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異端の白球使い  作者: R.D
茜色
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異端者と茜色 (4)

 放課後。私は卓球部へと向かった。部員たちは、異端者である私を見る目が、以前から少し変わってきている。


 尊敬、畏敬、そして、どこか距離を感じさせる視線。顧問の先生は、都道府県大会に向けて、私に個別の練習メニューを組んでくれている。部活動の練習は、私にとって、自身のスタイルをさらに高め、体躯の不利を補うための貴重な時間だった。


 部活動が始まり、部員たちが集まり、練習の準備を始めた頃。体育館の隅にある卓球スペースの入口付近に、一人の女子生徒が立っているのに気づいた。


 あかねさんだった。彼女は、少し遠慮がちに、しかし興味深げな様子で、卓球スペースの中を見ている。


 あかねさんの姿に気づいた部員たちが、ざわめき始めた。


「あれ、あかねじゃん?」「なんであかねがここに?」


 あかねさんは顔が広いようだ。


 顧問の先生も、あかねさんに気づいた。あかねさんは、顧問の先生に会釈をした後、少し緊張した様子で、卓球スペースの入り口に立った。


 顧問の先生は、あかねさんに声をかけた。


「おや、三島か。どうしたんだい? 見学かな?」


 あかねさんは、顧問の先生に丁寧に挨拶をした。


「はい! あの、卓球部を見学させていただきたくて…」


 顧問の先生は、少し考える素振りをした後、笑顔になった。


「そうか、見学か! いいぞ、いいぞ。静寂の試合を見て、興味を持ったかな?」


 顧問の言葉に、部員たちが私を見た。あかねさんの見学が、私の市町村大会優勝と関係があることを理解したようだった。


 あかねさんは、少し照れたように頷いた。


「はい…静寂さんの試合をテレビで見て…すごくって…」


 彼女は、私の顔を見た。


「…見学、お願いしてもいいって言ってくれたから…」


 顧問の先生は、あかねさんを卓球スペースの中に招き入れた。


「どうぞどうぞ。好きなところで見ていてくれて構わないよ。危ないから、台の近くには近づきすぎないようにね。」


 そして、顧問の先生は私を見た。


「静寂、三島が見学に来てくれたぞ。」


 私は、練習を始める準備をしながら、あかねさんの顔を見た。彼女は、私の視線に気づくと、ニコッと微笑んだ。その笑顔には、昼休みに私に話しかけてきた時と同じ、悪意のない純粋な友好的な感情が込められている。


「…ありがとうございます。」


 私は、短い言葉で答えた。私の「聖域」に、あかねさんという存在が足を踏み入れた。それは、私の心に、新たな波紋を投げかけた。


 あかねさんは、顧問に案内され、卓球台から少し離れた場所で、練習を見守ることにしたようだった。私は、部員たちと一緒に、ウォーミングアップを開始する。素振り、フットワーク練習。


 体を温めながら、私はあかねさんのことを意識した。彼女は、私の、そして部員たちの練習を、真剣な表情で見ている。


 練習が本格的に始まった。部員たちは、多球練習や、打ち合い練習に取り組んでいる。顧問の先生は、それぞれの部員に指導している。そして、私は…私は、いつものように、自分の練習に集中した。


 私の練習は、他の部員とは少し違う。持ち替えからの予測不能な球質を生み出すための反復練習、体躯の不利を補うためのフットワーク強化。顧問の先生も、私のスタイルに合わせた個別のメニューを組んでくれるようになった。


 あかねさんの視線を感じながら、私は練習に没頭した。裏ソフトでの回転量の多いドライブ。キュルキュル、という高い打球音。スーパーアンチでの、回転が消えたナックルブロック。カツン、という鈍い打球音。そして、瞬時の持ち替え。


 あかねさんは、私のプレイを、食い入るように見つめているのが分かった。テレビで見た時よりも、間近で見る私の卓球は、彼女にどのような衝撃を与えているのだろうか。


 打球のスピード、音、体捌き。私の「異端」の卓球が、目の前にいるあかねさんに、どのような印象を与えているのか。


 部員たちも、あかねさんが私の練習を見ていることに気づいているようだった。休憩時間になると、部員たちが私やあかねさんのことを小声で話しているのが聞こえる。


 練習が進むにつれて、私の体から汗が吹き出してくる。息が上がる。しかし、心は静かだ。卓球に没頭している時だけが、過去の影や、一人暮らしの孤独を忘れることができる時間だ。そして、今日は、あかねさんの視線も、私の聖域に加わっている。


 …彼女は、私の卓球を、どのように見ているのだろうか…


 私の異質なスタイル。それは、誰にも理解されない孤独な探求だ。


 しかし、あかねさんは、それを否定せずに、興味を持って見てくれている。それは、私にとって、不慣れで、そして少しだけ、心地よい感覚だった。


 部活動の時間が終わり、片付けが始まる。あかねさんは、顧問の先生に丁寧にお礼を言い、私の元へ近づいてきた。


「静寂さん、今日、見学させてもらってありがとう! やっぱり、テレビで見た時よりも、間近で見る方がすごいね! 音とか、スピードとか、全然違うんだ!」


 あかねさんの言葉には、興奮と、私の卓球に対する純粋な感心が込められている。


「…どういたしまして。」


 私は、短い言葉で答えた。


「あのね、静寂さん。私、卓球のこと、もっと知りたいと思ったんだ。静寂さんの卓球、もっと見てみたい。もしよかったら…また見学に来てもいいかな?」


 あかねさんの言葉に、私は少し戸惑った。また、見学に来たいというのか。私の「聖域」に、再び、彼女が足を踏み入れることになる。しかし、彼女の目は、純粋な期待で輝いている。悪意は一切感じられない。


 …彼女は、私の異質さを、否定しない。むしろ、興味を持って、理解しようとしてくれている…


 それは、私の孤独な世界に、これまでなかった種類の温かさだった。悪夢とは異なる種類の、新しい、そして少しだけ戸惑いを伴う、予感。


「…はい」


 私は、小さな声で答えた。それは、許可であり、そして、新たな関係性の始まりを予感させる言葉だった。


 あかねさんは、私の返事に、パッと顔を輝かせた。


「やった! ありがとう! じゃあ、また来るね! バイバイ、静寂さん!」


 あかねさんは、元気に手を振って、体育館を出ていった。


 私の心には、あかねさんの笑顔と、彼女の「また来るね」という言葉が残った。私の「聖域」に足を踏み入れたあかねさん。


 彼女の存在は、私の孤独な卓球人生に、どのような変化をもたらしていくのだろうか。そして、それは、私の物語に、どのような影響を与えていくのだろうか。

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