異端者と茜色 (3)
市町村大会の決勝戦がテレビで放送された日の翌日、学校であかねさんの顔を見た時、なんだか普段と違うように感じた。
気のせいかもしれないと思ったが、あかねさんは、休み時間になると、以前よりも積極的に私の席の近くに来るようになった。ただ隣に座るだけでなく、私に話しかける言葉に、明らかに変化があった。
「静寂さん、今日の数学の授業、難しかったねー」
「この前の卓球の試合、テレビで見たよ!」
卓球の話。前回、私が「特にありません」と答えた本の話題の後、あかねさんが触れた話題だった。しかし、今回は、その言葉に、以前よりも強い熱意と、明確な興味が込められているのを感じた。
…テレビ放送を、見たのか…?
私は、あかねさんの言葉に、僅かに戸惑った。私の「異端」の卓球が、テレビという媒体を通して、あかねさんの目に触れた。彼女は、それを見て、何を思ったのだろうか。
あかねさんは、私の反応を気にすることなく、興奮した様子で話し始めた。
「静寂さん、本当にすごかったよ! あのラバーを持ち替えるのとか、あんな球見たことなかった!」
彼女の言葉から、テレビで見た私の卓球に、強い衝撃を受けたことが伝わってくる。
その驚きは、卓球部員たちが私のスタイルを初めて見た時の驚きと似ている。しかし、あかねさんの言葉には、戸惑いや警戒心は少なく、純粋な好奇心と感心だけが込められている。
「あの、ラバーを持ち替えるのって、どうやるの? 練習すればできるの?」
あかねさんは、前のめりになって私に質問してくる。
その目は、純粋な興味で輝いていた。卓球という競技自体に、そして私の異質なスタイルに、心を奪われたようだった。
私は、少し考えた。あかねさんに、私の卓球について、どこまで話すべきか。私の卓球は、私自身の内面と深く繋がっている。誰かに易々と語れるものではない。しかし、あかねさんの純粋な興味に触れ、少しだけ、応えてもいいかもしれない、と思った。
「…練習すれば、基本的な動きはできるかもしれませんが…」
私は、言葉を選びながら話し始めた。
「裏ソフトとスーパーアンチ、それぞれのラバーの特性を理解し、それを瞬時に使い分けるには、相当な練習と…分析が必要です。」
「分析?」
あかねさんが、首を傾げた。
「相手の打球の回転、速度、コース、そして相手の癖などを、瞬時に読み取ります。そして、どのラバーで、どのような打球を返せば、相手が最も困惑するかを判断します。」
私は、卓球における自身の思考プロセスを、簡潔に説明した。それは、私の「無意識の分析」という癖を、言葉にしたものだった。
あかねさんは、私の説明を真剣な表情で聞いていた。
「へえー…静寂さんの卓球って、ただ打ってるだけじゃないんだね。頭も使うんだ…すごい!」
彼女の言葉に、感心が込められている。私の卓球の「異質さ」を、単なる変わったスタイルとしてではなく、知性に裏打ちされた、高度な戦術として理解しようとしているようだった。
それは、私にとって、不慣れで、そして少しだけ心地よい感覚だった。私の卓球が、誰かに理解されようとしている。
「あのね、静寂さん。私、静寂さんが卓球してるところ、もっと見てみたいな。卓球部って、見学とかできるの?」
あかねさんの提案に、私の心に僅かな動揺が生まれた。卓球部への見学。部外者であるあかねさんが、私の「聖域」である卓球部に入ってくる。それは、私のプライベートな空間に、誰かが踏み込んでくるような感覚に近かった。
…どうする? 彼女に見学を許可することで、私の卓球が、彼女の視点を通して、さらに…
しかし、あかねさんの目は、純粋な期待で輝いている。悪意は一切感じられない。ただ、私の卓球を、もっと知りたいという、強い好奇心だけがそこにあった。
「…はい。見学は、できます。」
私は、少し間を置いてから答えた。それは、私の心の壁が、あかねさんの純粋な興味によって、ほんの少しだけ、開かれた瞬間だった。
「やった! 本当!? いつ行っても大丈夫?」
あかねさんは、パッと顔を輝かせた。
「…部活動の時間なら。」
あかねさんは、その後もいくつか卓球に関する質問をしてきた。ラリーのこと、サーブのこと、ラケットのこと。私は、拙いながらも、彼女の質問に答えた。
卓球という共通の話題が、私たちの間の会話を、以前よりもスムーズにした。沈黙の時間は、まだあるけれど、その間に流れる空気は、以前ほどぎこちなくはなかった。
放課後、私は卓球部へと向かう。部員たちは、相変わらず私を異端者として見ている。
顧問の先生も、都道府県大会に向けた私の練習メニューについて考えてくれている。私の卓球人生は、市町村大会優勝を経て、新たな段階へと進んでいる。
そして、その私の卓球の世界に、あかねさんという、新しい存在が関わろうとしている。彼女が卓球部を見学に来た時、私の「異端」の卓球を見て、何を思うのだろうか。部員たちは、あかねさんの存在にどのように反応するのだろうか。
一人暮らしの家で、卓球台のある部屋へ向かいながら、私はあかねさんのことを考えた。
彼女の笑顔、彼女の声、そして、私の卓球への純粋な興味。それは、私の孤独な世界に、これまでなかった種類の温かさを運んできている。悪夢とは異なる種類の、新しい、そして少しだけ戸惑いを伴う、予感。
…あかねさん…彼女は、私の世界に、何をもたらすのだろうか…
卓球台と、白球。私の聖域。そこに、あかねさんの存在が加わる。それは、私の物語に、どのような影響を与えていくのだろうか。