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異端の白球使い  作者: R.D
県大会男子準決勝
112/674

熱血 vs 変化球

「――男子シングルス準決勝、第一コート、第五中学校、部長猛選手対東雲中学校、尾ヶ崎仁選手!」


 アナウンスと共に、体育館の空気が一気に引き締まる。


 観客席からは、両選手への期待と緊張が入り混じった大きな拍手が送られた。


 部長は、力強く一度頷くと、私と、そして観客席のどこかで見守っているであろうあかねさんに向けて、不敵な笑みを浮かべ、そしてコートへと向かった。


 その背中からは、これまでのどの試合とも異なる、静かだが確固たる決意と、そして仲間への信頼が溢れ出ているように見えた。


 対する尾ヶ崎選手は、既にコートの反対側で静かに待っていた。


 その佇まいは、やはりどこか掴みどころがなく、しかし内に秘めた闘志は、その鋭い眼光から窺い知れる。


 彼が纏う雰囲気は、分析した通り、一筋縄ではいかない変化と粘りを予感させた。


 私は、ベンチに深く腰掛け、ラケットケースの上に置いたノートに視線を落とす。


 そこには、尾ヶ崎選手の予測される戦術パターンと、それに対する部長の最適解のシミュレーションが、いくつかの分岐と共に記されている。


 試合開始のコール。


「「よろしくおねがいします!」」


 第五中学校 部長猛 vs 東雲中学校 尾ヶ崎仁


 セットカウント 0 - 0


 サーブ権は部長から。


 部長は、大きく息を吸い込み、そして、持ち前のパワーを最大限に活かした、強烈なトップスピンサーブを、尾ヶ崎選手のバックサイド深くへと叩き込んだ!


 初手から、主導権を握ろうという明確な意志表示。


 私のアドバイス通り、まずは自分の「パワー」で相手を威圧する。


 しかし、尾ヶ崎選手は、そのパワーサーブに対し、驚くほど冷静だった。


 彼は、台から一歩も下がることなく、コンパクトなスイングのバックハンドブロックで、ボールの威力を巧みに殺し、そして、信じられないほど厳しい角度で、部長のフォアサイド、ネット際に短くコントロールされた返球を見せた!


 それは、相手の強打を逆手に取るような、絶妙なブロック。


「なっ…!」


 部長の体が、その予期せぬコースと短さに、一瞬反応が遅れる。


 彼は、慌てて前に踏み込もうとするが、体勢は完全に崩れている。


 なんとかラケットに当てたボールは、力なくネットを越えず、自身のコートに落ちた。


 部長 0 - 1 尾ヶ崎


(…やはり来た。あの相手の力を利用し、コースを的確に突いてくる、いやらしいまでのブロック。そして、あの独特の回転処理。部長のパワーサーブですら、簡単には通用しない)


 私の脳は、瞬時に相手の技術レベルと戦術意図を分析する。


 続く部長のサーブ2本目。


 今度は、回転の種類を変え、横回転を強くかけたサーブを、尾ヶ崎選手のフォアミドルへ。


 尾ヶ崎選手は、それに対しても、表情一つ変えず、今度はフォアハンド。


 そしてラケット面を僅かに滑らせるようにして、ボールの回転を微妙に変化させながら、再び部長のフォアサイド、今度はより深い位置へとコントロールされた返球を送り込んできた。


 そのボールは、僅かに揺れながら、部長の予測をほんの少しだけ外していく。


 部長はそのボールに食らいつき、フォアハンドドライブを放つ。


 しかし、尾ヶ崎選手の返球の回転が影響しているのか、あるいはコースの読みに迷いが生じているのか、そのドライブは、僅かに台の角を掠め、サイドアウトとなった。


 部長 0 - 2 尾ヶ崎


(…尾ヶ崎選手、完全に部長のパワーを封じ込め、自分の得意な「変化」と「コントロール」の土俵に引きずり込もうとしている。そして、その戦術は、今のところ完璧に機能している)


 私の分析は、厳しい現実を突きつける。


 サーブ権は尾ヶ崎選手へ。


 ここから状況はさらに悪くなるだろう、彼の真骨頂である変化の激しいサーブが来る可能性が高い。


 私はベンチから、部長の表情と、そして尾ヶ崎選手の僅かな動きも見逃すまいと、全神経を集中させる。


 尾ヶ崎選手は、独特の、体を沈み込ませるようなバックハンドサーブのモーションに入った。


 そこから放たれたサーブは、強烈な横下回転を帯び、部長のバックサイド、ネット際に短く、そして台の外側へと鋭く逃げていくようにバウンドした!


「くそっ…読めねえ!」


 部長は、そのいやらしいサーブに対し、懸命にラケットを合わせようとするが、ボールはラケットの面を滑るようにして僅かに浮き上がり、甘いチャンスボールとなってしまった。


 尾ヶ崎選手はそのボールを見逃さない。


 静かに、しかし素早く踏み込み、コンパクトなスイングのバックハンドで、部長のフォアサイド、オープンスペースへとまるで置き去りにするかのような、絶妙なコースへとコントロールされたプッシュを送り込んできた。


 部長は、そのボールに飛びつくが、一歩及ばず、ボールは無情にもツーバウンドした。


 部長 0 - 3 尾ヶ崎


 続く尾ヶ崎選手のサーブ2本目。


 今度は同じモーションから回転をかけずに、ただ短く、そして低く、部長のフォア前に「置く」ような完全なナックルサーブだった。


 部長は、先ほどの横下回転サーブを警戒し、ラケットの角度を合わせていた。


 しかしそこに飛んできたのは、回転のない、力のないボール。


 彼のツッツキは、そのボールの勢いを予測できず、高く、そして甘く浮き上がった。


 尾ヶ崎選手は、そのチャンスボールを冷静に、しかし確実に、フォアハンドで部長のいないバックサイドへと、鋭く打ち抜いた。


 部長 0 - 4 尾ヶ崎


(…まずい。完全に相手の術中に嵌っている。部長の「パワー」が、尾ヶ崎選手の「変化」と「戦術」の前に、全く機能していない。このままでは…)


 私の脳裏に、警鐘が鳴り響く。


 この試合、まさに「パワー vs 変化球」


 そして、その裏にある「粘り」と「戦術」のぶつかり合い。

 部長の、そして私たちの本当の戦いが、今試されている。

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