壮絶な第一ゲーム
この決勝戦、まさに魂と魂のぶつかり合い。
どちらも一歩も譲らない、壮絶な戦いだ!
サーブ権は俺。
スコアは8-8、この1点がゲームの流れを大きく左右する。
俺は顔の汗を拭い、そして、深く深く息を吸い込んだ。
…朝倉の奴、俺のパワーにも、そしてさっき見せたような変化にも、少しずつ対応してきやがってる。
…ここ一番、何か、あいつの予測のさらに外を行くようなサーブが必要だ…。
その時俺の脳裏に、ふと懐かしい記憶が蘇った。
それはまだ俺たちが小学生か中学生になったばかりの頃だったか。
第五中学の体育館で、汗だくになってボールを追いかけていた、あの頃の記憶。
相手は、俺の幼馴染であり、そして最大のライバルでもあった、後藤 護。
『くそっ!猛!お前のそのサーブ、なんでそんなに曲がるんだよ!全然取れねえじゃねえか!』
練習試合で、俺のサーブに手も足も出ずに、後藤が悔しそうに叫んでいた。
あの頃の俺のサーブは、ただ力任せに回転をかけるだけの、荒削りなものだったはずだ。
それでも、なぜか後藤は、そのサーブを異常なまでに取りにくそうにしていた。
『へへん、どうだ!俺様の必殺サーブだぜ!』
得意げに胸を張る俺に、後藤は首を傾げながら言った。
『いや、なんかさ…ただの下回転とか横回転じゃねえんだよな。ボールが、こう…最後にちょっとだけ、変な動きするっていうか…』
『変な動き?んなもん、俺にも分かんねえよ!』
『…もしかして猛。お前無意識に、ボールの横っ腹を、ほんの少しだけ、擦り上げたり、押し出したりしてねえか?そうすると、普通の回転に、微妙な別の回転が混ざって、取りにくくなるんだよ。俺のじいちゃんが言ってた。』
後藤のじいさんは昔、卓球の選手だったらしい。
あの時の後藤の言葉、そして二人でああでもないこうでもないと、サーブの回転について熱く語り合った、あの放課後の風景。
「横を少し混ぜるんだ」――。
…後藤。お前のあの言葉、そして、お前と競い合ったあの日々が、今の俺を作ってんだ。見てろよ。お前と作ったこのサーブで、俺は勝つ!
俺は静かに構えた。そしてボールをトスし、ラケットを振り抜く。
それは、いつもの俺のパワーサーブとは、明らかに異なる軌道を描いた。
ボールは、強烈な下回転を帯びているように見せかけながら、インパクトの瞬間、俺は無意識に、しかし確実に、ラケットの角度をほんのわずかに調整する。
ボールの側面に、後藤が言っていた「横の回転」をほんの少しだけ、しかし鋭く混ぜ込んだのだ!
放たれたサーブは低い弾道で、朝倉のフォアサイドのネット際に短く、そしてバウンドした瞬間、ありえないほどの急な横回転を見せ、台の外側へとまるで逃げるようにして鋭く切れ込んでいった!
「なっ…!?」
朝倉の、常に冷静沈着だった表情が、三度、驚愕に歪んだ。
奴の予測の中に、このタイミングで、俺がこんなにも変化の大きな、そして質の高いショートサーブを繰り出してくるという可能性を全く考えていなかったのだろう。
彼の体は、そのボールに全く反応できない。ラケットを出すことすらできず、ただ、ボールが自陣のコートの端をかすめ、そして弾け飛んでいくのを見送るしかなかった。
部長 9 - 8 朝倉
「っしゃあああああ!!!」
俺は天に向かって叫んだ。
それは後藤への、そして俺自身の過去への感謝の雄叫びだった。
体育館が、どよめきと歓声に包まれる。
ベンチのあかねも信じられないといった表情で、しかし満面の笑みで俺に拍手を送ってくれている。
観客席のしおりも、その静かな瞳の奥に、ほんのわずかな驚きと、そして何かを理解したかのような、そんな色を浮かべていた。
続く俺のサーブ2本目。
俺は、もう迷わない。
もう一度、渾身の、そして後藤の魂が宿ったかのような、あの「横を少し混ぜた」ショートサーブを、今度は朝倉のバックサイドへと、寸分違わぬ精度で送り込んだ!
朝倉は、先ほどの残像に、完全に思考を支配されていた。
彼は、そのサーブに対し、無理に攻撃的なレシーブは選択できず、ただ、ラケットに当てるのが精一杯だった。
ボールは、力なくネットを越え、高く、そして甘く、俺のフォアサイドへと浮き上がった。
絶好のチャンスボール。
俺は、そのボールを見逃さない。
一歩踏み込み、全ての力を右腕に込め、これが俺の卓球だ!と叫ぶかのような、渾身のフォアハンドスマッシュを、朝倉のコートに叩き込んだ!
パァァンッ!!
ボールは、朝倉の反応も虚しく、コートに深々と突き刺さった。
部長 10 - 8 朝倉
ついに、この壮絶な第一ゲームのゲームポイントを俺が握ったのだ!




