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異端の白球使い  作者: R.D
県大会男子準決勝
132/674

異端者と熱血漢と茜色

「部長先輩!しおり!おめでとう!すごかったよ、本当に!私、もうハラハラドキドキしっぱなしだったんだから!」

 彼女の言葉は、心からの喜びと興奮で弾んでいる。

「おう、あかね!サンキューな!お前としおりのおかげで、なんとか勝てたぜ!」部長が、得意げに胸を張る。


「…あかねさん。情報収集の件、何か進展はありましたか?」

 私のその、お祝いムードを断ち切るかのような冷静な問いかけに、あかねさんの表情が、ほんの少しだけ、真剣なものへと変わる。部長も、興味深そうに、そして少し心配そうにあかねさんを見つめている。

「うん、それがね…」あかねさんは、一度ごくりと唾を飲み込み、そして、私たちにしか聞こえないような、少しだけ声を潜めて話し始めた。「まず、しおりが言ってた、月影女学院の応援席にいたうちの部の子、やっぱり佐藤さんだったみたい。私、直接話しかけてみたんだけど…。」

「直接!?」部長が驚きの声を上げる。「大丈夫だったのか、あかね?」

「う、うん、なんとか…。でも、やっぱり様子がおかしかった。私が月影の子と話してたか聞いた時、すごく動揺してたし、しおりのロッカーのこととか、ノートがなくなった話も、知ってて知らないふりしてる感じだった。」

 あかねさんは、当時の佐藤さんの様子を思い出すように、少し眉をひそめる。

「それでね、私が佐藤さんと話してたら、そこに、あの幽基未来選手が来たの。」

「未来選手が…?」私の声が、ほんのわずかに鋭くなる。

「うん。佐藤さん、未来選手が来た途端、すごく慌てて逃げるように行っちゃって…。それで、私、未来選手にも話しかけてみたんだ。」

 あかねさんは、そこで一度言葉を切り、私と部長の顔を交互に見た。

「未来選手、しおりの作戦メモのことは、本当に何も知らないみたいだった。コーチがしおりの試合動画をすごく研究して、それで対策を練ってたって、彼女は信じてるみたい。それにね…」

 あかねさんは、少しだけ言い淀むように、しかし、はっきりとした口調で続ける。

「未来選手、しおりの『隠し球』…あのYGサーブとか、カットのモーションからのドライブとかについては、コーチから具体的な指示はなかったって言ってた。ただ、『すごく色々なサーブを使ってくる』『予測不能な攻撃をしてくるから警戒するように』とは言われてたみたいだけど。」

(…YGサーブや、あのドライブの具体的な情報は、未来選手には渡っていなかった…?だとすれば、あの作戦メモの情報漏洩は、私の「基本的な戦術パターン」や「思考の癖」といった、より広範なデータに限定されていたということか?それとも、未来選手のコーチが、情報を取捨選択して彼女に伝えていた…?)

 私の脳は、新たな情報を元に、再び高速で分析を開始する。

「それでね、未来選手、最後にこんなこと言ってたんだ。『コーチは戦術のことは色々教えてくれるけど、練習はほとんど一人なんだ。私の卓球、ちょっと特殊だから、練習相手もなかなかいなくて。…三島さんみたいに、いつもそばでしおりさんを応援して、一緒に戦ってくれる人がいたら、私も、もっと…もっと、卓球が楽しくなるのかな、なんてね』って…。」

 あかねさんの声には、未来選手への同情と、そしてほんの少しの共感が込められていた。

「…幽基未来。奴もまた、しおりと同じように、『異質』であることの孤独を抱えているのかもしれないな。」

 部長が、しみじみと呟く。その言葉には、強敵に対する、ある種の理解と敬意が感じられた。

(…未来選手は、シロ。しかし、彼女のコーチが、どこから私の情報を得たのか。そして、あの佐藤さんの不審な行動。青木れいか…。やはり、見えないところで、何かが動いているのは間違いない。)

「あかねさん、貴重な情報、ありがとうございます。あなたのその行動力と勇気が、新たな分析データをもたらしてくれました。」

 私は、あかねさんに向けて、静かに、しかし心からの感謝を込めて言った。

「ううん!私にできることなんて、これくらいだから!」あかねさんは、少し照れくさそうに、しかし嬉しそうに笑った。「でも、やっぱり、誰がしおりのメモを…って考えると、すごく心配だよ。」

「ああ。だが、今はまず、俺たちの決勝だ。」部長が、力強く言った。「しおり、お前の決勝戦、相手は誰か分かってるのか?そして、俺の決勝の相手もな。」

 彼の言葉に、私たちは再びトーナメント表へと意識を戻す。

 あかねさんの情報収集によって、いくつかの「ノイズ」の正体は見え始めた。しかし、本当の戦いは、まだこれからだ。そして、その戦いには、仲間との絆と、信頼が不可欠となる。

 「あのっ…!」

 そのとき、不意に声を掛けられた、声の主は、未来選手だった。




_____________________________


 三島あかねさんに「頑張って応援してあげて」と手を振り、私は静かにその場を後にした。彼女の、あの真っ直ぐな瞳と、仲間を信じる純粋な言葉。それが、私の心の中に、今まで感じたことのない種類の、温かくて、そして少しだけ苦いような、複雑な波紋を広げている。

(コーチが…私の知らない方法で…情報を…?そして、静寂さんの、あの「隠し球」とも言えるような技の数々…コーチは、本当に試合動画の分析だけで、あれほどの対策を指示できたのだろうか…?)

 あかねさんの言葉が、私の頭の中で何度も反芻される。

 そんなはずはない。コーチは、いつも私の勝利だけを考えて、最善を尽くしてくれている。私の「異質」な卓球を理解し、それを最大限に活かすための戦術を、寝る間も惜しんで考えてくれている。そう信じている。信じたい。

 でも、もし…もし、あかねさんの言うように、コーチが何らかの「フェアではない方法」で情報を得ていたのだとしたら…?そして、それを私に隠し、ただ「分析の結果だ」と伝えていたのだとしたら…?

 それは、私の卓球に対する、そして私自身のスポーツマンシップに対する、裏切りではないだろうか。

 私は、卓球が好きだ。ラリーが続くのが、楽しい。相手の球質を読み、自分のカットで変化をつけ、そして、時折見せる攻撃で相手の意表を突く。その駆け引きの全てが、私にとってはかけがえのない宝物だ。

 だからこそ、正々堂々と戦いたい。自分の力で、相手と向き合いたい。

(…確かめなければ。)

 私は、意を決した。もう、試合は終わったのだ。私が負けたという事実は変わらない。だからこそ、コーチに、本当のことを聞く権利が、そして義務が、私にはあるはずだ。

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