熱血漢vs変化球(4)
部長 10 - 10 尾ヶ崎
体育館の興奮は、まさに最高潮に達しようとしていた。
この第一ゲーム、どちらが取るのか。全く予測できない、壮絶な戦いが続く。
サーブ権は部長。デュースに入り、1本ずつの交代となる。
絶体絶命のピンチから、同点に追いついた部長の瞳には、もはや迷いの色は一切ない。あるのは、目の前の強敵を打ち破るという、純粋で強靭な闘志のみ。
部長は、大きく息を吸い込み、そして、渾身の力を込めた、回転とスピードを両立させたロングサーブを、尾ヶ崎選手のバックサイド深くに叩き込んだ!
尾ヶ崎選手は、それをバックハンドで強引にドライブしてきたが、ボールはネットを大きく越え、オーバーする
部長 11 - 10 尾ヶ崎
ついに、部長がゲームポイントを握った!
観客席のあかねさんが、立ち上がり、祈るように手を組んでいるのが見える。
しかし、サーブ権は尾ヶ崎選手へ。
彼は、静かに、そして深く息を吸い込み、集中力を極限まで高める。その瞳の奥に、このゲームを絶対に渡さないという、揺るぎない意志が宿っている。
放たれたサーブは、これまでのどのサーブよりも鋭く、そして回転も複雑だった。部長のフォアサイド、ネット際に短く、そして強烈な横下回転がかかった、まさに変化球の真骨頂とも言える一球。
「うおおっ!」
部長は、そのサーブに対し、全身のバネを使って飛びつくようにしてレシーブを試みる。しかし、ボールの回転と低さが絶妙で、彼のラケットに当たったボールは、惜しくもネットを越えない。
部長 11 - 11 尾ヶ崎
再びデュース。体育館のボルテージは、もはや限界を超えている。
ここからは、まさに魂と魂のぶつかり合い。技術や戦術を超えた、精神力の勝負。
サーブ権は部長へ。
彼は、先ほどの失点を引きずることなく、すぐに気持ちを切り替える。その瞳は、ますますその輝きを増していた。
部長が放ったのは、彼の得意とする、強烈なトップスピンサーブ。しかし、コースは、これまでのバックサイドではなく、尾ヶ崎選手のフォアミドルを鋭く突く!
尾ヶ崎選手は、そのコース変更に一瞬反応が遅れた。咄嗟にフォアハンドで合わせようとするが、体勢が不十分で、ボールは甘く浮き上がる。
部長は、そのチャンスボールを見逃さない!一歩踏み込み、フォアハンドで、体育館の空気を震わせるかのような、強烈なスマッシュを叩き込んだ!
部長 12 - 11 尾ヶ崎
サーブ権は尾ヶ崎選手。
彼は、静かに構える。その表情からは、焦りの色は見えない。だが、その握りしめられたラケットからは、尋常ではないプレッシャーが伝わってくる。
そして、彼が選択したのは、同じモーションから、回転をかけずに、ただ短く、そして低く、部長のフォア前に「置く」ような、完全なナックルサーブだった。先ほど、部長を苦しめたサーブ。
しかし、部長は、今度はそのサーブの軌道を完璧に読んでいた!
「見えてるぜ!」
彼は、力強く前に踏み込み、そのナックルサーブを、低い体勢から、まるで掬い上げるかのような、絶妙なタッチのフォアハンドフリックで、尾ヶ崎選手のバックサイド、オープンスペースへと流し込んだ!
尾ヶ崎選手は、その完璧なレシーブに、ラケットを合わせようとするが、その軌道は虚しく空を切る。
部長 13 - 11 尾ヶ崎
………静寂。
そして、少しした後、割れんばかりの歓声と拍手によって、すぐにかき消された。
セットカウント 部長 1 - 0 尾ヶ崎
「っしゃあああああああああああ!!!」
部長は、両手を天に突き上げ、これまでの人生で最大ではないかと思われるほどの、魂の雄叫びを上げた。その顔には、汗と、そしてほんの少しの涙が光っているように見えた。
まさに、壮絶な死闘。パワーと変化、そして何よりも精神力がぶつかり合った、第一ゲーム。それを制したのは、最後まで諦めなかった、第五中学校、部長猛だった。
私は、ベンチで、その光景を静かに見つめていた。彼の「王道」の強さ。そして、私の「異端」な言葉が、ほんの少しでも、彼の力になったのだとしたら…。
私の「静寂な世界」に、また一つ、温かく、そして力強い「熱」が流れ込んでくるのを感じていた。