インターバル
「っしゃあああああああああああ!!!」
部長は、両手を天に突き上げ、これまでの人生で最大ではないかと思われるほどの、魂の雄叫びを上げた。
部長が、興奮冷めやらぬ様子でベンチに戻ってくる。その肩は大きく上下し、額からは滝のような汗が流れている。しかし、その表情は、疲労よりも達成感と、そして次への闘志で輝いていた。
「しおり!見たか!俺の、俺たちの勝利だ!あの野郎、相当しぶとかったが、最後は俺の気合勝ちだ!」
彼は、私に向かってガッツポーズを見せながら、いつものように快活に、しかしその声には確かな手応えを感じている響きがあった。
「…はい、部長。素晴らしい試合でした。特に、デュースからのあなたの精神力と、最後のサーブの選択、そしてそれを実行しきった集中力は、私の分析モデルを良い意味で裏切る、素晴らしいパフォーマンスでした。」
私は、冷静に、しかしその言葉の奥には、彼への称賛と、そして仲間としての高揚感を滲ませながら答える。私の「私の玉を思い出して」という言葉が、彼の中でどのように作用したのか、そのデータもまた興味深い。
「はっはっは!お前にそう言ってもらえると、なんか、特別嬉しいぜ!」部長は、タオルで顔の汗を拭いながら、豪快に笑った。「だが、まだ第一ゲームだ。あいつ、尾ヶ崎、絶対このままじゃ終わらねえぞ。あの粘り、そして何より、あのワケのわからんサーブとブロック。第二ゲーム、あいつはどう出てくると思う、しおり?」
彼は、すぐに次の戦いへと意識を切り替える。その切り替えの早さも、彼の強さの一つだ。
私は、第一ゲームで収集した尾ヶ崎選手のデータを反芻する。
(…尾ヶ崎選手。第一ゲームでは、その特異なサーブと、相手の力を利用する巧みなブロック、そして粘り強いラリーで、部長のパワーを封じ込めようとしてきた。しかし、パワーと粘り、そしてコースの打ち分けを意識し始めた中盤以降、彼の戦術は徐々にその効果を失いつつあった。特に、部長のストレートなパワーサーブに対しては、僅かながらも対応の遅れが見られた。)
「…部長。第一ゲーム、あなたは尾ヶ崎選手の『変化』に苦しめられましたが、同時に、あなたの『パワー』が、彼の『変化』の精度を確実に低下させていたことも事実です。」
私は、顔を上げ、部長の目を真っ直ぐに見つめて続ける。
「第二ゲーム、尾ヶ崎選手は、おそらく戦術を修正してきます。考えられるのは、二つ。一つは、あなたのパワーをさらに徹底的に封じ込めるため、より変化の大きいサーブや、ネット際の細かい技術で揺さぶりをかけてくるパターン。もう一つは、逆に、第一ゲームで通用しなかったと判断した変化球を減らし、より安定した、しかしコースの厳しいラリー戦に持ち込もうとするパターンです。」
「なるほどな…。どっちで来られても、厄介なこった。」部長が、腕を組んで唸る。
「はい。しかし、どちらのパターンで来たとしても、重要なのは、あなたが常に先手を取り、あなたの『パワー』でプレッシャーをかけ続けることです。彼に、先手を打たせては行けません。」
私は、さらに具体的なアドバイスを加える。
「特に、彼のバックハンドサーブ。あの独特のモーションから繰り出される回転は、確かに読みにくい。ですが、あのサーブの後、彼は高い確率で、あなたのフォアサイドを狙った厳しいブロック、あるいは変化をつけたツッツキで返球してきます。そこを予測し、あなたの得意なフォアハンドで、より早い打点で叩くことができれば、主導権を握れるはずです。」
「そして、ラリーになった場合。彼の粘り強いブロックに対しては、力任せの連打だけでなく、時には、あなたが後藤選手との試合で見せたような、相手の意表を突く短いストップや、コースを変えるループドライブを織り交ぜることで、彼の守備を崩す糸口が見えるかもしれません。」
私のその言葉に、部長は大きく頷いた。
「…よし、分かったぜ、しおり!お前の分析、とことん信じてやる!第二ゲームも、俺のパワーで、あいつの『変化』なんざ、粉砕してやる!」
彼の瞳に、再び闘志の炎が力強く燃え盛る。その炎は、もはや焦りや怒りではなく、冷静な分析と、仲間への信頼に裏打ちされた、本物の「強者の炎」だった。
(…部長。彼の学習能力と、それを実行する精神力。そして、私という「異端」な存在を受け入れ、その分析を信頼する度量。それこそが、彼の最大の武器なのかもしれない。)
私は、静かに、しかし確かな手応えを感じながら、次のゲームの開始を待った。
インターバル終了のブザーが、間もなく鳴り響く。私たちの戦いは、まだ終わらない。