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異端の白球使い  作者: R.D
県大会編 準決勝
129/674

異質者

(三島さん…第五中学のマネージャーさん、だったかな。まっすぐな瞳をした、太陽みたいな人だったな…。)

 私は、先ほど別れたばかりの三島あかねさんの、あの心配そうな、しかし私を気遣うような優しい眼差しを思い出していた。彼女の言葉が、私の心の奥底に、小さな、しかし無視できない波紋を広げている。


_____________________________



「コーチが…私の知らない方法で…情報を…?」

 そんなはずはない。コーチは、いつも私のことを一番に考えてくれている。私の「異質」な卓球を理解し、それを最大限に活かすための戦術を、寝る間も惜しんで考えてくれている。しおりさん…静寂さんの試合動画を何度も見返し、彼女の癖や弱点を分析し、私に的確なアドバイスをくれたのも、全ては私を勝たせるためのはずだ。

 そう、信じている。信じたい。

 でも、あかねさんのあの言葉…。「しおりの、まだ誰にも見せていないような『秘密の作戦』みたいなものまで…」。

 確かに、今日の静寂さんの卓球は、コーチの分析を超えていた。あのYGサーブも、カットのモーションからのドライブも、コーチの事前情報にはなかったはずだ。私が第一ゲームで彼女の情報を元に戦えたのは、あくまで彼女の「過去のデータ」に過ぎなかった。そして、彼女は、そのデータを、試合の中でいとも簡単に「陳腐化」させてみせた。

(私の知らない情報…?もし、本当にコーチが、静寂さんの…例えば、作戦ノートのようなものを、何らかの形で手に入れていたとしたら…?そして、それを私に隠して、ただ「分析の結果だ」と伝えていたとしたら…?)

 考えたくない。でも、一度芽生えてしまった疑念の種は、私の心の中で、じわじわと根を張り始めている。

 私は、卓球が好きだ。ラリーが続くのが、楽しい。相手の球質を読み、自分のカットで変化をつけ、そして、時折見せる攻撃で相手の意表を突く。その駆け引きの全てが、私にとってはかけがえのない宝物だ。

 だからこそ、正々堂々と戦いたい。自分の力で、相手と向き合いたい。

 もし、コーチが…。

(ううん、考えすぎだよね。)

 私は、頭を振って、その不快な思考を追い払おうとする。コーチが、そんなことをするはずがない。彼は、私を勝たせるために、ただ必死なだけだ。

 でも、あかねさんの最後の言葉が、また私の胸を締め付ける。 


__三島さんみたいに、いつもそばでしおりさんを応援して、一緒に戦ってくれる人がいたら、私も、もっと…もっと、卓球が楽しくなるのかな、なんてね。___


 自分の口から出たその言葉は、紛れもない本心だった。

 月影女学院は、強豪だ。でも、私の卓球は、やっぱり少し「特殊」だから。他の部員たちも、私を遠巻きに見ているのを感じる。練習相手も、いつもコーチが特別に探してきてくれるか、あるいは、コーチ自信がマンツーマンで指導してくれる。

 みんなと笑い合ったり、励まし合ったり、そういう「普通の部活」みたいなものは、私には少し縁遠い。

(しおりさんと、三島さん…なんだか、羨ましいな…。)

 その時、遠くのコートから、ひときわ大きな歓声が上がった。第五中学の部長さんの試合だ。彼もまた、準決勝を戦っている。

 私は、無意識のうちに、そちらへ視線を向けていた。

 そして、その視線の先に、ベンチで真剣な表情で部長さんを見つめる、静寂しおりさんの姿を捉えた。彼女の隣には、今は誰もいない。三島さんは、きっと、また何か情報を集めに行っているのだろう。

(もし、コーチが…本当に…。)

 私の心の中で、小さな棘が、また一つ、深く突き刺さったような気がした。

 この大会が終わったら、一度、コーチとちゃんと話してみよう。そして、静寂しおりさんとも…。

 私は、まだ彼女の卓球の全てを知らない。そして、彼女もまた、私の全てを知らないはずだ。

 そんな相手と、もう一度、今度は何の曇りもない状態で、心ゆくまでラリーを楽しんでみたい。

 そう、強く思った。

 インターバル終了のブザーが、間もなく鳴り響く。

 私は、ゆっくりと立ち上がり、自分のチームの控え場所へと戻った。

 心の中に蒔かれた「疑念の種」は、まだ小さい。しかし、それは確実に、私のこれからの卓球に、そしてコーチとの関係に、何らかの影響を与えようとしていた。

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