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異端の白球使い  作者: R.D
県大会男子準決勝
116/674

雨降る茜色

「っしゃあああああああああああ!!!」

 部長の魂の雄叫びが、まだ体育館の熱気の中に響いている。第一ゲームの壮絶なデュースを制した興奮と安堵が、観客席にも伝わってくるようだった。しおりちゃんは、冷静に、しかしその瞳の奥には確かな手応えを感じている様子で、部長と次のゲームに向けての短い言葉を交わしている。

(よかった…部長先輩、なんとか取ったんだ…!)

 私は、二人の邪魔にならないように、悟られないように観客席から観客席へ移動する。しおりちゃんとの約束。そして、何よりも、これ以上、しおりちゃんや部長先輩を、見えないところから苦しめるような卑怯な真似は許せない。私の手で、何か少しでも手がかりを掴んでみせる。

 私の頭の中には、しおりちゃんが試合前にポツリと呟いた言葉が残っている。

「…月影女学院の応援席に、うちの部員…以前、私に否定的な言動を取った、あの女子生徒の一人です。」

 あの、青木れいかさんを中心としたグループの子だ。そして、しおりちゃんの作戦メモがなくなったこと、私のノートが一時期なくなったこと…。偶然とは、どうしても思えない。

(あの子が、もし月影の子と繋がってて、しおりちゃんの情報を渡していたとしたら…。でも、どうやってそれを確かめる?)

 直接あの子に聞いても、絶対に本当のことは言わないだろう。むしろ警戒されるだけだ。

 私は、まず、その「応援席にいた女子部員」のことをよく知っていて、かつ、しおりちゃんや私たちに対して、特に敵対的ではない、中立的な立場の子を探すことにした。

 観客席を見渡すと、ちょうど、第五中学校の他の部員たちが集まっている一角があった。試合の合間で、みんなそれぞれリラックスしたり、応援に熱をいれていたりしている。その中に、いた。確か、クラスは違うけど、部活でたまに話す、おとなしめだけど噂話には意外と詳しい、小春さん。彼女なら、何か知っているかもしれないし、私の意図を勘繰らずに話してくれるかもしれない。

 私は、深呼吸を一つして、小春さんに近づいた。

「小春さん、お疲れ様!さっきの部長先輩の試合、すごかったね!」

 できるだけ自然に、いつものように明るく話しかける。

「あ、三島さん!うん、すごかったねー!ドキドキしちゃったよ!」

 小春さんは、少し興奮した様子で答えてくれた。よし、まずは大丈夫そうだ。

「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけど」私は、少し声を潜め、周りを気にするような素振りを見せながら続けた。「今日の試合さ、月影女学院の応援席に、うちの卓球部の子、誰かいたの見たりしなかった?なんか、遠目に見えたような気がして…。」

 あくまで、「私が見たような気がした」という体で、彼女の反応を探る。

 小春さんは、少し首を傾げ、記憶を辿るように視線を上に向けた。

「えー?月影の応援席に?うーん、どうだったかなぁ…あ!でも、そういえば…」

 彼女が、何かを思い出したように、小さく声を上げた。私の心臓が、ドキリと跳ねる。

「れいかちゃんたちのグループの子、何人か、試合前に月影の選手とちょっと話してたのは見たかも。なんか、知り合いなのかなーって思ったけど。」

「れいかちゃんたちのグループの子が、月影の選手と…?」

「うん。幽基未来選手じゃなくて、他の…確か、ダブルスに出てた選手だったかな。誰だったっけな、名前…。」小春さんは、一生懸命思い出そうとしてくれている。

「確か、佐藤さん…だったかな?」

(青木れいかさんたちのグループが、月影の選手と接触…!これは、間違いなく重要な情報だ。)

「そ、そうなんだ!へぇー、知り合いだったんだねー。」私は、内心の動揺を悟られないように、できるだけ平静を装って相槌を打つ。「その子たち、最近、何か変わったこととか、コソコソしてるようなこととか、あったりする?」

 少しだけ、踏み込んでみる。

 小春さんは、うーん、と少し考え込んだ後、声をさらに潜めて言った。

「うーん、変わったこと、っていうか…最近、れいかちゃん、やけに静寂さんのこと気にしてる感じはするかな…。前は、なんか無視してるっていうか、関わらないようにしてる感じだったけど、最近は、遠くからじーっと見てたりとか、あの子も、部室でもしおりちゃんのロッカーの方、気にしたりとか…。」

「しおりちゃんのロッカーを…?」

 しおりちゃんの作戦メモがなくなったのは、部室のロッカーからだった。

(…間違いない。青木れいかさんたちのグループが、何かに関わっている。そして、月影女学院とも繋がっている…!)

「うん。なんかね、ちょっと怖い感じっていうか…前よりも、もっとこう、執念深い感じ?うまく言えないけど…。」小春さんは、少し不安そうな表情を浮かべた。

「そっか…教えてくれてありがとう、小春さん!すごく参考になったよ!」

 私は、小春さんにお礼を言うと、足早にその場を離れた。

 頭の中で、情報が繋がり始める。しかし、まだ確証はない。そして、何よりも、この情報をどうやってしおりちゃんや部長先輩に伝え、そして、どうすればいいのか…。

 私の「見えない戦い」は、まだ始まったばかりだ。

 そして、その先には、想像もしていなかったような、もっと大きな闇が広がっているのかもしれないという予感が、私の胸を重く締め付けていた。

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