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異端の白球使い  作者: R.D
県大会編 準決勝
135/674

茜色に降る異端と異質と熱血漢

 未来選手の、震える声での告白と、深々と下げられた頭。

 その言葉の一つ一つが、私の脳内で反芻され、分析され、そして再構築されていく。

 私の作戦メモ。それが、第五中学校の生徒――青木れいか――の手によって盗まれ、そして、月影女学院のコーチへと渡っていた。そして、幽基未来選手は、その事実を知らぬまま、その情報に基づいて練られた戦術で、私と戦っていた。

(…やはり、そうだったのか。)

 私の予測は、最悪の形で的中していた。しかし、その事実に、もはや驚きはない。むしろ、パズルの最後のピースがはまったかのような、冷たい納得感だけが、私の思考を支配していた。

 顧問の先生が、未来選手に優しく声をかけ、彼女の勇気を称えている。その言葉には、偽りのない温かさがあった。部長もまた、腕を組みながら、しかしその表情は、未来選手への軽蔑ではなく、むしろ彼女の誠実さに対する、ある種の理解と敬意を示しているように見えた。そして、あかねさん。彼女は、目に涙を浮かべ、未来選手にそっとハンカチを差し出している。その行動は、計算も分析もない、純粋な共感と優しさからくるものだろう。

「…幽基選手。顔を上げてください。」

 私の声に、未来選手がおそるおそる顔を上げる。その瞳は赤く腫れ、涙の跡が痛々しい。

「あなたが、そのことを知らなかったというのは、あなたの言葉と、そして今日のあなたの戦いぶりから、私には理解できます。そして、あなたが、今、こうして私たちに真実を伝えに来てくれたこと。その勇気と誠実さに、私は敬意を表します。あなたのスポーツマンシップは、あなたのコーチのそれよりも、遥かに高いレベルにあると思います。」

 その言葉は、未来選手の心に、温かい光のように差し込んできたようだった。

「…ありがとう…ございます…。」彼女は、かろうじてそう答えるのが精一杯だった。

「しかし」と、私は言葉を切った。私の視線は、未来選手の背後、体育館の雑踏の奥にいるかもしれない「見えない敵」へと向けられる。「問題は、あなたのコーチが、どこから、そして誰から、私の情報を得たのか、ということです。そして、その背後に、どのような意図があるのか。」

 私の声には、感情はない。ただ、冷徹なまでの分析と、そしてその元凶に対する、静かな、しかし底知れない怒りのようなものが込められていた。

「…第五中学校の、青木れいか…という生徒が、あなたのコーチに接触してきた、と。」

 私は、事実を再確認するように呟く。その名前に、私の心の奥底で、何か黒く、そして冷たいものが蠢くのを感じた。

「…青木れいか、か。」最初に沈黙を破ったのは、部長だった。その声には、風花さんの件を彷彿とさせる、静かだが底知れない怒りが込められている。「あいつが…やはり、何か裏でコソコソと…。」

 あかねさんが、心配そうに私の顔を覗き込む。

「しおり…大丈夫…?」

 私は、二人と、そして顧問の先生、さらにはまだ俯き加減の未来選手へと視線を移し、そして、静かに、しかし確かな意志を込めて言った。

「…幽基未来選手。あなたが得た情報は、結果として、私たちの勝利をより困難なものにしました。しかし、あなたのその誠実な行動は、私たちにとって、何よりも価値のある『データ』です。そして、もしかしたら…あなたは、私たちにとって、新たな『仲間』となり得るのかもしれません。」

 私のその意外な言葉に、未来選手が驚いたように顔を上げた。部長も、あかねさんも、そして顧問の先生までもが、少し驚いたような表情で私を見ている。

「…私の決勝の相手は、常勝学園の青木桜選手です。そして、赤木部長の決勝の相手も、常勝学園のキャプテン、朝倉陽介選手です。彼女たちが、この一連の出来事にどこまで関与しているかは不明ですが、警戒レベルを最大限に引き上げる必要があります。」

「…ああ、分かってる。」部長が、重々しく頷く。「しおり、お前の決勝戦、そして俺の決勝戦。これは、もはや単なる試合じゃねえ。俺たちの、第五中学卓球部の誇りを懸けた戦いだ。」

 彼の言葉には、いつもの熱血さとは異なる、静かで、しかしより強固な決意が込められていた。

 私は、幽基未来選手に向き直った。

「幽基選手。あなたは、以前、青木桜選手と対戦した経験があると聞きました。もし、あなたが許されるのであれば…そして、もし、あなたが私たちを『仲間』として認識し、力を貸してくれるというのなら…彼女に関するあなたの『データ』を、私たちに共有していただけませんか?」

 私のその提案は、あまりにも唐突で、そして虫の良いものだったかもしれない。しかし、今の私には、なりふり構っていられない、という切迫感があった。そして、何よりも、目の前の幽基未来という選手の、あの純粋な卓球への想いと、誠実な瞳を、信じてみたかったのだ。

 未来選手は、しばらくの間、驚いたように私を見つめていたが、やがて、その瞳に、ほんのわずかな、しかし確かな決意の光が灯った。

「…静寂さん。そして、第五中学校の皆さん。私は…私は、もう、自分の卓球を汚したくありません。そして、もし、私の知っていることが、皆さんの役に立つのなら…喜んで、お話しします。青木桜さんのこと、そして、私が知っている限りの、常勝学園の卓球について。」

 その言葉は、私たちにとって、何よりも心強い援軍の出現を意味していた。

 私たちの「異端」と「王道」、そして未来選手の「異質」な視点。それらが融合した時、青木桜という「正統派の頂点」に、どのような戦いを挑むことができるのだろうか。

 決勝戦を前に、私たちの新たな作戦会議が、今、始まろうとしていた。


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