表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子準決勝

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/694

雨降る茜色

「っしゃあああああああああああ!!!」


 部長先輩の魂の雄叫びが、体育館の熱気の中に響いている。


 第一ゲームの壮絶なデュースを制した興奮と安堵が、観客席にも伝わってくるようだった。


 しおりちゃんは、冷静に、しかしその瞳の奥には確かな手応えを感じている様子で、部長と次のゲームに向けての短い言葉を交わしている。


(よかった…部長先輩、なんとか取ったんだ…!)


 私は、二人の邪魔にならないように、悟られないように観客席から観客席へ移動する。


 しおりちゃんとの約束、そして何よりもこれ以上、しおりちゃんや部長先輩を、見えないところから苦しめるような卑怯な真似は許せない。


 私の手で、何か少しでも手がかりを掴んでみせる。


 私の頭の中には、しおりちゃんが試合前にポツリと呟いた言葉が残っている。


「…月影女学院の応援席に、うちの部員…以前、私に否定的な言動を取った、あの女子生徒の一人です」


 あの、青木れいかさんを中心としたグループの子だ。


 そして、しおりちゃんの作戦メモがなくなったこと、私のノートが一時期なくなったこと…。


 偶然とは、どうしても思えない。


(あの子がもし月影の子と繋がってて、しおりちゃんの情報を渡していたとしたら…。でも、どうやってそれを確かめる?)


 直接あの子に聞いても、絶対に本当のことは言わないだろう。むしろ警戒されるだけだ。


 私はまず、その「応援席にいた女子部員」のことをよく知っていて、かつ、しおりちゃんや私たちに対して特に敵対的ではない、中立的な立場の子を探すことにした。


 観客席を見渡すと、ちょうど、第五中学校の他の部員たちが集まっている一角があった。


 試合の合間で、みんなそれぞれリラックスしたり、応援に熱をいれていたりしている。


 その中にいた。 


 確かクラスは違うけど、部活でたまに話す、おとなしめだけど噂話には意外と詳しい小春さん。


 彼女なら、何か知っているかもしれないし、私の意図を勘繰らずに話してくれるかもしれない。


 私は、深呼吸を一つして、小春さんに近づいた。


「小春さん、お疲れ様!さっきの部長先輩の試合、すごかったね!」


 できるだけ自然に、いつものように明るく話しかける。


「あ、三島さん!お疲れ様!うん、すごかったねー!ドキドキしちゃったよ!」


 小春さんは、少し興奮した様子で答えてくれた。よし、まずは大丈夫そうだ。


「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど」


 私は、少し声を潜め、周りを気にするような素振りを見せながら続けた。


「今日の試合さ、月影女学院の応援席に、うちの卓球部の子、誰かいたの見たりしなかった?なんか、遠目に見えたような気がして…」


 あくまで「私が見たような気がした」という体で、彼女の反応を探る。


 小春さんは少し首を傾げ、記憶を辿るように視線を上に向けた。


「えー?月影の応援席に?うーん、どうだったかなぁ…あ!でも、そういえば…」


 彼女が、何かを思い出したように、小さく声を上げた。


 私の心臓が、ドキリと跳ねる。


「れいかちゃんたちのグループの子、何人か試合前に月影の選手とちょっと話してたのは見たかも。なんか、知り合いなのかなーって思ったけど」


「れいかちゃんたちのグループの子が、月影の選手と…?」


「うん。幽基未来選手じゃなくて、他の…確か、ダブルスに出てた選手だったかな。誰だったっけな、名前…」


 小春さんは、一生懸命思い出そうとしてくれている。


「確か、佐藤さん…だったかな?」


(青木れいかさんたちのグループが、月影の選手と接触…!これは、間違いなく重要な情報だ)


「そ、そうなんだ!へぇー、知り合いだったんだねー」


 私は、内心の動揺を悟られないように、できるだけ平静を装って相槌を打つ。


「その子たち、最近、何か変わったこととか、コソコソしてるようなこととか、あったりする?」


 少しだけ踏み込んでみる。


 小春さんは、うーん、と少し考え込んだ後、声をさらに潜めて言った。


「うーん、変わったことっていうか…最近、れいかちゃん、やけに静寂さんのこと気にしてる感じはするかな…。前は、なんか無視してるっていうか、関わらないようにしてる感じだったけど、最近は、遠くからじーっと見てたりとか、あの子も、部室でもしおりちゃんのロッカーの方、気にしたりとか…」


「しおりちゃんのロッカーを…?」


 しおりちゃんの作戦メモがなくなったのは、部室のロッカーからだった。


(…間違いない。青木れいかさんたちのグループが、何かに関わっている。そして、月影女学院とも繋がっている…!)


「うん。なんかね、ちょっと怖い感じっていうか…前よりも、もっとこう、執念深い感じ?うまく言えないけど…」


 小春さんは、少し不安そうな表情を浮かべた。


「そっか…教えてくれてありがとう、小春さん!すごく参考になったよ!」


 私は、小春さんにお礼を言うと、足早にその場を離れた。


 頭の中で、情報が繋がり始める。


 しかし、まだ確証はない。


 そして何よりも、この情報をどうやってしおりちゃんや部長先輩に伝え、そしてどうすればいいのか…。


 私の「見えない戦い」は、まだ始まったばかりだ。


 そして、その先には、想像もしていなかったような、もっと大きな闇が広がっているのかもしれないという予感が、私の胸を重く締め付けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ