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異端の白球使い  作者: R.D
県大会男子準決勝
125/674

異質者と茜色

 セットカウント 部長 2 - 0 尾ヶ崎

  部長 16 - 14 尾ヶ崎

 部長先輩が、信じられないようなデュースの連続を制し、第二ゲームも連取した! ベンチでは、しおりが冷静な表情を崩さずに、しかしその瞳の奥には確かな興奮と、部長先輩への信頼を宿らせて、次の第三ゲームへのアドバイスを送っている。会場の興奮も最高潮だ。

(すごい…部長先輩、本当に強い!しおりのアドバイスも、的確なんだろうな…!私も、何かしなくちゃ!)

 私は、二人に気づかれないように、再びそっと控え場所を抜け出した。第一ゲームの後のインターバルで、小春ちゃんから聞いた「れいかさんたちのグループの佐藤さんが、試合前に月影の選手と接触していた」という情報。そして、「れいかさんがしおりのロッカーを気にしていた」という不気味な話。これらは間違いなく繋がっているはずだ。

(佐藤さんが話していた月影の選手って、誰なんだろう?そして、何を話していたの?もし、その月影の子が、幽基未来選手の仲間で、しおりのメモの内容を知っていたら…。)

 考えれば考えるほど、胸騒ぎが大きくなる。

 私は、もう一度、月影女学院の応援席のあたりに目を凝らした。さっきはいなかったけど、もしかしたら戻ってきているかもしれない。…いや、いない。代わりに、少し離れた通路の奥で、一人でドリンクを飲んでいる幽基未来選手の姿を見つけた。彼女は、仲間たちと一緒ではなく、どこか寂しげに見える。

(未来選手…彼女に直接聞いてみるしか…でも、なんて言えば…。)

 私は、意を決して、未来選手に近づいた。心臓が、さっきの部長先輩の試合とは違う意味で、ドキドキと高鳴る。

「あ、あの…幽基未来選手…ですよね?」

 声が、少し上ずってしまったかもしれない。

 未来選手は、私を見ると、ほんの少しだけ驚いたような表情を見せたが、すぐに、どこか儚げな、しかし穏やかな、不思議な雰囲気の笑みを浮かべた。

「はい、月影女学院の幽基未来です。あなたは…第五中学校のマネージャーさん、でしたよね?三島あかねさん、だったかな。」

 彼女の話し方は、意外なほど気さくで、柔らかい。

「は、はい!そうです!あの、突然ごめんなさい!しおりと試合した時、すごく強かったから、ちょっとお話聞いてみたくて…!」

 緊張で、言葉が早口になってしまう。

 未来選手は、私の言葉に、ふふ、と小さく笑った。

「ありがとう。静寂さん…、だったかな。彼女の卓球、本当にすごかった。一年生であの技術と精神力…私、負けちゃったけど、なんだかすごく楽しかったんだ。」

 彼女の言葉には、しおりへの純粋なリスペクトが感じられた。

「しおりも、未来選手のカット、本当にすごいって言ってました!ボールが生きているみたいだって!」

 私も、少しだけ緊張が解けて、笑顔で答える。

「そう言ってもらえると嬉しいな。私、卓球が大好きで、なるべく長くラリーを楽しみたいから、カットマンになったんだ。でも、私のプレースタイル、ちょっと変わってるから…あんまり、他の学校の子と話す機会もなくて。みんな、私のこと、ちょっと不気味に思ってるみたいだしね。」

 未来選手は、少しだけ寂しそうに、しかし自嘲するわけでもなく、淡々とそう言った。

 その時、私は意を決して、核心に触れる質問を投げかけた。

「あの、未来選手…しおりとの試合、すごく研究されてましたよね?コーチから、色々アドバイスがあったって聞きましたけど…例えば、しおりの…そう、あのYGサーブとか、カットのモーションからドライブを打ってくるみたいな、普通じゃない攻撃への対策とかも、具体的に指示があったんですか?」

 YGサーブも、カットのモーションからのドライブも、しおりがごく最近、それも一度きりの奇襲として使ったはずの技。もし、未来選手のコーチがその対策を具体的に指示していたとしたら…。

 未来選手は、私のその言葉に、少しだけ小首を傾げた。

「YGサーブ…?カットのモーションからのドライブ…?うーん、コーチからは、しおりさんがすごく色々なサーブを使ってくることや、予測不能なタイミングで攻撃してくるから、常に警戒するようにとは言われていたけど…その、YGサーブとか、カットの構えからドライブっていうのは、具体的には聞いてなかったかな…。」

 彼女は、真剣な表情で記憶を辿るように答える。

「でも、コーチは、しおりさんの試合のビデオを何度も見て、『この場面では、こういうボールが来る可能性が高い』とか、『こういう癖があるから、そこを突くと効果的だ』とか、すごく細かく分析してくれてたよ。だから、第一ゲームは、その通りに戦えたんだけど…。」

 未来選手の言葉には、嘘や隠し立てがあるようには見えない。

(コーチは、しおりの試合動画を研究して、癖やパターンを分析した…それは分かる。でも、YGサーブやあのフェイントドライブは、まだ動画にも残ってない可能性が高い、ごく最近の、それも一度きりの奇襲のはず。それを、未来選手のコーチは、どうやって…?まさか、本当にただの予測…?それとも…)

 私の頭の中で、パズルのピースが、まだ上手くはまらない。でも、未来選手自身は、本当に何も知らないのかもしれない。

「そっか…コーチ、すごく熱心な方なんですね…。」私がそう言うと、未来選手は、ふと、私を羨むような、そんな表情を見せた。

「うん、とっても。でもね、」彼女は、少しだけ寂しそうに続けた。「コーチは戦術のことは色々教えてくれるけど、練習はほとんど一人なんだ。私の卓球、ちょっと特殊だから、練習相手もなかなかいなくて。…三島さんみたいに、いつもそばでしおりさんを応援して、一緒に戦ってくれる人がいたら、私も、もっと…もっと、卓球が楽しくなるのかな、なんてね。」

 その言葉には、強者の孤独と、純粋な仲間への憧れのようなものが滲んでいた。

(この子も、もしかしたら、しおりと同じように、どこか「浮いてる」のかもしれない…。)

 私は、未来選手に対して、これまでとは違う感情を抱き始めていた。信じてみてもいいかもしれない、彼女の、スポーツマンシップを。

「未来選手のコーチ、すごく熱心で、研究熱心なのは分かるんだけど…」私は、慎重に言葉を選びながら、しかし彼女の目を真っ直ぐに見て続けた。「もし、その情報が、未来選手も知らないような方法で、相手の…それこそ、まだ誰にも見せていないような『秘密の作戦』みたいなものまで手に入れているとしたら、それはちょっと…フェアじゃないっていうか、未来選手自身の実力で正々堂々戦いたいっていう気持ちを、コーチが、結果的に邪魔しちゃうことにならないかなって、少し心配になっちゃって…。」

 あくまで、未来選手を心配している、というニュアンスで。

 未来選手の目が、ほんのわずかに、しかし確かに見開かれた。彼女の纏う、静かで穏やかだった雰囲気が、一瞬にして張り詰める。

「…コーチが…私の知らない方法で…情報を…?」

 彼女の声が、微かに震えている。スポーツマンシップを重んじる彼女にとって、私の言葉は、無視できない「何か」を含んでいたのだろう。

「う、ううん!ごめんね、変なこと言って!ただ、しおりが、あまりにも自分の戦術を読まれてるみたいだったから、私が勝手に色々考えすぎちゃっただけかもしれないし…!」

 私は慌てて取り繕う。これ以上踏み込むのは危険だ。でも、彼女の心に、小さな「疑念の種」は蒔けたかもしれない。

「…そう、だね。」未来選手は、何かを考えるように俯いた後、ふっと顔を上げた。「でも、教えてくれてありがとう、三島さん。私も、自分の卓球は、正々堂々とやりたいから。」

 その瞳には、先ほどまでの寂しげな色は消え、代わりに、強い意志の光が灯っていた。

(よかった…伝わった、かもしれない。)

「未来選手、ありがとう!私も、お話できて嬉しかったです!部長先輩の試合、もうすぐ始まっちゃうから、私、戻りますね!」

 インターバル終了の時間が迫っている。

「うん、頑張って応援してあげて。私も、少し見ていこうかな。」

 未来選手は、そう言って私に手を振ってくれた。その表情は、先ほどよりも少しだけ、何かを決意したように引き締まって見えた。

 私は、彼女に一礼し、急いでしおりと部長先輩の元へと戻った。

 未来選手は、シロだ。でも、彼女のコーチが、どうやってしおりの「まだ見せていない隠し球」まで予測できたのか。その謎は深まるばかり。そして、未来選手の最後の言葉…。

 私の胸の鼓動は、先ほどとは違う種類の緊張感と、そして未来選手への、ほんの少しの共感と、これから何かが動き出すかもしれないという予感で、速まっていた。


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