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異端の白球使い  作者: R.D
県大会編 準決勝
113/674

熱血漢vs変化球(2)

 私の脳裏に、警鐘が鳴り響く。この試合、まさに「パワー vs 変化球」。そして、その裏にある「粘り」と「戦術」のぶつかり合い。

 しかし、今の部長は、その「粘り」を発揮する前に、相手の術中に落ち込み、自身の「パワー」すらも封じられている。焦りと苛立ちで濁り始め、その輝きを失いつつあった。

 部長は、ユニフォームで汗を拭い、重苦しい表情で私の方を一瞬だけ見た。その瞳には、「どうすればいいんだ」という、迷いと焦りの色が浮かんでいる。いつもの彼からは想像もできない、弱気な光。

 その瞬間、私は、意を決した。

 タイムアウトはまだ取れない。具体的な戦術指示もできない。しかし、今の彼に必要なのは、複雑な分析や指示ではない。彼が本来持っている「何か」を呼び覚ます、ほんの少しの「きっかけ」だ。

 私は、ベンチから、決して大きな声ではないが、しかし彼の心に直接届くように、静かに、そして強い意志を込めて言った。

「――部長。私の『玉』を、思い出してください。」

 その言葉は、体育館の喧騒の中では、誰にも聞き取れないほど小さなものだったかもしれない。しかし、それは、私と部長の間でだけ通じる、特別な意味を持つ「符丁」。

「私の玉」――それは、私が繰り出す、あの予測不能なスーパーアンチのナックルボールであり、相手の思考を停止させるデッドストップであり、そして時には、常識を覆す模倣サーブや、あの「カットのモーションからのドライブ」のような、規格外の「異端」の数々。それらに、彼は練習で何度も苦しめられ、そして、その度に「なんだそりゃ!」「お前の球はわけわからん!」と叫びながらも、食らいついてきたはずだ。

 部長の肩が、ピクリと反応した。彼は、驚いたように私を見つめ、そして、その瞳の奥で、何かが閃いたように、ほんのわずかに光が戻った。

「…しおりの…『玉』…?」

 彼は、小さく呟き、そして、次の瞬間、彼の顔から、先ほどまでの焦りの色が、まるで霧が晴れるように消え去った。代わりに、いつもの、あの不敵な、そして全てを力でねじ伏せんとするような、獰猛な笑みが浮かび上がってきた。

「…はっ!そうだったな!お前のあの、クソみてえに変化する、ワケのわかんねえ『玉』に比べりゃ、こいつの変化球なんざ、まだまだ甘っちょろいぜ!」

 彼は、自分自身に言い聞かせるように、そして私に応えるように、力強く言い放った。

「見てろよ、しおり!俺は、まだ終わっちゃいねえ!こいつの『変化』なんざ、俺の『パワー』で、真正面から叩き潰してやる!!」

 その言葉と共に、部長の纏う雰囲気が、再び力強く燃え盛るのを感じた。それは、もう迷いのない、純粋な闘志の炎。

 彼は、ラケットを強く握りしめ、そして、尾ヶ崎選手を真っ直ぐに見据えた。

 部長のサーブ。1本目。

 彼は、もう迷わない。小細工なし。持ち前のパワーを最大限に活かした、強烈なトップスピンサーブを、尾ヶ崎選手のバックサイド深くへと、まさに弾丸のような速さで叩き込んだ!

 尾ヶ崎選手は、そのあまりにもストレートで、そして強烈なサーブに対し、一瞬反応が遅れた。彼は、部長がまた何か変化をつけてくるか、あるいは精神的に揺らいでいると予測していたのかもしれない。

 咄嗟にバックハンドでブロックしようとするが、ボールの威力に完全に押され、ラケットは弾き飛ばされそうになる。返球は、高く、そして甘く、部長のフォアサイドへと上がった。

 絶好のチャンスボール。

「うおおおおおっ!」

 部長の咆哮が、再び体育館に響き渡る。

 彼は、そのボールに対し、全ての力を右腕に込め、そして、コート全体に響き渡るかのような、雷鳴にも似た打球音と共に、渾身のフォアハンドスマッシュを、尾ヶ崎選手のいないバックサイド、オープンスペースへと叩き込んだ!

 ボールは、もはや目で追えないほどの速度で、相手コートに突き刺さった!

 部長 1 - 4 尾ヶ崎

 ついに、1ポイント。

 部長は、力強く拳を握りしめ、そして、ベンチの私に向かって、ニヤリと、そして感謝を込めたような笑みを浮かべてみせた。

(…そうだ。彼の「パワー」は、まだ死んではいない。そして、私の言葉も、彼を後押しできるはずだ。)

 この試合、本当の戦いは、まだ始まったばかり。

 尾ヶ崎選手の「変化」に対し、部長の「パワー」と、そして私の「異端」な分析が、どう立ち向かっていくのか。

 私は、静かに、しかし確かな期待を込めて、その戦いを見守り始めた。


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