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異端の白球使い  作者: R.D
県大会準決勝
139/674

茜色に降る異端と異質と熱血漢(4)

「彼女は、相手の心を折るのが、本当に上手いんです。」

 その言葉に、隣に座っていた部長が、ぴくりと反応した。彼は、未来選手から私へと視線を移し、そして、どこか探るような、しかし真剣な眼差しで尋ねた。

「…相手の心を折る、ね。なあ、しおり。お前も、高橋との試合や、さっきの未来との試合でも、相手の心を折ってたよな。お前のあの『異端』なやり方と、その青木桜ってやつの『心の折り方』ってのは、何が違うんだ?」

 部長のその唐突な問いかけに、私は一瞬、思考を停止させた。

 私の、心の折り方。そして、青木桜の、心の折り方。

 それは、私がこれまで明確に言語化してこなかった、しかし、私の卓球の根幹に関わる問いだったのかもしれない。

 あかねさんが、心配そうに私と部長を交互に見ている。未来選手もまた、興味深そうに私の言葉を待っている。

 私は、ゆっくりと息を吸い込み、そして、いつも通りの平坦な声で、しかし慎重に言葉を選びながら答えた。

「…私が対戦相手の『心を折る』と評される場合、それは、私の分析に基づく、最も効率的な勝利へのプロセスの一環です。」

 私は、自分のラケットケースに無意識に視線を落とす。

「相手の思考パターン、得意な戦術、精神的な脆弱性…それら全てのデータを収集し、分析し、そして、相手の予測を常に上回り、その思考の前提を破壊する。相手が『何をしても無駄だ』と認識し、戦意を喪失するポイント。そこへ、最短距離で到達するための、合理的な手段の選択。それが、私の『心の折り方』です。そこには、個人的な感情や、相手への悪意は介在しません。ただ、勝利という結果を導き出すための、冷徹な計算があるだけです。」

 私の言葉に、部長は黙って頷いている。

「しかし」と私は続けた。「未来選手の言葉から推測するに、青木桜選手の『心の折り方』は、私のそれとは本質的に異なる可能性があります。」

 私は、未来選手へと視線を移す。

「未来選手。あなたが感じた、彼女の『心の折り方』とは、具体的にどのようなものでしたか?彼女は、どのような手段で、相手を精神的に追い詰めるのですか?」

 私の問いかけに、未来選手は、少しだけ顔を俯かせ、当時の記憶を辿るように、ゆっくりと話し始めた。

「桜さんの卓球は…本当に、綺麗なんです。無駄な動きが一つもなくて、全てのボールが、まるで計算され尽くしたかのように、的確に、そして厳しく返ってくる。私がどんなに変化をつけようとしても、彼女は全く動じない。そして…」

 未来選手の言葉に、苦渋の色が滲む。

「彼女は、相手が一番自信を持っている技術や、一番頼りにしている戦術を、試合の中で、じわじわと、しかし確実に、封じ込めてくるんです。まるで、『あなたの得意なものは、私には全く通用しませんよ』と、無言で宣告されているかのように。そして、相手が精神的に追い詰められ、自分の卓球を見失い始めた瞬間に、彼女は、最も効果的な、そして最も相手のプライドを傷つけるような形で、ポイントを奪っていく。それは、力でねじ伏せるのとは違う…もっと、冷たくて、相手の存在そのものを否定するような…そんな『心の折り方』です。」

 未来選手のその言葉は、体育館の喧騒の中でも、私たちの心に重く響いた。

 青木桜。彼女の「正統派」の仮面の下に隠された、冷徹なまでの精神支配。

 それは、私の「異端」な戦術とは異なる、しかし同様に、あるいはそれ以上に「冒涜的」とも言える、恐ろしい強さなのかもしれない。

(…青木桜。彼女の『心の折り方』は、相手のアイデンティティそのものを破壊する。私のそれは、相手の戦術と思考ルーチンを破壊する。どちらが、より根源的な『破壊』なのか。そして、その二つがぶつかり合った時、一体何が起こる…?)

 私の脳は、新たな、そして最も危険な分析対象に対し、フル回転で思考を始めていた。

 決勝戦は、単なる技術や戦術の戦いではない。それは、互いの「心」を、そして「存在」そのものを懸けた、壮絶なまでの心理戦になるのかもしれない。

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