インターバル(2)
セットカウント 部長 2 - 0 尾ヶ崎
スコア 部長 16 - 14 尾ヶ崎
「おらあああああああああああ!!!」
部長は、両手を天に突き上げ、これまでの人生で最大ではないかと思われるほどの、魂の雄叫びを上げた。その顔には、汗と、そしてほんの少しの涙が光っているように見えた。
まさに、壮絶な死闘。パワーと変化、そして何よりも精神力がぶつかり合った、この第二ゲームも、部長が執念で制したのだ。
私は、ベンチで、その光景を静かに見つめていた。彼の、決して諦めない「王道」の強さ。そして、私の「異端」な言葉が、ほんの少しでも、彼の力になったのだとしたら…。
私の「静寂な世界」に、また一つ、温かく、そして力強い「熱」が、今度は安堵と共に流れ込んでくるのを感じていた。
部長が、肩で大きく息をしながら、しかし満面の笑みでベンチに戻ってきた。その足取りは、さすがに重そうだ。
「はぁ…はぁ…し、しおり…!見たか!今度こそ、俺の、俺たちの…いや、俺の粘り勝ちだ!どうだ!」
彼は、私に向かってガッツポーズを見せながら、途切れ途切れに、しかし誇らしげに言った。その瞳は、達成感と、そして私への信頼で輝いている。
「…はい、部長。素晴らしい試合でした。特に、あのデュースの連続から、最後まで集中力を切らさず、そして最後はあなたの得意とするサーブで決めきった精神力は、私の分析モデルにおいても、極めて高い評価を与えるべきパフォーマンスです。」
私は、冷静に、しかしその声の奥には、彼への純粋な称賛と、そして仲間としての安堵感を滲ませながら答える。
「はっはっは!だろぉ!?お前にそう言ってもらえると、なんか、一番嬉しいぜ!」部長は、タオルで顔の汗を滝のように拭いながら、心の底から嬉しそうに笑った。「だが…マジで、本当に、本当にきつかった…。あいつの卓球、最後まで何してくるか分かんねえし、どこまでも拾ってくるし…俺、もう体力残ってねえかもしれねえ…。」
彼は、そう言って、ベンチにどさりと腰を下ろし、大きく息をついた。その言葉は、冗談ではなく、本心からの疲労を物語っていた。
私は、そんな彼を見つめ、そして、ほんの少しだけ、唇を尖らせるような、以前には決して見せなかったであろう表情を浮かべた。それは、どこか子供が拗ねるような、そんな雰囲気だったかもしれない。
「…部長。あなたは、もしかして、全てのゲームをデュースの、それも10点を超えるようなハイスコアにしないと、気が済まないような特殊なご趣味でもおありなのですか?」
私の声は、いつも通りの平坦さを装っているが、その奥には、彼のハラハラさせる戦いぶりに対する、私なりの、ほんの少しの「ヒヤッとした」感情と、そして「もっと楽に勝てたはずなのに」という、子供っぽい不満のようなものが混じっていた。
「あなたのその戦い方は、観客の心拍数を無駄に上昇させ、ベンチでデータを取っている私の精神的リソースを著しく消費させます。もう少し、省エネな勝利パターンを検討していただけると、チーム全体のパフォーマンス向上に繋がるのですが。」
「なっ…!お、おい、しおり!なんだよ、その言い草は!俺だって、好きでデュースにしてるわけじゃねえ!相手が強いんだから仕方ねえだろうが!それに、お前、なんか今日、やけにトゲトゲしてないか!?」
部長が、顔を真っ赤にして、しかしどこか楽しそうに、私のその意外な「毒舌」とも「子供っぽさ」とも取れる物言いに反論する。
私は、その反応を冷静に観察しながらも、内心では、ほんのわずかな、しかし確かな手応えと、そして彼との間に生まれたこの新しい関係性への、くすぐったいような感覚を覚えていた。
「…冗談です、とは言いません。事実ですから。」私は、表情を変えずに、しかし声のトーンをほんの少しだけ和らげて続けた。「ですが、部長。次の第三ゲーム、あなたはもう、そのような『観客を沸かせるための派手な演出』は必要ありません。」
「演出ってなんだよ、演出って!」
「いいですか、部長。」私は、彼の言葉を遮るように、しかし諭すような、それでいてどこか冷たい声に戻ったような口調で続ける。「尾ヶ崎選手は、確かに強敵です。彼の『変化』と『粘り』は、あなたの精神力を削り取ろうとしてくるでしょう。しかし、忘れないでください。純粋な体力勝負、そしてパワー勝負になった場合、あなたが彼に劣る要素は、私の分析によれば、何一つありません。」
私は、そこで一度言葉を切り、彼の目を真っ直ぐに見つめた。
「あなたは、もう十分に、この試合の流れを掴んでいます。そして、彼の戦術パターンも、あなたの体と、そして私のデータが記憶している。あとは、あなたのその圧倒的なパワーと体力で、真正面から、そして確実に、ポイントを一つ一つ重ねていくだけです。小細工は不要。彼の変化に無理に付き合わず、あなたの土俵で、力でねじ伏せてください。そうすれば、必ず勝てます。」
私の言葉には、絶対的な自信と、そして彼への揺るぎない信頼が込められていた。それは、分析を超えた、何か。
私のその、いつもとは少し違う、しかし力強い言葉に、部長は一瞬、目を丸くした。そして、次の瞬間、彼の顔に、全ての疲労を吹き飛ばすかのような、太陽のような笑顔が戻った。
「…はっ!そうだな!しおり、お前の言う通りだ!俺のパワーと体力は、まだ有り余ってんだよ!次のゲーム、見てろよ!お前がヒヤヒヤする間もねえくらい、圧倒的に、そして確実に、決めてきてやるぜ!」
彼は、力強く拳を握りしめ、そして、私の頭を、今度は少しだけ優しく、ポンと叩いた。
(…部長。彼のこの単純さ、そして仲間を信じる純粋さ。それこそが、彼の最大の強さなのかもしれない。そして、私のこの、説明のつかない「感情の揺らぎ」もまた…。)
私は、静かに、しかし確かな手応えを感じながら、次のゲームの開始を待った。
インターバル終了のブザーが、間もなく鳴り響く。私たちの戦いは、まだ終わらない。そして、この戦いが終わった時、私の中で何かが変わっているのかもしれないという予感を、私は確かに感じていた。