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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 決勝への準備

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131/694

終わる試合

 私の「静寂な世界」にまた一つ温かく、そして力強い「熱」が流れ込んでくるのを感じていた。


 そして、彼と共に、決勝の舞台へ進むという現実が、確かな手応えとして私の中に刻まれた。


 部長が、興奮冷めやらぬ様子で、しかしどこか誇らしげな、そして少し照れくさそうな顔でベンチに戻ってきた。


 その足取りは、連続の激闘の疲労を感じさせながらも、勝利の喜びに満ちている。


「見たか、しおり!お前の言った通り、さっさと決めてやったぜ!どうだ、俺の実力は!そして、お前の分析の的確さは!」


 その声は、体育館の喧騒の中でも、やけにはっきりと私の耳に届いた。


 その表情は、まるで褒めてほしがっている子供のようでもあった。


 私は、ノートから顔を上げ、彼のその子供のようにはしゃぐ姿を、いつも通りの平坦な表情で見つめた。


 しかし、その瞳の奥には、ほんのわずかな、しかし確かな「何か」


 ――それは、安堵か、あるいは彼への信頼か、それとも…――が揺らめいていた。


「…はい、部長。見事な試合でした。特に、第三ゲームにおけるあなたの戦術遂行能力と、相手の『付け焼き刃の下回転』を的確に見抜き、それを打ち砕いた判断力は、私の予測モデルにおいても、極めて高い成功確率を示していました」


 私は、あくまで分析的な言葉を選ぶ。


 しかし、次の瞬間、ほんの少しだけ、口元に皮肉とも、あるいは拗ねたような、そんな表情を浮かべて付け加えた。


「…まあ、セットカウント2-0とリードし、体力でも圧倒的に有利な状況だったのですから、勝って当たり前と言えば当たり前ですけど。むしろ、あれでまたデュースにでもつれ込んでいたら、私の貴重な分析データに、さらなる不要なノイズが混入するところでした。私の心臓のバイタルにも、これ以上の負荷は推奨されません」


 私のその、予想外の「毒舌」とも取れる言葉に、部長は一瞬、きょとんとした顔をした。


 そして次の瞬間腹を抱えて笑い出した。


 その笑い声は、体育館の隅々まで響き渡るかのように、力強く、そして底抜けに明るい。


「お前なあ!本当に、可愛げがねえっつーか、素直じゃねえっつーか!普通、こういう時は『部長先輩、すごいです!かっこよかったです!信じてました!』とか言うもんだろ!」


 彼は、笑いながらも、その顔は少しも怒ってはおらず、むしろ、私のその「らしさ」を、そしてその裏にあるであろう私なりの称賛と安堵を、楽しんでいるようだった。


「…合理的に考えれば、それが最も一般的な、そして期待される反応なのでしょうが、試合前にもいいましたが、私の分析は声援とのトレードオフです」


 私は、表情を変えずにそう答える。


 しかし、その言葉とは裏腹に、私の胸の奥では、ほんの少しだけ、彼とのこのやり取りが「楽しい」と感じている自分がいることに、薄々気づき始めていた。


 それは、これまでの私にはなかった、新しい種類の「感情データ」


 そして、そのデータは、決して不快なものではなかった。むしろ、どこか心地よい。


「はっはっは!そうかよ!まあ、お前らしいぜ!」


 部長は、ひとしきり笑った後、汗を拭いながら立ち上がった。


「よし!それじゃあ、あかねのところに戻るか!あいつ、俺たちの勝利、そしてお前のその『素直じゃない祝福』を、きっと自分のことみてえに喜んでくれてるぜ!」


 彼の言葉には仲間への信頼と、そして決勝戦への新たな決意が込められていた。


 私は、静かに頷き、部長の後に続いて歩き出す。


 あかねさんが待つであろう観客席へ。


 私の「静寂な世界」は、この二人の「熱」によって、確実に、そして心地よく、変わり始めている。


 その変化の先に何があるのか、私の分析はまだ答えを出せない。


 しかし、それが決して悪いものではないということだけは、確信に近い形で感じ始めていた。


 そして、私の「異端の白球」もまた、この仲間たちと共に、新たなステージへと進むのだ。

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