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異端の白球使い  作者: R.D
県大会男子準決勝
138/674

茜色に降る異端と異質と熱血漢(3)

 私の「異端の白球」は、その底知れない強敵に対し、そしてその背後に蠢く悪意に対し、どのような答えを導き出すのだろうか。

 決勝戦までの短い時間、私たちは、この断片的な情報を元に、最大の難関へと挑むための作戦を練り始めなければならなかった。

 そして、その作戦会議に、あの幽基未来選手自身が、思いがけない形で加わることになるのを、私たちはまだ知らなかった――いや、今まさに、彼女はその申し出をしてくれているのだ。

「――私、桜さんとは何度か練習試合をさせてもらったことがありますし、朝倉選手の試合も、地区の大会で何度か見ています。そして…彼らの卓球について、私なりに分析したデータもあります。」

 未来選手のその言葉は、私たちにとって、まさに暗闇の中に差し込んだ一筋の光だった。彼女の表情には、先ほどの謝罪の時の痛々しさは薄れ、代わりに、何かを決意したような、そしてほんの少しだけ、私たちに協力することで自分の「罪滅ぼし」をしたいという、切実な思いが滲んでいるように見えた。

「未来選手…本当に、いいのか?」

 部長が、驚きと、そして感謝の入り混じった表情で尋ねる。

 未来選手は、静かに、しかし力強く頷いた。

「はい。私のコーチがしたことは、決して許されることではありません。そして、私がその情報を知らずに戦ったとはいえ、静寂さんには、本当に申し訳ないことをしたと思っています。だから、これは…私なりの、償いというか、けじめのようなものです。そして何より、私は、静寂さんと、そして皆さんの卓球を、もっと見てみたいと思いましたから。」

 その言葉には、彼女の卓球への純粋な愛と、そして私たちに対する、ほんの少しの信頼が込められているようだった。

「ありがとう、未来選手。その情報、本当に助かるよ!」

 あかねさんが、目に涙を浮かべながら、しかし嬉しそうに微笑んだ。

 私は、未来選手に向き直り、静かに言った。

「…幽基選手。あなたのその申し出、感謝します。あなたのデータは、私たちの決勝戦において、極めて重要な変数となるでしょう。」

 私の声には、感情はない。しかし、その奥には、彼女の勇気と誠実さに対する、確かな敬意があった。

 こうして、私たちの、決勝戦に向けた異例の「合同作戦会議」が始まった。場所は、団体戦の喧騒から少し離れた、観客席の隅。

「まず、部長先輩の相手、常勝学園の朝倉陽介選手だけど…」あかねさんが、ノートを開きながら切り出す。

 未来選手は、少し考え込むように視線を宙に彷徨わせた後、落ち着いた口調で話し始めた。

「朝倉選手は…非常にスマートな卓球をします。無駄な動きが一切なく、全ての技術が高いレベルで安定している。まさに『王道』という言葉がふさわしい選手ですね。」

 彼女の分析は、的確で、そして淀みない。

「特に、最近の彼の卓球は、いわゆる『現代卓球』の要素を積極的に取り入れているように感じます。サーブからの3球目、5球目攻撃の精度が非常に高く、レシーブでもチキータやフリックを多用し、常に先手を取ろうとしてくる。そして、一度ラリーになれば、両ハンドからの回転量の多いドライブで、相手を台から下げさせ、左右に揺さぶるのが得意です。」

「…なるほどな。パワーだけじゃなく、速さと回転、そして戦術眼も兼ね備えてるってわけか。厄介な相手だぜ。」部長が、腕を組みながら唸る。

「はい。」未来選手は頷く。「ただし」と彼女は続けた。「彼の卓球は、非常に完成度が高い反面、時折、その『スマートさ』が仇となる場面も見受けられます。あまりにも理詰めで、美しい卓球をしようとしすぎるあまり、泥臭いラリー戦や、予測不能な変化球に対して、ほんの少しだけ対応が遅れることがあるんです。私のカットに対しても、最初は戸惑いを見せていました。」

(…朝倉陽介。スマートな王道。現代卓球。弱点は、泥臭さや予測不能な変化への対応の遅れか。赤木部長の『パワー』と『粘り』、そして私の『異端』な分析が、そこを突く鍵となるかもしれない。)

 私は、未来選手の情報を元に、朝倉選手のプロファイルデータを脳内で構築していく。

「そして、静寂さんの相手、青木桜選手ですが…」

 未来選手の表情が、ほんの少しだけ曇った。

「彼女は…本当に強いです。私が知る限り、中学生女子では、間違いなくトップクラスの実力者。基本技術は完璧。特にフォアハンドのドライブは、男子選手並みの威力があります。そして何より…」

 未来選手は、そこで一度言葉を切り、私を真っ直ぐに見つめた。

「彼女は、相手の心を折るのが、本当に上手いんです。」

 その言葉は、あかねさんが以前伝えてくれた情報と一致していた。そして、その言葉の重みが、未来選手自身の経験からくるものであることを、私は感じ取っていた。

 青木桜。彼女は、一体どのような「異質さ」を隠し持っているのだろうか。

 私たちの作戦会議は、まだ始まったばかりだった。


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