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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
153/674

男子決勝(10)

 部長 3 - 1 朝倉


 ブザーが鳴り、両選手が再びコートの中央へと歩み寄る。タイムアウト中、朝倉選手はコーチから厳しい表情で指示を受けていた。対する部長先輩は、あかねさんと何やら確認し合った後、深く頷き、闘志をみなぎらせた表情で台についた。

(…朝倉選手、タイムアウトでどう立て直してきたか。そして、幽基さんのあの言葉の続きも気になるけれど、今はまず、試合に集中しないと。)

 私の隣で、幽基さんは、先ほどの会話の続きを促すでもなく、再びコート上の二人へと意識を集中させているように見えた。しかし、その横顔からは、彼女もまた、何か複雑な思考を巡らせていることが窺えた。

 サーブ権は朝倉選手。

 彼は一度、ふっと息を吐き、集中力を高めた。先ほどまでの焦りの色は消え、冷静さを取り戻したようだ。

 朝倉選手のサーブ、放ったのは、台の横、ギリギリのコースを狙った、切れ味鋭い横回転のロングサーブ。部長先輩のフォア側を大きく揺さぶる。

 部長は、素早く反応し、体を伸ばしてそのサーブをドライブで返球。ここから、激しいドライブの応酬が始まった。一球一球に力が込められ、ボールが唸りを上げる。

(…朝倉選手、サーブの質もコースも変えてきた。そして、ラリー戦でも一歩も引かない構え。タイムアウトで、相当戦術を練り直してきた。)

 互いにコートの隅を狙い合う、息詰まる展開。ラリーは5球、6球と続き、7球目。朝倉選手が、部長のバックサイド深くに食い込んだドライブに対し、さらに回転をかけたトップスピンを、今度は逆サイド、部長先輩のフォアのオープンスペースへと叩きつけた!

 部長は、最後の力を振り絞るようにしてそのボールに飛びつき、ラケットに当てたが、ボールは僅かに力を失い、ネットを越えることなく落下した。

 部長 3 - 2 朝倉

「…見事な切り返し。朝倉選手、タイムアウトで完全に流れを変えようとしていますね。今のロングサーブからの展開、そして最後の逆クロスへのドライブ。部長さんの体力を削りながら、確実にポイントを取りに来ている。」

 幽基さんが、静かに、しかし的確に戦況を分析する。

 私の胸には、先ほどの戦慄が、まだ重くのしかかっている。

 続く朝倉選手のサーブ。今度は、先ほどのロングサーブとは対照的に、ネット際に短く、鋭い横回転をかけたショートサーブ。部長のフォア前に、いやらしく変化する。

 普通の選手なら、ツッツキで安全に返球するか、あるいは無理にフリックしてミスをする場面。しかし、部長は――。

(え…!?)

 部長は、そのショートサーブに対し、台に素早く踏み込むと、まるで私が練習で見せたことがあるような、手首を内側に巻き込む独特のフォームから、ボールの側面下部を捉え、コンパクトに振り抜いた!「ストロベリーフリック」とも呼ばれる、あの変則的なフォアハンドフリック。

 意表を突かれた朝倉選手は、その予測不能な軌道と回転のボールに全く反応できず、ボールは相手コートのエッジぎりぎりに吸い込まれるようにして決まった!

 部長 4 - 2 朝倉

 会場がどよめく。あかねさんが、ベンチで飛び上がって喜んでいるのが見えた。

(部長…!あのフリックを、この大舞台で…!確かに、私が遊びや実験で何度か見せたことはあったけれど、まさか実戦で、しかもこんな重要な場面で使うなんて…!)

 それは、作戦ノートには書かれていない、部長先輩自身の機転と、そして私の「異端」な卓球を見て学ぼうとする彼の姿勢が生んだ、奇跡のような一点だった。

「…今の、は…静寂さんの…?」

 隣で、幽基さんが、驚いたように小さな声を漏らした。彼女の視線が、一瞬だけ私に向けられる。

 私は、小さく頷いた。

「ええ、少し…見せたことがありました。」

 試合は進んでいる。しかし、私の頭の中では、先ほどの会話の続きが、何度も繰り返されていた。

「幽基さん…さっきの話ですが…」コートから目を離さずに、私は再び口を開いた。「もし、私の仮説…作戦メモが、私だけを狙うために使われたというのが本当なら…それは、一体誰が、何のために…」

 その言葉は、自分でも気づかないうちに、不安と不信感で震えていた。

 朝倉選手や、彼を応援する常勝学園の生徒たちには何の罪もない。彼らはただ、勝利を目指して戦っているだけだ。しかし、その裏で、見えない誰かの悪意が蠢いているのだとしたら…?

 その嫌な予感が、まるで粘りつくように、私の心から離れなかった。


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