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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子決勝
143/674

誘い出し

「任せましたよ、部長先輩!」


「おう!」


 部長先輩は、力強くそう応えると、ラケットを握り直し、深呼吸を一つして、ゆっくりと卓球台へと向かっていった。


 その背中には、もう迷いはない。


 勝利への確固たる意志と、そして私たち仲間への信頼が、炎のように燃え上がっているように見えた。


 相手の朝倉選手も、静かな闘志を湛え、コートの中央へと進み出る。


 両者がネットを挟んで向き合い、深々と礼を交わす。


「「よろしくおねがいします!」」


 第五中学校 部長猛 vs 常勝学園 朝倉陽介


 県大会男子シングルス決勝戦。


 それが今、まさに火蓋が切って落とされようとしていた。


 セットカウント 部長 0 - 0 朝倉


 第一ゲーム。サーブ部長。


 スコア 部長 0 - 0 朝倉


 試合開始のコール。サーブ権は部長から。


 観客席のしおりと未来ちゃんも、固唾をのんでこの瞬間を見守っているはずだ。


 部長は、大きく息を吸い込み、そして、持ち前のパワーを最大限に活かした、強烈なトップスピンサーブを、朝倉選手のバックサイド深くへと叩き込んだ!


 初手から、主導権を握ろうという明確な意志表示。自分の得意な展開に、相手を引きずり込もうとする。そして、狙うは三球目攻撃。


 しかし、朝倉選手は、そのパワーサーブに対し、驚くほど冷静だった。


 彼は、台から一歩も下がることなく、コンパクトなスイングのバックハンドドライブで、そのサーブを鋭く、そして深く、部長のフォアサイドへと返球してきた!


 それは、レシーブとは思えないほどの攻撃的な一打。


 もし、部長のサーブの回転やコースが少しでも甘ければ、彼は二球目からチキータで仕掛けてきたかもしれない。


 だが、今のサーブは質が高かった。


 だからこそ、この三球目勝負。


 部長は、その厳しいレシーブに対し、体を素早く反応させ、フォアハンドで強打の体勢に入る。彼の得意な三球目攻撃だ!


 力強い踏み込みから、渾身のフォアハンドドライブを、朝倉選手のミドルへと叩き込む!


 だが朝倉選手は、その部長の三球目攻撃を、まるで予測していたかのように、僅かにバックステップを踏みながら体勢を整え、そして、部長のドライブの威力を利用し、さらに強烈な回転をかけたフォアハンドカウンタードライブを、部長のバックサイド、オープンスペースへと、矢のような速さで叩き返してきた!完璧な四球目攻撃!


「なっ…!?」


 部長の体が、そのカウンターに、完全に逆を突かれる。彼の伸ばしたラケットは、虚しく空を切った。


 部長 0 - 1 朝倉


 ベンチの私も、思わず息をのむ。


 この決勝戦、これまでのどの試合よりも、熾烈な戦いになることは間違いなさそうだ。


 コート上の部長は、最初のポイントを奪われたものの、その瞳の奥の闘志は少しも揺らいでいなかった。


 むしろ、朝倉選手のあの完璧なカウンタードライブを受けて、彼の心に火がついたかのようだ。


(…くそっ、いきなりエグいの見せてくれるじゃねえか、朝倉!だが、おもしれえ!)


 部長は、不敵な笑みを浮かべると、ゆっくりとサーブの構えに入った。


 観客席の誰もが、そしておそらくは朝倉選手自身も、部長が再び得意のパワーサーブで押し込んでくると予測していたはずだ。


 先ほどの一撃で、彼のプライドに火がついているのは明らかだったから。


 しかし、部長が放ったサーブは、その予測を完全に裏切るものだった。


 彼は、パワーサーブと同じような力強いモーションから、しかしインパクトの瞬間、ラケットの角度とスイングの方向を僅かに変え、ボールの回転をほとんどかけずに、ネット際に低く、そして短く、まるで「置く」かのような、極めて緩いナックルサーブを、朝倉選手のフォアサイドへと送り込んだのだ!


 それは、しおりちゃんが時折見せる、相手のタイミングを完全に狂わせる、あのストップに近い球質のサーブ。


「なっ…!?」


 朝倉選手の体が、そのあまりにも意外なサーブに、一瞬硬直する。


 彼は、強烈なトップスピンサーブを予測し、台から少し距離を取ろうとしていた。その逆を突く、緩く、そして短いサーブ。


 しかし、さすがは常勝学園のエース。


 彼は、驚異的な反射神経で前に踏み込み、その低いナックルサーブに対し、体を鋭く入れ込み、コンパクトなスイングから、バックハンドでのチキータを狙ってきた!


 サーブが甘ければ、二球目から積極的に攻撃してくる、という彼のプレースタイル通り、そして、この緩いサーブは彼にとって絶好の攻撃チャンスと映ったのだろう。


(…来た!これがしおりが言ってた、「相手の得意な戦術を、あえて誘い出す」ってやつか…!)


 部長の脳裏に、しおりとの練習風景や、彼女の「異端」な戦術がフラッシュバックする。


 朝倉選手の放ったチキータは、鋭い横上回転を帯び、部長のバックサイド深くに、低い弾道で突き刺さるように飛んでくる!


 しかし、部長は、そのチキータを、まるで予測していたかのように、冷静に待ち構えていた。


 彼は、ラケットをそのままに、コンパクトなスイングで、そのチキータの回転とスピードを利用し、さらに鋭い角度でクロスに、強烈なバックハンドカウンタードライブを叩き込んだ!


 それは、彼の得意とするフォアハンドのパワーとは異なる、しかし極めて高い技術と、そして何よりも相手の思考の裏をかく、計算され尽くした一打。


 ボールは、朝倉選手の反応も虚しく、コートの隅に深々と突き刺さった。


 彼の手から、ラケットが滑り落ちそうになるほどの、完璧なカウンターだった。


 部長 1 - 1 朝倉


「っしゃあ!」


 部長が、力強く拳を握りしめる。その顔には、してやったり、という会心の笑みが浮かんでいた。


 観客席から、大きなどよめきと拍手が起こる。あの常勝学園のエース、朝倉選手から、こんなにも早くポイントを取り返したのだから。


「すごい、部長先輩!今の、まるでしおりちゃんみたいな…!」


 この決勝戦、まだ始まったばかり。


 そして、私たちの戦いは、序盤から互角の殴り合いで始まった。

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