熱血漢vs変化球(12)
セットカウント 部長 2 - 0 尾ヶ崎
部長 7 - 7 尾ヶ崎
タイムアウト終了のブザーが、張り詰めた体育館の空気を再び揺るがす。
部長は、私の肩を力強く叩き、そして、コートへと戻っていった。その背中からは、先ほどまでの重苦しさが嘘のように消え、代わりに、獲物を見つけた獣のような、鋭い闘志が溢れ出ていた。
私の「異端」な分析と、挑発。そして、ほんの少しだけ見せた、「不器用な感情」。それが、この重要な局面で、彼の「王道」の力を、再び覚醒させることができるか。
私は、静かに、しかし確かな期待と、そしてほんの少しの不安を胸に、その戦いを見守り始めた。
サーブ権は部長。スコアは7-7。この第三ゲーム、そして試合全体の流れを左右する、極めて重要なポイント。
彼は、大きく息を吸い込み、そして、力強いトップスピンサーブを、尾ヶ崎選手のバックサイド深くに叩き込んだ!
尾ヶ崎選手は、それを粘り強くブロックで返球。ここから、再び息詰まるラリー戦が始まる。
部長は、しおりのアドバイス通り、相手の下回転系のボールを警戒しつつも、甘いボールに対しては迷いなく強打を仕掛けていく。
数本のラリーの後、尾ヶ崎選手が、ついに動いた。
部長のドライブに対し、彼は、これまでのブロックやカウンターではなく、体を沈み込ませ、ラケット面を上に向けて、明らかに下回転をかけようとするモーションに入った!それは、まさにしおりが予測した通りの、慣れない下回転系のボール。そして、そのボールの回転は、やはりどこか中途半端で、コースも、部長のフォアサイド、絶好の攻撃チャンスとなる位置へと、ふわりと浮き上がった!
「もらったあああぁぁっ!!」
部長は、そのボールを見逃さない!もらった言葉が、彼の脳裏に鮮明に蘇る。
彼は、全ての力を右腕に込め、そして、体育館の床を強く踏みしめ、渾身のフォアハンドスマッシュを、尾ヶ崎選手のいないバックサイド、オープンスペースへと、叩き込んだ!
パァァンッ!!という、これまでのどの打球音よりも力強い音が、体育館に響き渡る!
ボールは、尾ヶ崎選手の反応も虚しく、コートに深々と突き刺さった。
部長 8 - 7 尾ヶ崎
ついに、この長い均衡が破れた!
部長は、力強く拳を握りしめ、そして、ベンチの私に向かって、ニヤリと、そして感謝を込めたような笑みを浮かべてみせた。
私の「異端」な分析が、彼の「王道」のパワーを、再び覚醒させた瞬間だった。
続く部長のサーブ2本目。
彼は、完全に勢いを取り戻した。放たれるサーブは、再び彼の得意とするパワーサーブ。しかし、そのコースは、以前よりも厳しく、そして回転もいやらしい。
尾ヶ崎選手は、先ほどの「付け焼き刃の下回転」を見破られ、強打されたことの動揺からか、あるいは部長の気迫に押されたのか、レシーブが甘くなる。
そこを、部長は見逃さない。フォアハンドで、バックハンドで、コートの四隅を狙い、力強いドライブを叩き込んでいく。
部長 9 - 7 尾ヶ崎
(…部長、完全に流れを掴んだ。私の分析と、彼の実行力。そして、何よりも、彼自身の諦めない心。それが、この土壇場で、相手の『賭け』を打ち破った。)
私の胸の奥で、静かな、しかし確かな高揚感が生まれる。
サーブ権は尾ヶ崎選手へ。
しかし、彼の表情には、明らかに焦りの色が見える。彼が信じていた「変化」と「戦術」が、部長の純粋なまでの「パワー」と、そしてその背後にいる私の「異端」な分析によって、少しずつ、しかし確実に、打ち破られようとしていた。
尾ヶ崎選手は、それでも、最後の力を振り絞るかのように、変化の大きなサーブを繰り出す。
だが、今の部長には、もはや迷いはない。彼は、しおりの言葉を信じ、自分の「パワー」と「体力」を信じ、強気なレシーブで応戦する!
尾ヶ崎選手のサーブを、部長が強烈なフォアハンドドライブでレシーブエース!
部長 10 - 7 尾ヶ崎
ついにマッチポイント!
体育館のボルテージは最高潮に達し、観客席のどこかであかねさんが勝利を確信したかのような、歓喜の声を上げているのが聞こえる気がした。
私は、ベンチで、拳を握りしめながら、この最後の瞬間を見守る。
尾ヶ崎選手のサーブ2本目。
彼は、もはや万策尽きたかのように、力なくサーブを放った。
そのボールに対し、部長は、全ての思いを込めるかのように、大きく振りかぶり――
体育館の空気を震わせるかのような、渾身のフォアハンドドライブを、尾ヶ崎選手のコートに叩き込んだ!
ボールは、尾ヶ崎選手のラケットを弾き飛ばさんばかりの勢いで、コートの奥深くへと突き刺さった!
そして、審判の「ゲームアンドマッチ、部長!スコア、11対7!」という声が、割れんばかりの歓声と拍手によって、すぐにかき消された。
部長 11 - 7 尾ヶ崎
セットカウント 部長 3 - 0 尾ヶ崎。勝者、部長猛
「うおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」
部長は、両手を天に突き上げ、これまでの人生で最大ではないかと思われるほどの、魂の雄叫びを上げた。その顔には、汗と、そしてほんの少しの涙が光っているように見えた。
まさに、壮絶な死闘。パワーと変化、そして何よりも精神力がぶつかり合った、この試合。それを制したのは、最後まで諦めなかった、第五中学校、部長猛だった。
私は、ベンチで、その光景を静かに見つめていた。彼の「王道」の強さ。そして、私の「異端」な言葉が、ほんの少しでも、彼の力になったのだとしたら…。
私の「静寂な世界」に、また一つ、温かく、そして力強い「熱」が流れ込んでくるのを感じていた。そして、彼と共に、決勝の舞台へ進むという現実が、確かな手応えとして私の中に刻まれた。