終わる試合
「うおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
部長は、両手を天に突き上げ、これまでの人生で最大ではないかと思われるほどの、魂の雄叫びを上げた。
まさに、壮絶な死闘。パワーと変化、そして何よりも精神力がぶつかり合った、この試合。それを制したのは、最後まで諦めなかった、第五中学校、部長猛だった。
私は、ベンチで、その光景を静かに見つめていた。彼の「王道」の強さ。そして、私の「異端」な言葉が、ほんの少しでも、彼の力になったのだとしたら…。
私の「静寂な世界」に、また一つ、温かく、そして力強い「熱」が流れ込んでくるのを感じていた。そして、彼と共に、決勝の舞台へ進むという現実が、確かな手応えとして私の中に刻まれた。
部長が、興奮冷めやらぬ様子で、しかしどこか誇らしげな、そして少し照れくさそうな顔でベンチに戻ってきた。その足取りは、二ゲーム連続の激闘の疲労を感じさせながらも、勝利の喜びに満ちている。
「見たか、しおり!お前の言った通り、さっさと決めてやったぜ!どうだ、俺の実力は!そして、お前の分析の的確さは!」
その声は、体育館の喧騒の中でも、やけにはっきりと私の耳に届いた。その表情は、まるで褒めてほしがっている子供のようでもあった。
私は、ノートパッドから顔を上げ、彼のその子供のようにはしゃぐ姿を、いつも通りの平坦な表情で見つめた。しかし、その瞳の奥には、ほんのわずかな、しかし確かな「何か」――それは、安堵か、あるいは彼への信頼か、それとも…――が揺らめいていた。
「…はい、部長。見事な試合でした。特に、第三ゲームにおけるあなたの戦術遂行能力と、相手の『付け焼き刃の下回転』を的確に見抜き、それを打ち砕いた判断力は、私の予測モデルにおいても、極めて高い成功確率を示していました。」
私は、あくまで分析的な言葉を選ぶ。しかし、次の瞬間、ほんの少しだけ、口元に皮肉とも、あるいは拗ねたような、そんな表情を浮かべて付け加えた。
「…まあ、セットカウント2-0とリードし、体力でも圧倒的に有利な状況だったのですから、勝って当たり前と言えば当たり前ですけど。むしろ、あれでまたデュースにでもつれ込んでいたら、私の貴重な分析データに、さらなる不要なノイズが混入するところでした。私の心臓のバイタルにも、これ以上の負荷は推奨されません。」
私のその、予想外の「毒舌」とも取れる言葉に、部長は一瞬、きょとんとした顔をした。そして、次の瞬間、わははは、と腹を抱えて笑い出した。その笑い声は、体育館の隅々まで響き渡るかのように、力強く、そして底抜けに明るい。
「お前なあ!本当に、可愛げがねえっつーか、素直じゃねえっつーか!普通、こういう時は『部長先輩、すごいです!かっこよかったです!信じてました!』とか言うもんだろ!」
彼は、笑いながらも、その顔は少しも怒ってはおらず、むしろ、私のその「らしさ」を、そしてその裏にあるであろう私なりの称賛と安堵を、楽しんでいるようだった。
「…合理的に考えれば、それが最も一般的な、そして期待される反応なのでしょうが、試合前にもいいましたが、私の分析は声援とのトレードオフです。」
私は、表情を変えずにそう答える。しかし、その言葉とは裏腹に、私の胸の奥では、ほんの少しだけ、彼とのこのやり取りが「楽しい」と感じている自分がいることに、薄々気づき始めていた。それは、これまでの私にはなかった、新しい種類の「感情データ」。そして、そのデータは、決して不快なものではなかった。むしろ、どこか心地よい。
「はっはっは!そうかよ!まあ、お前らしいぜ!」部長は、ひとしきり笑った後、汗を拭いながら立ち上がった。「よし!それじゃあ、あかねのところに戻るか!あいつ、俺たちの勝利、そしてお前のその『素直じゃない祝福』を、きっと自分のことみてえに喜んでくれてるぜ!」
彼の言葉には、仲間への信頼と、そして決勝戦への新たな決意が込められていた。
私は、静かに頷き、部長の後に続いて歩き出す。
あかねさんが待つであろう観客席へ。
私の「静寂な世界」は、この二人の「熱」によって、確実に、そして心地よく、変わり始めている。その変化の先に何があるのか、私の分析はまだ答えを出せない。しかし、それが決して悪いものではないということだけは、確信に近い形で感じ始めていた。
そして、私の「異端の白球」もまた、この仲間たちと共に、新たなステージへと進むのだ。