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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
151/674

男子決勝(9)

 セットカウント 部長 1 - 0 朝倉


 インターバルが終わり、部長と朝倉選手が再びコートに入ってくる。体育館の熱気は、第一ゲームの激闘を経て、さらに密度を増したように感じられた。私の隣では、幽基未来さんが、先ほどまでのどこかぼんやりとした雰囲気とは少し異なり、コートの中央を静かに、しかし鋭い眼差しで見つめている。

(部長、第一ゲームは見事だった。即座に対応策を考えて実行する判断と胆力。しかし、朝倉陽介選手も、このまま引き下がるような相手ではない。第二ゲーム、彼がどう立て直してくるか…)

 私は、試合の展開を予測しつつ、隣の幽基さんに小さく声をかけた。

「…幽基さん。次のゲーム、どう戦うと思いますか?」

 返事はないかもしれない、と半分思いながらの問いかけだったが、意外にも彼女は、ゆっくりと、しかしはっきりとした口調で話し始めた。

「部長さんの第一ゲームの戦い方は、土壇場での戦術変更と、それを支える気迫が見事でした。ただ、朝倉選手…彼の卓球は、見かけのスマートさ以上に、非常に合理的で、相手の弱点を的確に突く冷静さがあります。インターバルで、部長さんのあのストップへの対応は、必ず修正してくるはずです。」

 その言葉は、普段の彼女からは想像できないほど、明瞭で、分析的だった。これが、彼女の卓球に対する「饒舌さ」の片鱗なのだろうか。

 コートでは、朝倉選手のサーブから第二ゲームが始まった。

部長 0 - 0 朝倉

 朝倉選手が放ったのは、やはり質の高い下回転ショートサーブ。ネット際に低く、短く。しかし、部長は迷わなかった。あかねさんから伝えられたノートの指示通り、台に素早く踏み込み、コンパクトなスイングでボールの側面を捉え、チキータ気味に鋭く弾き飛ばした!

 ボールは相手コートのフォアサイド深くに突き刺さり、朝倉選手は一瞬反応が遅れる。なんとかそのボールを拾い、ドライブで反撃するが、体勢は既に崩れている。ここから、壮絶なラリー戦が始まった。

 部長は、持ち前のパワーと、そして何よりも「泥臭い粘り」で、朝倉選手の巧みなコース取りに食らいつく。一球、また一球と、ラリーは長く、長く続いていく。観客席も固唾を飲んで見守っている。

 そして、十数本は続いたであろう長いラリーの末、ついに朝倉選手のドライブが、ネットを越えられなかった。

 部長 1 - 0 朝倉

「…今のラリー。部長さん、完全に作戦通りの展開に持ち込みましたね。朝倉選手は、あのチキータで台から引き離された時点で、既に苦しかった。長いラリーになれば、やはり部長さんの体力と精神力が上回る…見事な一点です。」

 幽基さんの声には、かすかな感嘆の色が混じっているように聞こえた。

 続く朝倉選手のサーブ。今度は、先ほどとは異なり、台から出るか出ないか、回転量の多い下回転ロングサーブ。

 部長は、これも焦らず、しっかりと体勢を作り、回転量の多いループドライブでボールを持ち上げ、相手コート深くに返球した。朝倉選手は、そのループドライブに対し、再びドライブで攻撃を仕掛けるが、部長はそれを予測していたかのように、冷静にブロック。

 再び、長いラリー戦の応酬。台上で繰り広げられる技の応酬ではなく、中陣から後陣にかけての、パワーとパワー、粘りと粘りのぶつかり合い。

 これも、最後は部長先輩の粘り強い返球が、朝倉選手のミスを誘った。ボールが、コートの端を僅かに外れる。

 部長 2 - 0 朝倉

「…朝倉選手、少し焦りが見えるかもしれません。自分の得意なサーブからの展開を、二本続けて、部長さんに攻略されている。しかも、相手の土俵であるラリー戦に持ち込まれて、ポイントを失っている。これは精神的に堪えるはずです。」

 幽基さんの分析は、的確だった。彼女は、ただ試合を見ているだけではない。選手の心理状態まで読み解こうとしている。

 サーブ権が部長に移る

 部長は、得意のパワーサーブを、朝倉選手のバックサイド深くに叩きつけた。朝倉選手は、それをなんとかレシーブ。返ってきたボールに対し、部長先輩は狙い通りの三球目攻撃!強烈なフォアハンドドライブが、相手コートに突き刺さるかと思われた、その瞬間――。

 朝倉選手が、信じられないような反応速度で、そのドライブに対し、さらに鋭いカウンタードライブを放ってきた!四球目攻撃!ボールは、部長先輩のフォアサイドを稲妻のように駆け抜け、コートに突き刺さった。


 部長 2 - 1 朝倉


「…速い。朝倉選手のカウンター、素晴らしい切れ味です。部長さんの三球目攻撃の威力も相当でしたが、それをさらに上回るスピードとコース。さすが、常勝学園のエース…。」

 幽基さんは、小さく息をのんだ。

  部長先輩は、表情を変えずに、もう一度、力強いパワーサーブを放つ。先ほどと同じような展開。朝倉選手のレシーブ、そして部長先輩の三球目攻撃。誰もが、再び朝倉選手の四球目カウンターを予測しただろう。

 朝倉選手も、やはり先ほどと同じように、鋭い四球目攻撃を放ってきた。そのボールは、部長先輩のミドルを厳しく突く。

(…来る!)

 しかし、今度は部長が、その四球目攻撃を読んでいた!一歩も引かず、むしろ一歩踏み込みながら、朝倉選手の打球の勢いを利用し、体をしならせて、カウンターのカウンター!五球目攻撃だ!

 放たれたボールは、朝倉選手が空けた逆サイドのスペースを、鋭く、深く穿った!

「…すごい…!カウンターの、カウンター…。部長さん、あの朝倉選手の高速カウンターを、さらに読み切って、その上を行った…!今の攻防は、まさに全国レベル…!」

 幽基さんの声が、わずかに上擦っている。彼女の瞳は、コート上の二人から一時も離れず、その戦いの全てを吸収しようとしているかのようだった。

 スコア:部長 3 - 1 朝倉

(部長…ノートの作戦を実行しながらも、相手の動きを読み、さらにその先を行こうとしている。第一ゲームの激戦が、彼をさらに進化させているのかもしれない。そして、幽基さん…彼女の卓球への洞察力は、私が思っていた以上だ。彼女が饒舌になる時、それは彼女の思考が最も活性化している時なのかもしれない…)

 私は、目の前のハイレベルな攻防と、隣で熱を帯びていく幽基さんの様子を、静かに、しかし深い興奮と共に、見守り続けていた。

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