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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子準決勝
121/674

不合理な一点

 タイムアウト終了のブザーが鳴る。


 部長は、私の肩を力強く叩き、そしてコートへと戻っていった。


 その背中からは、先ほどまでの重苦しさが嘘のように消え、代わりに、嵐の前の静けさと、そしてそれを打ち破る雷鳴のような、激しい闘志が溢れ出ていた。


 私の「異端」な分析と、挑発。そして、ほんの少しだけ見せた「不器用な感情」


 それが、この絶望的な状況を覆す、起死回生の一手となるか。


 私は静かに、しかし確かな期待と、そしてほんの少しの不安を胸に、その戦いを見守り始めた。


 サーブ権は尾ヶ崎選手。


 スコアは0-8。もはや彼にとっては、このゲームを確実にものにするための、形式的な数ポイントに過ぎない、と思っているかもしれない。


 その表情は、依然として変わらないが、その瞳の奥には、ほんのわずかな、しかし確実な「油断」の色が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。


 尾ヶ崎選手が放ったサーブは、やはりあの独特のモーションから繰り出される、強烈な横下回転を帯び、部長のバックサイド、ネット際に短く、そして台の外側へと鋭く逃げていくようにバウンドする厄介なサーブ。


 これまでのポイントで、部長を最も苦しめてきたサーブ。


 しかし、部長は、今回はそのボールに、以前のように力任せに合わせようとはしなかった。


 彼は、私の言葉――「相手のサーブを卓球台の右端へオーバーさせるようにして打ち返して下さい、彼の横回転サーブの回転を利用することで、相手のデッドスポットに落ちると予測できます」――その一点に、全神経を集中させていた。


(…卓球台の右端へ、オーバーさせるように…横回転を利用する…!)


 部長はそのボールに対し、体を僅かに開き、ラケット面を、まるでボールを包み込むかのように、しかし極めて薄く、そして台の外側へと向かって、ボールを「流し出す」ような、独特のタッチで合わせた!


 ボールは、部長のラケットから放たれると、強い横回転と、尾ヶ崎選手のサーブの回転が複雑に絡み合い、そして、本当に卓球台の右端、サイドラインを大きくオーバーしていくかのような軌道を描きながら、しかし、最後の最後で、ありえないほどの急カーブを描き、尾ヶ崎選手のフォアサイド、ネット際の、まさに彼が最も反応しにくいデッドスポットへと、吸い込まれるようにして落ちた!


「なっ…!?」


 尾ヶ崎選手の体が、そのありえない軌道に、完全に固まった。


 彼は、ボールがアウトになると確信し、一瞬反応が遅れたのだ。


 そして、ボールがコートに落ちた時には、もはや彼のラケットは届かない。


 部長 1 - 8 尾ヶ崎


 体育館が、一瞬の静寂の後、信じられないものを見たという、大きなどよめきに包まれた。


「なんだ今の!?アウトだと思ったのに、めちゃくちゃ曲がって入ったぞ!」

「あんな打ち方、見たことねえ…!」


 部長自身も、自分の打ったボールの軌道に驚き、そして、ほんの少しだけ、信じられないといった表情を浮かべていた。


 しかし、すぐに、その顔に獰猛な笑みが戻る。


「…はっ!しおりの野郎、本当にやりやがった…!いや、俺がやったのか!」


 彼は、ベンチの私に向かって、力強くガッツポーズを見せた。


(…成功。彼の横回転サーブの回転軸と、私の提案した打球コース、そして部長自身の無意識のボールタッチの調整が、奇跡的な一点で合致した結果。再現性は低いが、相手の思考を混乱させる効果は絶大)


 私の脳は、冷静に状況を分析しながらも、この非合理な一点がもたらした流れの変化を、確かに感じ取っていた。


 続く尾ヶ崎選手のサーブ2本目。


 彼は、先ほどの奇跡的なレシーブの残像に、明らかに動揺していた。


 そのサーブは、いつものような鋭さがなく、ほんの少しだけ甘く、そしてコースもミドル寄りに入ってきた。


 部長は、そのボールを見逃さない!


「うおおおおおっ!」


 彼は力強く前に踏み込み、その甘いサーブを、渾身のフォアハンドドライブで、尾ヶ崎選手のバックサイド深くに、叩き込んだ!


 部長 2 - 8 尾ヶ崎


 サーブ権は部長へ。


 彼は、完全に勢いを取り戻した。


 放たれるサーブは、再び彼の得意とするパワーサーブ。しかし、そのコースは以前よりも厳しく、そして回転もいやらしい。


 尾ヶ崎選手は、先ほどの「ありえない返球」の記憶と、部長の気迫に押され、レシーブが甘くなる。


 そこを部長は見逃さない。


 フォアハンドで、バックハンドで、コートの四隅を狙い、力強いドライブを叩き込んでいく。


 部長 3 - 8 尾ヶ崎


 部長 4 - 8 尾ヶ崎


 私の分析は、もはや勝敗の確率計算ではなく、目の前で繰り広げられる、仲間の、人間の持つ力の可能性に対する、純粋な興味へと変わりつつあったのかもしれない。


 この第二ゲーム、まだ終わってはいない。


 本当の死闘が、ここから始まる。

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