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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子決勝

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151/694

観客席

 セットカウント 部長 1 - 0 朝倉


 インターバルが終わり、部長と朝倉選手が再びコートに入ってくる。


 体育館の熱気は、第一ゲームの激闘を経て、さらに密度を増したように感じられた。


 私の隣では、幽基未来さんが、先ほどまでのどこかぼんやりとした雰囲気とは少し異なり、コートの中央を静かに、しかし鋭い眼差しで見つめている。


 …部長、第一ゲームは見事だった。即座に対応策を考えて実行する判断と胆力。しかし、朝倉陽介選手も、このまま引き下がるような相手ではない。第二ゲーム、彼がどう立て直してくるか…


 私は、試合の展開を予測しつつ、隣の幽基さんに小さく声をかけた。


「…幽基さん。次のゲーム、どう戦うと思いますか?」


 返事はないかもしれない、と半分思いながらの問いかけだったが、意外にも彼女は、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で話し始めた。


「部長さんの第一ゲームの戦い方は、土壇場での戦術変更と、それを支える気迫が見事でした。ただ、朝倉選手…彼の卓球は、見かけのスマートさ以上に、非常に合理的で、相手の弱点を的確に突く冷静さがあります。インターバルで、部長さんのあのストップへの対応は、必ず修正してくるはずです」


 その言葉は、先程までの彼女からは想像できないほど明瞭で、分析的だった。


 これが、彼女の本質、卓球に対する「饒舌さ」の片鱗なのだろうか。


 コートでは、朝倉選手のサーブから第二ゲームが始まった。


 部長 0 - 0 朝倉


 朝倉選手が放ったのは、やはり質の高い下回転ショートサーブ。


 ネット際に低く短く。


 しかし、部長は迷わなかった。あかねさんから伝えられたノートの指示通りだろう。


 台に素早く踏み込み、コンパクトなスイングでボールの側面を捉え、チキータ気味に鋭く弾き飛ばした。


 ボールは相手コートのフォアサイド深くに突き刺さり、朝倉選手は一瞬反応が遅れる。


 なんとかそのボールを拾い、ドライブで反撃するが、体勢は既に崩れている。


 ここからラリー戦が始まった。


 部長は持ち前のパワーと、そして何よりも「泥臭い粘り」で、朝倉選手の巧みなコース取りに食らいつく。


 一球また一球とラリーは長く長く続いていく。


 観客席も固唾を飲んで見守っている。


 そして、十数本は続いたであろう長いラリーの末、ついに朝倉選手のドライブが、ネットを越えられなかった。


 部長 1 - 0 朝倉


「…今のラリー。部長さん、完全に作戦通りの展開に持ち込みましたね。朝倉選手は、あのチキータで台から引き離された時点で、既に苦しかった。長いラリーになれば、やはり部長さんの体力と精神力が上回る…見事な一点です」


 幽基さんの声には、かすかな感嘆の色が混じっているように聞こえた。


 続く朝倉選手のサーブ。


 今度は先ほどとは異なり、台から出るか出ないか回転量の多い下回転ロングサーブ。


 部長はこれも焦らず、しっかりと体勢を作り回転量の多いループドライブでボールを持ち上げ、相手コート深くに返球した。


 朝倉選手はそのループドライブに対し、再びドライブで攻撃を仕掛けるが、部長はそれを予測していたかのように、冷静にブロック。


 再び、長いラリー戦の応酬。


 台上で繰り広げられる技の応酬ではなく、中陣から後陣にかけての、パワーとパワー、粘りと粘りのぶつかり合い。


 これも、最後は部長の粘り強い返球が、朝倉選手のミスを誘った。ボールがコートの端を僅かに外れる。


 部長 2 - 0 朝倉


「…朝倉選手少し焦りが見えるかもしれません。自分の得意なサーブからの展開を、二本続けて、部長さんに攻略されている。しかも、相手の土俵であるラリー戦に持ち込まれて、ポイントを失っている。これは精神的に堪えるはずです」


 幽基さんの分析は的確だった。


 彼女は、ただ試合を見ているだけではない。選手の心理状態まで読み解こうとしている。


 サーブ権が部長に移る。


 部長は得意のパワーサーブを、朝倉選手のバックサイド深くに叩きつけた。


 朝倉選手は、それをなんとかレシーブ。


 返ってきたボールに対し、部長先輩は狙い通りの三球目攻撃!強烈なフォアハンドドライブが、相手コートに突き刺さるかと思われた、その瞬間――。


 朝倉選手が、信じられないような反応速度で、そのドライブに対し、さらに鋭いカウンタードライブを放った。


 四球目攻撃、ボールは、部長先輩のフォアサイドを稲妻のように駆け抜け、コートに突き刺さった。


 部長 2 - 1 朝倉


「…速い。朝倉選手のカウンター、素晴らしい切れ味です。部長さんの三球目攻撃の威力も相当でしたが、それをさらに上回るスピードとコース。さすが、常勝学園のエース…」


 幽基さんは、小さく息をのんだ。


 部長は表情を変えずに、もう一度力強いパワーサーブを放つ。


 先ほどと同じような展開。


 朝倉選手のレシーブ、そして部長の三球目攻撃。


 誰もが、再び朝倉選手の四球目カウンターを予測しただろう。


 朝倉選手も、やはり先ほどと同じように、鋭い四球目攻撃を放ってきた。


 そのボールは、部長先輩のミドルを厳しく突く。


 しかし、今度は部長が、その四球目攻撃を読んでいた。


 一歩も引かず、むしろ一歩踏み込みながら、朝倉選手の打球の勢いを利用し、体をしならせて、カウンターのカウンター、五球目攻撃だ。


 放たれたボールは、朝倉選手が空けた逆サイドのスペースを、鋭く深く穿つ。


「…すごい…!カウンターの、カウンター…。部長さん、あの朝倉選手の高速カウンターを、さらに読み切って、その上を行った…、今の攻防は、まさに全国レベル…」


 幽基さんの声が、わずかに上擦っている。彼女の瞳は、コート上の二人から一時も離れず、その戦いの全てを吸収しようとしているかのようだった。


 部長 3 - 1 朝倉


 部長…ノートの作戦を実行しながらも、相手の動きを読み、さらにその先を行こうとしている。


 …第一ゲームの激戦が、彼をさらに進化させているのかもしれない。


 …そして、幽基さん…彼女の卓球への洞察力は、私が思っていた以上だ。彼女が饒舌になる時、それは彼女の思考が最も活性化している時なのかもしれない…。


 私は、目の前のハイレベルな攻防と、隣で熱を帯びていく幽基さんの様子を静かに、しかし深い興奮と共に、見守り続けていた。

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