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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
145/674

男子決勝(4)

 くそっ…!また、あのいやらしい下回転サーブか…!

 朝倉の奴、俺がちょっとでも甘いレシーブをしようもんなら、すかさず三球目で叩いてきやがる。完全に、俺の得意なパワープレイを封じ込められてるじゃねえか。さっき、しおりのアドバイス(のつもりだろう、あいつなりの)で一矢報いたと思ったんだが、そう簡単にはいかねえってことか。

 1-5。まだ第一ゲームだっていうのに、この点差。

 焦るな、俺。落ち着け。しおりも観客席で見てんだ。あかねも、ベンチで必死に応援してくれてる。ここで簡単に心が折れるわけにはいかねえんだよ。

 俺は、タオルで顔の汗を拭いながら、深く息を吸い込んだ。朝倉は、表情一つ変えずに、静かにサーブの構えに入っている。あの野郎、本当に隙がねえ。スマートな王道、か…。未来とかいうカットマンの女が言ってた通りだな。

(だが、俺は、まだ負けちゃいねえ…!)

 その時だった。

 ベンチの方から、いつもの、しかし今日は一段と張り詰めた、そして俺の鼓膜を直接揺さぶるような、あかねの甲高い声が飛んできた。

「部長せんぱーーい!頑張れーーーっ!!一本、集中ーーーっ!!!」

 その声に、ハッとした。

 そうだ。俺は、一人で戦ってるわけじゃねえ。しおりがいて、あかねがいて、そして、第五中の卓球部のみんながいる。あいつらの想いを、俺は背負ってんだ。

 0-5、いや、1-5か。追い詰められてる?上等じゃねえか。

 なぜだか、全く負ける気がしねえ。

 朝倉のサーブ。

 やはり、俺のフォアサイド、ネット際に短く、そして強烈な下回転がかかった、あのいやらしいショートサーブ。俺が最も処理に迷い、甘い返球をしやすいと、あいつは分析してんだろう。

(…だがな、朝倉。お前が俺のデータを分析してるように、俺だって、お前のデータ、そしてしおりから盗んだ「異端」な発想があるんだぜ…!)

 俺は、そのサーブに対し、体を鋭く台に入れ込み、そして、ラケットを裏ソフトの面に持ち替えた。

 そして、ボールがバウンドし、頂点に達するよりもほんのわずかに早い打点を、まるで精密機械のように正確に捉え、コンパクトながらも全身のバネを凝縮させたような、強烈なトップスピンをかけたフォアハンドチキータを、朝倉のバックサイド、オープンスペースへと、稲妻のような速さで叩き込んだ!

 それは、さっき俺が朝倉の緩いサーブに対して決めた、あのバックハンドカウンタードライブの、いわば「意趣返し」。そして、カットマンが最も嫌う、早い打点での攻撃的なレシーブ。それを、今度は俺がやってやる!

「なっ…!?」

 朝倉の、常に冷静沈着だった表情が、初めて明らかに驚愕に歪んだ。彼の予測モデルの中に、この場面で、俺がこれほどまでに大胆かつ精密なチキータを放ってくるという選択肢は、存在しなかったのだろう。

 彼の体は、そのボールに全く反応できない。ラケットを出すことすらできず、ただ、ボールが自陣のコートに突き刺さり、そして弾け飛んでいくのを見送るしかなかった。

 部長 2 - 5 朝倉

「っしゃあ!」

 俺は、力強く拳を握りしめる。その顔には、してやったり、という会心の笑みが浮かんでいた。

 観客席から、大きなどよめきと拍手が起こる。

 態度とは裏腹に俺は内心焦っていた。

(なんとか返したが、かなり厳しい状況だ、どうする?もう不意打ちのチキータは通用しないか、なにか手は…)

 朝倉の術中にはまっちまってる。あいつの下回転サーブ、回転量がえげつねえ上に、コースもギリギリを突いてきやがる。俺の得意なパワープレイに、全然持ち込ませてもらえねえ。

(…落ち着け、俺。しおりも言ってたじゃねえか。「あなたの『パワー』と『体力』は、相手を上回っている」って。そして、「時には、相手の意表を突く短いストップや、コースを変えるループドライブを織り交ぜる」ことも、有効だって。)

 朝倉のサーブ。

 やはり、俺のフォアサイド、ネット際に短く、そして強烈な下回転がかかった、あのいやらしいショートサーブ。

 俺は、そのサーブに対し、今度は強引にチキータを狙うのではなく、体を鋭く台に入れ込み、ラケット面を僅かに上に向けて、ボールの下を薄く擦るようにして、ネット際に短く、そして低くコントロールされたストップで返球した!

 それは、しおりがよく使う、相手の強打を封じ、リズムを崩すための、あのストップに近い、俺なりの「変化」。

「なっ…!?」

 朝倉の、常に冷静沈着だった表情が、初めて明らかに驚きに歪んだ。彼の予測モデルの中に、俺がこの場面で、こんな繊細なストップを繰り出してくるという選択肢は、存在しなかったのだろう。

 彼は、慌てて前に踏み込もうとするが、その足はもつれ、彼の伸ばしたラケットは、ボールに僅かに触れただけ。ボールは、力なくネットにかかった。

 部長 3 - 5 朝倉

「っしゃあ!」

 俺は、力強く拳を握りしめる。してやったりだ。

(どうだ、朝倉!パワーだけが俺の卓球じゃねえんだぜ!)

 ベンチのあかねが、嬉しそうに飛び跳ねているのが見えた。そして、観客席のしおりも、きっと、今の俺のプレイを、冷静に、しかし確実に、分析しているはずだ。

 ここから、地獄のような点の取り合いになっていく。

 彼は、先ほどの俺のストップを警戒してか、今度は少し長めの、しかしやはり回転量の多い下回転、俺のバックサイドへと送り込んできた。

 俺は、そのレシーブに対し、無理に強打はしない。回転量の多いループドライブで、朝倉のフォアサイド深くに、高く、そしてゆっくりとした軌道で返球した。相手に時間を与えてしまうが、同時に、相手の体勢を崩し、次の俺の攻撃への布石とするための一打。

 朝倉選手は、そのループドライブに対し、美しいフォームから、力強いフォアハンドドライブでカウンターを合わせてきた!ボールは、俺のバックサイドへと唸りを上げて飛んでくる!

「うおおおおっ!」

 俺は、そのボールに食らいつく!台から少し距離を取り、持ち前のフットワークと、そして「諦めない心」で、その強烈なドライブを、何度も何度も拾い上げ、深いコースへと粘り強く返球し続ける。

 まさに、泥臭いまでのラリー戦。俺の「パワー」と、朝倉選手の「スマートな王道」が、真っ向からぶつかり合う。

 長い、長いラリーの応酬。体育館の観客たちも、その迫力あるラリーに息をのみ、ポイントが決まるたびに大きなどよめきと拍手が起こる。

 そして、十数本続いただろうか。ついに、朝倉選手のフォアハンドドライブが、俺の粘り強いブロックの前に、ほんのわずかにコントロールを失い、ネットを越えずに力なく落ちた。

 部長 4 - 5 朝倉

「よっしゃあああああ!!」

 俺は、雄叫びを上げ、ガッツポーズを繰り返す。

(まだだ!まだ、このゲーム、諦めるわけにはいかねえんだよ!)

 ベンチのあかねの笑顔と、観客席のしおりの静かな眼差しが、俺に力をくれる。

 この決勝戦、絶対に勝つ!

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