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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 男子準決勝
111/674

作戦

 後藤選手は私にも軽く会釈すると、静かにその場を立ち去った。


「…ったく、あいつも変わった奴だな。だがまあ、悪い気はしねえ」


 部長は後藤選手が去った方向を見つめながら、少しだけ照れくさそうに、しかしどこか嬉しそうに呟いた。


 そしてすぐに表情を引き締め、私に向き直る。


「さて、と。しおり、最終確認だ。相手の尾ヶ崎…お前の分析だと相当厄介なんだろ?」


 私は、静かに頷く。


「はい…、あかねさんが収集してくれた断片的な情報と、これまでの彼の勝ち上がり方、…尾ヶ崎選手は、極めて高度な戦術眼と、それを実行するだけの技術、そして何よりも強靭な肉体と精神力を持った選手である可能性が高いです」


 私の声はいつものように平坦だが、その奥には、未知の強敵に対する最大限の警戒と、それを分析し尽くそうという強い意志が込められている。


「彼のプレースタイルは、独特のサーブと粘り強いバックハンド、そして相手の嫌がることを徹底する戦術、ここがコアになっていると予測されます。特に警戒すべきは、彼のサーブです」


 私は、脳内でシミュレートした尾ヶ崎選手のサーブの軌道と回転を思い浮かべながら続ける。


「モーションからは回転が読みにくくコースも多彩。特に、バックハンドから繰り出される、強烈な横回転系サーブはあなたのレシーブを限定させ、ラリーの主導権を奪うための主要な武器となるでしょう。まずは、あのサーブをいかに攻略するか、あるいは、いかに影響を最小限に抑えるかが、第一のポイントです」


「…なるほどな。サーブで崩されて、好き勝手やらせるわけにはいかねえ、と」

 部長が、真剣な表情で腕を組む。


「レシーブは、思い切って踏み込んでいくか、あるいは、あえて変化をつけて相手のミスを誘うか…」


「どちらも有効な選択肢となり得ますが、相手のサーブの種類と質を見極めるまでは、リスクを抑えた、確実な返球を優先すべきかもしれません。そして、ラリーになった場合、彼はあなたのパワーを警戒し、徹底してコースを突き、あなたの体勢を崩しにかかってくるでしょう。粘り強いブロックと、予測困難なカウンターで、あなたの得意な強打を封じ込めてくる可能性も高い」


 私は淡々と分析結果を述べる。


 それは、決して楽観的なものではない。


 しかし、絶望的なものでもない。


「つまり俺のパワーだけじゃ、押し切れねえかもしれねえってことか」


 部長の声にほんの少しだけ、焦りの色が混じる。


「はい。力押しだけでは、彼の術中に嵌る可能性があります。あなたの持つ『パワー』を最大限に活かすためには、それを『いつ、どこで、どのように使うか』という、戦術的な判断が重要になります。そして、彼が最も嫌がるであろうことは、あなたのその『パワー』に、以前後藤選手との試合で見せたような『泥臭い粘り』と、『予測不能な変化』が加わることです」


 私の言葉に、部長はハッとしたように顔を上げた。


「あなたは、時に冷静な判断を曇らせるノイズが混じりますが、それを制御し、最後まで諦めない粘りへと昇華させることができれば、尾ヶ崎選手のどんな変化球や粘りにも、必ず対抗できるはずです。そして、私がベンチから、彼の僅かな癖や、戦術の変化を分析し、あなたに伝達します」


 私は、部長の瞳を真っ直ぐに見つめ、静かに、しかし確信を込めて言った。


「あなたは、あなたの『パワー』と『粘り』を信じてください。そして私は、私の『分析』を信じます。それで、勝てない相手ではないはずです」


 私のその言葉で部長の瞳に、再び力強い光が宿った。


「…はっ、そうだな!しおり、お前がいれば、百人力だ!俺は、俺の卓球を信じる。そして、お前のそのふざけた分析を、とことん信じてやるぜ!」


 彼は、いつものようにニカッと笑い、私の肩を力強く叩いた。


 その手からは、私への絶対的な信頼と、そしてこれから始まるであろう激闘への、高揚感が伝わってくる。


「あかねも今頃、相手の情報を集めるために必死で走り回ってくれてるはずだ。俺たちは、三人で戦ってるんだからな!」


 部長の言葉に、私は静かに頷いた。


 作戦メモの情報漏洩という、見えない敵の存在。


 そして、目の前の尾ヶ崎選手という強大な壁。


 しかし今の私は、孤独ではない。


 この仲間たちと共に、必ず、この試練を乗り越えてみせる。


 まもなく、部長の準決勝のコールがかかるだろう。


 私の「異端の白球」は今、新たな形で、仲間の「王道」を支えようとしていた。

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