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異端の白球使い  作者: R.D
決勝
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始まる決勝

 未来選手との、あのぎこちない、しかしどこか心に残る会話の後、どれくらいの時間が経ったのだろうか。体育館の熱気は、団体戦のクライマックスと、それに続く個人戦決勝への期待感で、さらに密度を増しているように感じられた。

 私は、あかねさんと共に、男子シングルス決勝が行われるセンターコートがよく見える観客席の一角に座っていた。私の女子シングルス決勝は、この後だ。今は、まず部長の戦いを見届ける。

「しおり、いよいよ部長先輩の決勝だね…!相手、やっぱり常勝学園の朝倉選手だよ!強いけど、今の部長先輩なら、きっと…!」

 あかねさんが、緊張と興奮が入り混じった声で、私の隣で小さく拳を握りしめている。彼女は、私が未来選手と二人きりになった後、顧問の先生との話が終わってすぐに私の元へ戻ってきて、未来選手が去った後の私の様子を心配そうに見ていた。そして、未来選手が私たちに協力してくれたこと、彼女の誠実さに、心から感動していた。

(…部長。彼の決勝の相手は、朝倉陽介選手。未来選手からの情報によれば、スマートな王道、現代卓球。弱点は、泥臭さや予測不能な変化への対応の遅れ。部長のパワーと、そして彼が持つ「粘り」が鍵となるだろう。)

 私の脳は、自動的に対戦相手のデータを分析し、部長の勝利確率をシミュレートし始める。しかし、その分析の中には、以前にはなかった種類の「期待」という変数が、確実に組み込まれていた。

 部長の決勝戦は、あかねさんがベンチに入り、サポートすることになっていた。私は、観客席から、彼の戦いを見守る。それは、彼が私の試合の時にそうしてくれたように。そして、私自身の決勝戦の相手である青木桜選手の動きを、この会場のどこかで見ているかもしれないという意識も、私の集中力を研ぎ澄ませていた。

「――男子シングルス決勝戦、第五中学校、部長猛選手、対、常勝学園、朝倉陽介選手!」

 アナウンスと共に、ひときわ大きな歓声が体育館に響き渡る。部長が、いつものように力強い足取りでコートへと向かう。その背中には、第五中学校の、そして私たちの期待が、重く、しかし力強くのしかかっているように見えた。

 私が、息をのんでその姿を見つめていると、ふと、隣の空いていた席に、誰かが静かに腰を下ろす気配がした。

 反射的に視線を向けると、そこには、月影女学院のジャージを纏った、幽基未来選手の姿があった。彼女は、私に気づくと、ほんの少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに小さく会釈した。

「…幽基さん。」

「…静寂さん。お隣、いいですか?」

 その声は、以前よりも少しだけ、打ち解けた響きを持っているように感じられた。

「…ええ。」

 私は短く応じる。彼女がなぜここにいるのか、という疑問よりも先に、彼女のその行動に対する、ある種の「理解」のようなものが、私の内側に生まれていた。彼女もまた、この決勝戦を、そして卓球というものを、純粋に見届けたいのだろう。そして、もしかしたら、彼女の心の中にも、私や、あかねさん、部長といった「仲間」という存在への、ほんの僅かな憧れが芽生え始めているのかもしれない。

 未来選手は、私と並んで、静かにコートの中央を見つめている。その横顔からは、先日のような深い苦悩の色は消え、代わりに、卓球選手としての、純粋な興味と、そしてどこか清々しいような表情が浮かんでいた。

 彼女のチームは、もうこの大会から姿を消したはずだ。それでも、彼女はここにいる。それは、彼女の中で何かが変わり始めた証なのかもしれない。

 コートでは、部長と朝倉選手が、互いに鋭い視線を交わし、まさに試合が始まろうとしていた。

「異端」である私と、「異質」である彼女が、今、同じ場所で、同じものを見つめている。

 それは、奇妙で、しかしどこか必然的な光景のようにも思えた。

 私たちの「見えない戦い」の行方も、この決勝戦の熱気の中で、新たな局面を迎えようとしているのかもしれない。

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