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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
156/674

男子決勝(13)

 朝倉選手の絶妙なフリックが決まり、スコアボードの数字が「10 - 10」と並ぶ。

 体育館全体が、興奮と期待の入り混じった大きなノイズで満たされている。あかねさんの声援も、もはや悲鳴に近い。

 私は、その光景を目の当たりにして、思わず、はぁー…と、深いため息とも、諦念ともつかない息を漏らした。

(また…またデュース。本当に、この人の試合は…っ!)

 呆れる、という言葉が一番しっくりくるかもしれない。第一ゲームも、たしか13-11というデュースの末に部長が取った。そしてこの第二ゲームも、再び同じ展開。

 いや、何もこの試合に限ったことじゃない。部長と来たら、この県大会から、いや、その前の地区大会の時から、大事な試合になればなるほど、なぜかこうやってデュースにもつれ込むのが常だった。私たちチームメイトは、その度に毎回毎回、心臓がいくつあっても足りないくらいハラハラさせられ通しなのだ。本人は必死なのは重々承知しているけれど、観ているこちらの身にもなってほしい、と何度思ったことか。

 もちろん、その技術レベルの高さ、一進一退の攻防の凄まじさには、観客として興奮する。手に汗握るというのは、まさにこのことだろう。

 しかし、同時に、この「お決まり」とも言える心臓に悪い、神経をすり減らすような展開の連続に、どこか達観したような、あるいは「またか」という疲労にも似た感情が湧き上がってくるのも事実だった。特に、自分の抱えるあの厄介な問題を常に意識の片隅に置いている私にとっては、純粋にこの熱狂だけを楽しむことが難しい。

「…ふふっ。」

 隣で、不意に幽基さんが小さく笑みを漏らした。その声に、私は少し驚いて彼女を見る。

 彼女は、コート上の二人から目を離さずに、どこか楽しそうに言った。

「すごいですね、二人とも。決勝戦に、相応しい粘り合いです。どちらも、全く譲る気がない。」

 その声には、先ほどまでの分析的な冷静さとは少し違う、純粋な観戦者としての興奮と、そしてどこか、このような舞台で戦えることへの羨望のような響きも感じられた。

(幽基さんは…楽しんでいる、か、初めて見る側にとっては、この展開は最高にスリリング…。もう慣れっこになってしまっているけど…)

 私は、そんな幽基さんの横顔を見ながら、もう一度コートへと視線を戻した。

 呆れていようが、ハラハラするのに慣れていようが、試合は続く。そして、このデュースをどちらが制するかが、この第二ゲームの、そしてもしかしたら試合全体の流れを大きく左右するだろう。

 部長の横顔には、極度の集中と、そしてわずかな疲労の色が見えた。対する朝倉選手もまた、冷静沈着な表情の奥に、勝利への執念を燃やしている。

 この緊張感が、たまらない。そして、「今度こそ早く終わってほしい」と願う自分もいる。

 長年の観戦で培われた複雑な思いを抱えながら、私は固唾を飲んで、次のサーブを待った。

 サーブ権は朝倉選手。ここからの1本1本が、とてつもなく重い。

 朝倉選手は、一度深く息を吸い込み、集中力を高める。先ほど効果的だったアップダウンサーブの構え。しかし、今度はそこから、ボールの側面を薄く擦るような、切れ味鋭い横回転ショートサーブを、部長のフォア前に出した。

 部長は、その変化に一瞬対応が遅れたが、なんとかラケットに当てて返球。しかし、ボールはわずかに甘く、ネット際に浮き上がる。

 (しまった…!)

 朝倉選手が素早く踏み込み、その浮き球をコンパクトなスイングで、部長のバックサイド、エンドラインぎりぎりへと叩きつけた!

 部長 10 - 11 朝倉

 常勝学園の応援席が、わっと沸く。部長、絶体絶命のピンチ。

 サーブ権は部長へ。

 追い込まれた部長。しかし、その表情には悲壮感よりも、むしろ闘志がみなぎっている。

 彼は、大きく息を吸い込むと、得意のYGサーブを、朝倉選手のバックサイド深くへ、これ以上ないというコースに叩き込んだ!強烈な回転とスピード。

 朝倉選手は、懸命に手を伸ばし、ラケットに当てたが、ボールは回転に負けて大きくコート外へと弾かれた。

 部長 11 - 11 朝倉

 あかねさんの声援が、再び勢いを取り戻す。

 これでまたデュース。振り出しに戻った。

 サーブ権は再び朝倉選手。

 朝倉選手は、表情を変えずに、今度は下回転系のロングサーブを、部長のフォアサイド、台から出るか出ないかの絶妙な長さにコントロールしてきた。

 部長は、そのサーブに対し、ループドライブで持ち上げようとする。しかし、朝倉選手のサーブの回転が予想以上に強く、そして低かった。ドライブはネットにかかり、無情にも自陣コートに落ちる。

 部長 11 - 12 朝倉

 息が詰まる。本当に、どちらに転ぶか全く分からない。

「…朝倉選手、サーブの組み立てが巧みですね。ロングサーブとショートサーブ、そして回転の変化。少しも気を抜けません。」

 隣で、幽基さんが冷静に、しかしどこか感嘆したように呟いた。

 後がない部長。彼の額には、大粒の汗が光っている。

 彼は、一度天を仰ぎ、そして、何かを決意したような表情で構えた。

 放たれたサーブは、これまでのパワーサーブやYGサーブとは全く異なる、回転をほとんどかけない、ふわりとしたナックルサーブ。しかも、コースは朝倉選手のフォア前、ネット際に短く。

 意表を突かれた朝倉選手は、一瞬反応が遅れ、慌ててそのボールを処理しようと前に出る。しかし、そのナックルボールの処理は難しく、彼のフリックはネットを越えられない!

 スコア:部長 12 - 12 朝倉

 信じられない、という思いと、部長のその大胆不敵さに、私は言葉を失った。会場からは、大きなどよめきと拍手が巻き起こる。

 これで、三度目のデュース。

 私は、もう何度目か分からない深いため息をつきながら、この永遠に続くかのようなシーソーゲームの行方を、ただただ見守るしかなかった。

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