熱血漢vs変化球(10)
セットカウント 部長 2 - 0 尾ヶ崎
部長 0 - 0 尾ヶ崎
インターバル終了のブザーが、体育館の熱気を再び引き締める。
私は、ベンチでノートパッドを膝に置き、コートへと向かう部長の背中を見送った。彼の纏う赤いオーラは、先ほどのインターバルでの私との会話、そして勝利への渇望によって、もはや炎のように激しく燃え盛っているように見えた。
(…部長。彼のこの単純さ、そして仲間を信じる純粋さ。それこそが、彼の最大の強さなのかもしれない。そして、私のこの、説明のつかない「感情の揺らぎ」もまた…。)
私は、静かに、しかし確かな手応えを感じながら、この第三ゲームの開始を待った。
コート中央で、尾ヶ崎選手が静かに構えている。その表情からは、二ゲームを連取されたことによる焦りや動揺は一切感じられない。むしろ、その瞳の奥には、より深く、より冷徹な分析の色と、そしてこの第三ゲームで全てを覆すという、崖っぷちに立たされた者の、凄まじいまでの強靭な意志が宿っている。彼もまた、この短いインターバルで、戦術を練り直し、新たな「変化」を準備してきているはずだ。
尾ヶ崎選手のサーブ。1本目。
そのモーションは、これまでのどのサーブとも異なる、極めてシンプルで、そして速い、回転の少ないロングサーブだった。コースは、部長のフォアサイド、エンドラインぎりぎり。完全に意表を突く、そして部長のパワープレイを警戒し、先手を取らせまいとする意図が見える一打。
部長は、その速いロングサーブに対し、一瞬反応が遅れたが、しおりのアドバイス通り、力強いフォアハンドドライブで、尾ヶ崎選手のバックサイド深くへと叩き込み、レシーブエース!
部長 1 - 0 尾ヶ崎
続く尾ヶ崎選手のサーブ2本目。
今度は、第一ゲーム、第二ゲームでも部長を苦しめた、あの独特のモーションからの、横下回転系のショートサーブを、部長のフォアサイドへ。
部長は、そのサーブの回転とコースを読み切り、**体を鋭く入れ込み、フォアハンドで、強烈なチキータレシーブを、尾ヶ崎選手のバックサイドへと叩き込んだ!**尾ヶ崎選手は反応できず、再びエース!
部長 2 - 0 尾ヶ崎
(…部長、完全に私の分析を信頼し、そしてそれを実行するだけの集中力と技術がある。尾ヶ崎選手のサーブの「変化」に対し、それを上回る「パワー」と「予測」で対応している。)
私の分析は、確信へと変わる。
サーブ権は部長へ。
彼は、完全に流れを掴んでいた。アドバイス通り、「体力とパワーで、真正面から、そして確実に、ポイントを一つ一つ重ねていく」ことを意識している。
1本目、部長は強烈なトップスピンサーブを尾ヶ崎選手のミドルへ。尾ヶ崎選手はなんとかブロックするが、ボールは甘く浮き、部長がそれをフォアハンドスマッシュで叩き込みポイント。
部長 3 - 0 尾ヶ崎
部長のサーブ2本目。今度は、回転を重視した横回転サーブをフォアサイドへ。尾ヶ崎選手は、それをバックハンドでドライブ気味に返球してきたが、回転に押され、ボールはサイドアウト。
部長 4 - 0 尾ヶ崎
(…完璧な立ち上がり。部長の「パワー」と、私の「分析」が、完全に噛み合っている。このまま、一気に…!)
私の胸の奥で、静かな高揚感が生まれる。しかし、尾ヶ崎選手は、まだ死んではいない。
ここからが、本当の勝負だ。
サーブ権は尾ヶ崎選手へ。
彼は、この劣勢にも表情を変えず、しかしその瞳の奥には、より一層鋭い闘志の光が宿っていた。彼は、ここから、さらにギアを上げてくるだろう。
尾ヶ崎選手は、これまであまり見せなかった、体を大きく使った、強烈なYGサーブに近い変化サーブを、部長のバックサイドへと叩き込んできた!
「なっ…!?」
部長は、その初見のサーブの軌道と回転に、完全に意表を突かれる。レシーブは大きく浮き上がり、尾ヶ崎選手はそれを冷静に、しかし鋭いカウンタードライブで部長のフォアサイドへと叩き込み、ポイントを奪取。
部長 4 - 1 尾ヶ崎
(…やはり、来た。新たな「変化」。そして、あのサーブの質…付け焼き刃ではない。彼は、まだ多くの武器を隠し持っている。)
私の分析が、再び警鐘を鳴らす。
この第三ゲーム、決して楽には終わらない。
部長の「パワー」と、尾ヶ崎選手の「変化」。その壮絶な戦いは、まだ始まったばかりだった。