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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
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男子決勝

 未来さんとの、あの少し不思議な、でもなんだか心が通じたような会話の後、どれくらいの時間が経っただろう。体育館の熱気は、これから始まる男女シングルスの決勝戦に向けて、最高潮に達しようとしていた。しおりは、未来ちゃんと一緒に、少し離れた観客席で静かに試合開始を待っている。二人とも、何を話しているんだろう。ちょっとだけ気になるけど、今は集中だ。

 だって、これから始まるのは、部長先輩の、この県大会で一番大きな試合なんだから!

「――男子シングルス決勝戦、第五中学校、部長猛選手、対、常勝学園、朝倉陽介選手!」

 アナウンスと共に、割れんばかりの拍手と歓声が体育館に響き渡る。私は、緊張で高鳴る心臓を必死に抑えながら、部長先輩の隣に並んで、審判に一礼し、コートへと足を踏み入れた。今日の私のアドバイザーとしての役割は、何よりも部長先輩をリラックスさせ、そして最高の状態で戦ってもらうことだ。

 隣を歩く部長先輩の横顔は、いつものような自信に満ち溢れた笑顔…というよりは、極限まで集中力を高めた、まるで獲物を狙う猛獣のような、鋭い眼光を宿していた。常勝学園の朝倉選手は、間違いなく、これまでで一番の強敵。未来さんから聞いた情報でも、スマートで、隙がなくて、本当に強いって言ってた。

(うぅ…私が緊張してどうするの!しっかりしなきゃ!)

 私は、ぶんぶんと頭を振って、ネガティブな思考を追い出す。そして、ベンチに座り、ラケットの感触を確かめている部長先輩に、努めて明るい声で話しかけた。

「部長先輩!」

「ん?なんだ、あかね。」

 部長先輩は、ラケットから顔を上げ、少しだけいぶかしげな表情で私を見た。

「あのですね…」私は、ほんの少しだけ、しおりのあの平坦な、でもどこか人を食ったような口調を真似して、そして、ちょっとだけ可愛らしく(のつもりで)首を傾けて言ってみた。「部長先輩って、もしかして、決勝戦でも、私たちをハラハラドキドキさせないと気が済まないタイプ、だったりします?第一ゲームとか第二ゲームとか、いつもギリギリまで粘って、最後は劇的に勝つ、みたいな。観客は盛り上がりますけど、ベンチで見てる私の心臓には、あんまり良くないんですよねー、あれ。」

 そして、最後に、えへへ、と少しだけ舌を出してみる。

 私のその、しおりの真似をした(つもりの)皮肉っぽい、でもどこか子供っぽい言葉に、部長先輩は一瞬、ぽかんとした顔をした。そして、次の瞬間、ぶはっ、と大きな声で吹き出した。

「お、おい、あかね!お前、いつの間にしおりみたいなこと言うようになったんだよ!しかも、全然似てねえし!なんか、変な生き物みたいになってんぞ!」

 彼は、涙を浮かべながら、お腹を抱えて笑っている。

「なっ…!ひ、ひどいです、部長先輩!私は、部長先輩の緊張を少しでも取ろうと思って…!」

 私の顔が、カッと赤くなる。でも、部長先輩の顔から、さっきまでの張り詰めたような緊張が、少しだけ解けているのが分かって、ちょっとだけ嬉しかった。

「はー、笑った笑った。」部長先輩は、ようやく笑い終えると、私の頭をわしわしと撫でた。「サンキューな、あかね。お前のおかげで、ちょっと肩の力抜けたぜ。」

 そして、彼はニヤリと、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

「まあ、なんだ。しおりみてえに『勝って当たり前です』とは言わねえが…お前やしおり、そして応援してくれてるみんなのためにも、この決勝、さっさと、そして圧倒的に勝って、優勝かっさらってきてやるよ!」

「はいっ!」私は、満面の笑みで力強く頷いた。「任せましたよ、部長先輩!」

「おう!」

 部長先輩は、力強くそう応えると、ラケットを握り直し、深呼吸を一つして、ゆっくりと卓球台へと向かっていった。その背中には、もう迷いはない。勝利への確固たる意志と、そして私たち仲間への信頼が、炎のように燃え上がっているように見えた。

 私は、ベンチで、彼のその背中を見守りながら、心の中で強く願った。

(部長先輩、頑張って…!そして、しおり…あなたの分析も、きっと、部長先輩の力になるはずだから!)

 観客席のしおりと未来ちゃんも、きっと同じ気持ちで見守ってくれているはずだ。

 私たちの、最後の戦いが、今、始まろうとしていた。

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