燃える熱血漢
「あかねさん。本来であれば、次の部長の準決勝、あなたがベンチに入り、彼をサポートする予定でしたね。ですが、もし可能であれば、その時間を使って、あの女子部員の行動や、彼女と月影女学院側の接触について、何か情報を収集していただけないでしょうか。もちろん、危険なことは避けて、可能な範囲で構いません。」
私のその唐突な提案に、あかねさんは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、すぐにその瞳に強い意志の光を宿らせた。
「…分かった、しおり。私にできることなら、何でもするよ!部長先輩のためにも、そして、しおりのためにも!」
彼女は、私の手を強く握りしめた。その温かさが、私の心に染みる。
「おいおい、じゃあ、俺のベンチは誰が入るんだよ?」部長が、少しだけ寂しそうな、しかしどこか面白がるような口調で言った。
私は、彼に向き直り、静かに、しかし確かな声で告げた。
「…私が、入ります。部長。あなたの準決勝、私にサポートさせていただけませんか?あなたの戦術分析、そして尾ヶ崎選手の攻略パターンについては、既にいくつかの仮説を構築済みです。声援はありませんが、そこはトレードオフです。」
私は、あかねさんを見てから、部長に向き直る。
部長は、私のその言葉と、真剣な眼差しに、一瞬虚を突かれたような顔をしたが、すぐに、いつものようにニカッと笑った。
「…はっ!おもしれえ!お前が俺のベンチに入るってか!そりゃあ、相手もビビるだろうな!よし、分かった、しおり!俺の準決勝、お前のその『異端』な頭脳、存分に貸してもらうぜ!」
彼は、私の提案を快く受け入れてくれた。その瞳には、私への絶対的な信頼が宿っている。
こうして、部長の準決勝では、私があかねさんの代わりにアドバイザーとしてベンチに入ることになった。あかねさんは、少しだけ残念そうな顔をしたが、「しおりなら、絶対部長先輩を勝たせてくれるって信じてるから!」と、力強く私たちを送り出してくれた。
部長がウォーミングアップを始めようとした、その時だった。
「――赤木。」
静かで、しかし芯の通った声が、私たちの背後から聞こえた。振り返ると、そこには、ジャージ姿の後藤 護選手が立っていた。彼の表情は、試合の時とは異なり、どこか穏やかで、そして何かを吹っ切れたような清々しさがあった。
「後藤…お前、いたのか。」部長が、少し意外そうに言う。
「ああ。お前の試合を見たいと思ってな。」後藤選手は、真っ直ぐに部長を見つめ、そして続けた。「俺はお前に負けた。だが、お前のあの執念、そして…お前の隣にいる、その後輩の存在。正直、羨ましいとさえ思ったよ。」
彼の視線が、私に向けられる。その瞳には、敵意はなく、むしろ純粋な興味と、そして何かを理解したような色が浮かんでいた。
「赤木。お前が『今度こそ守る』と決めたもの、そして、『あいつと同じ舞台に上がる』という目標。それが何なのか、俺にはまだ全ては分からない。だが、今日の試合、お前なら必ず勝てる。俺はそう信じてる。」
後藤選手は、そう言って、部長に右手を差し出した。
「…頑張れよ、猛。」
初めて、彼は部長を下の名前で呼んだ。
部長は、驚いたように目を見開いたが、すぐに力強くその手を握り返した。
「…ああ!サンキューな、護!お前の分まで、絶対に勝って、決勝に行ってやる!」
二人の間には、かつての幼馴染としての絆と、そしてライバルとしての敬意が、確かに通い合っているように見えた。
後藤選手は、私にも軽く会釈すると、静かにその場を立ち去った。
彼の言葉は、部長にとって、そして私にとっても、大きな力となるだろう。
さあ、部長の準決勝が始まる。相手は、あのオフチャロフ選手のような戦術を使うという、尾ヶ崎選手。
私の「異端」な分析と、部長の「王道」の力が、今、試される時だ。