突き上げているのが見えた。

 これが、部長が「突き放す」時の爆発力。

 そして、サーブ権は部長へ。彼のゲームポイントだ。

 会場全体が、息をのんで部長の次のサーブを見守っている。この一点を取れば、第二セットは部長のものだ。

 部長は、一度、天を仰いで大きく息を吐き、そして、ラケットを強く握りしめた。その瞳には、迷いのない、ただ勝利だけを見据える強い光が宿っている。

 彼は、トスを高く上げた。そして――

「うぉぉぉりゃあああああああああっ!!」

 魂の叫びと共に、彼の右腕が閃光のように振り抜かれた!

 放たれたのは、彼の代名詞とも言える、超高速のパワーサーブ!

 ボールは、白い凶器となって、朝倉選手のフォアサイドを、まさに一瞬で駆け抜けていった!

 朝倉選手は、懸命に反応しようと体を動かしたが、そのラケットがボールに触れることは、ついになかった。

 エース!!!

 スコア:部長 14 - 12 朝倉

 第二セット、部長が獲得!セットカウント、部長 2 - 0 朝倉!

「しゃあああああああああああああああああああっっっ!!!!」

 部長の、勝利を確信した雄叫びが、体育館中にこだました。

 その瞬間、私も、隣の幽基さんも、そして会場の多くの観客も、息をのむような激闘の終わりに、思わず立ち上がり、大きな、大きな拍手を送っていた。

 あかねさんは、もう泣いているのか笑っているのか分からないような表情で、部長の元へ駆け寄ろうとしている。

(…部長が、あの苦しいデュースを、最後は気迫と、そして魂のサーブで、もぎ取った…!)


 部長の雄叫びと、割れんばかりの拍手が体育館に響き渡る中、選手たちはベンチへと戻っていく。第二セットも、14-12という、またしても息詰まるデュースの連続だった。私は、興奮で火照った頬を両手でそっと押さえながら、大きく息を吐き出した。

「…なんとか、取りましたね、部長。本当に、心臓に悪いですけど。」

 私が思わず隣の幽基さんにそう呟くと、彼女も小さく頷き、静かながらも少しだけ興奮の余韻を残した声で答えた。

「ええ。見事な粘りでした、お二人とも。特に、部長さんの勝負強さには目を見張るものがありますね。あの11-12の場面で、ナックルサーブを選択するとは…常人にはできない発想です。」

 幽基さんの言葉には、純粋な称賛がこもっていた。

「確かに、あのナックルサーブは驚きました。朝倉選手の計算を完全に狂わせましたね。でも、そこに至るまでのYGサーブの布石や、途中で見せたストロベリーフリックのような意外性のあるプレーも、じわじわと相手にプレッシャーを与えていたんだと思います。」

 私は、部長の戦いぶりを思い返す。ただのパワーだけではない、クレバーな一面。そして、私の実験的なプレーを見て、それを自分のものにしようとする貪欲さ。

「そうですね。部長さんは、持ち前のパワーを活かしつつも、非常に戦術的でした。YGサーブとその逆を突く下回転、そしてあのナックル。サーブの組み立てだけで、朝倉選手をかなり揺さぶっていました。朝倉選手も、途中、質の高いアップダウンサーブや、鋭いカウンターで何度も部長さんを追い詰めましたが…」

 幽基さんは、そこで一旦言葉を切り、再びコートの方へ視線を向けた。

「…最後の最後は、やはり部長さんの『ここ一番での集中力』と、『絶対に取る』という気迫が上回った、ということでしょうか。あの13-12からの、バックハンドカウンターと、最後のパワーサーブ。あれはもう、技術というより魂のぶつかり合いでしたね。」

「ええ…」私は頷く。「何度もデュースになって、お互いにゲームポイントを握っては握られて。どちらに転んでもおかしくなかった。部長が、あの緊張感の中で、よくぞ自分の卓球を貫き通したと思います。」

 話しながら、あの不気味な疑惑から完全に逃れられない自分を感じていた。

「次の第三セット…朝倉選手も、もう後がありませんから、さらに激しく、そして何か新しい戦術で来るでしょうね。部長さんが、この勢いを維持できるかどうかが鍵になりそうです。」

 幽基さんの冷静な分析は続く。彼女とこうして卓球の試合を語り合うのは、初めての経験だったが、その的確な視点と、時折見せる卓球への情熱は、私にとって心地よいものだった。

 インターバルは、まだ始まったばかり。

 次のセットに向けて、部長とあかねさんが、ベンチで真剣な表情で話し合っているのが見える。

 私たちの、静かな総括も、次の戦いへの序章に過ぎなかった。

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