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異端の白球使い  作者: R.D
県大会 女子準決勝
106/674

守備を貫くサーブ

(…読まれていた。私の、最後の攻撃すらも。いや、それだけではない。何か、私がまだ理解できていない「仕掛け」が、そこにはある)


 私の体から、力が抜け落ちていく。


 幽基未来、彼女の「異質さ」は、私の分析の遥か先にあるのかもしれない。


 この第四ゲーム、そしてこの試合の行方は、もはや誰にも予測できない混沌の領域へと突入しようとしていた。


 サーブ権は幽基選手。


 彼女は、先ほどのスーパープレーにも表情一つ変えず、静かに、そしてどこか底知れないプレッシャーを放ちながらサーブの構えに入る。


 その瞳は、私の僅かな動き、呼吸のリズムさえも見逃すまいと鋭く私を捉えている。


 彼女から放たれたサーブは、私のフォアサイドへ低く、そして強い下回転がかかった質の高いショートサーブ。


 私が最も処理に迷い、そして甘い返球をしやすいコースだ。


 彼女は、私の作戦メモの情報がなくとも、これまでの試合展開から私の弱点を的確に分析し、そこを突いてきている。


 私はそのサーブに対し、ラケットを裏ソフトの面に持ち替え、体を鋭く台に入れ込み、そしてボールのバウンドの直後、ライジング気味に捉え、手首のスナップを利かせた。


 そしてコンパクトなフォアハンドフリックで、未来選手のバックサイドを狙った!


 それは、カットマンが最も嫌う、早い打点での攻撃的なレシーブ。


 幽基選手はその鋭いフリックに対し、驚くほどの反応速度で対応し、バックハンドでカットの体勢に入る。


 しかし私のフリックは、彼女の予測よりも僅かにコースが厳しく、そして回転量も多かった。


 彼女のカットはネットを越えたものの、やや山なりに、そして私のフォアサイドへと、少しだけ甘く浮いた。


 …来た!これが、私が待っていたボール!


 私は、今度こそその甘い浮き球を見逃さない。


 一歩踏み込み、裏ソフトの面で、強烈なフォアハンドドライブを叩き込む――と、見せかけた。


 ラケットを振り上げるモーションは、まさに強打そのもの。


 幽基選手の体がその強打に備えて、わずかに後退し、身構えるのが見えた。


 しかし、インパクトの瞬間――私はラケットの角度をほんのわずかに変えボールの威力を完全に殺し、そして、ネット際にふわりと、まるで羽が落ちるかのような、ドロップショットを、未来選手のフォア前に落とした。


 それは、強打を予測して後方に意識が向いていた彼女の完全に意表を突く一打。


 私の「異端」は、時に、最も単純な「王道」の戦術の中に、その牙を隠す。


「なっ…!?」


 幽基選手は、完全に体勢を崩された。


 慌てて前に踏み込もうとするが、その足はもつれ、彼女の伸ばしたラケットは、虚しくボールの上を通過する。


 静寂 1 - 1 幽基未来


(…成功。「カット戦」という相手の予測を裏切り、その思考の前提を破壊する。私の「異端」は、常に変化し、進化し続ける。あなたのデータは、もう古い)


 控え場所から小さく、しかし確かなあかねさんの「やった!」という声援が聞こえてくる。


 幽基選手は初めて、その静かな表情に、ほんのわずかな動揺の色を浮かべた。彼女の纏う、底知れない湖のような雰囲気が、ほんの少しだけ波立ったのが見て取れた。


 彼女は、ゆっくりと私を見つめ、そして、その瞳の奥に、新たな分析と、そして私という存在への、より深い警戒心を宿らせたようだった。


 サーブ権は私。


 この流れを、絶対に渡さない。


 私はここで、さらに彼女の予測の斜め上を行く。


 ボールを高く、体育館の天井に届かんばかりのハイトスサーブのトスを上げた。


 その異様な高さのトスに、未来選手だけでなく、観客席も、そして部長やあかねさんまでもが息をのむ。


 ハイトスサーブは、落下してくるボールのスピードと回転を見極めるのが非常に難しく、タイミングを合わせるのが困難なサーブだ。


 コントロールもまた難しい。


(…ハイトスサーブ。この高さからの落下エネルギーを利用し、回転とスピードに変化を生み出す。そして何よりも、相手のタイミングを完全に狂わせるための「視覚的なノイズ」)


 私は、落下してくるボールのほんの一瞬のタイミングを捉え、ラケットを鋭く振り抜いた。


 放たれたボールは、強烈な下回転と、ほんのわずかな横回転を帯び、低い弾道で、幽基選手のフォアサイド、ネット際に、まるで吸い込まれるようにして突き刺さった。


「なっ…!?」


 幽基選手は、その異様な高さのトスからの、予測不能な落下点と回転の変化に、全く反応できなかった。


 彼女の体は、その場に釘付けになったかのように動けない。


 ラケットを出すことすらできず、ボールは静かにツーバウンドした。


 静寂 2 - 1 幽基


 体育館が、再び大きなどよめきに包まれる。


「あの子、本当に中学生か…?底が知れねえ…!」


 続く私のサーブ2本目。


 幽基選手の表情には、先ほどのハイトスサーブの衝撃が色濃く残っている。


 彼女の思考は、次に私が何を仕掛けてくるのか、完全に混乱しているだろう。


 ハイトスサーブを警戒し、彼女の立ち位置がほんのわずかに後ろに下がったのを、私は見逃さない。


 私は今度は、ハイトスではなく、体を大きく横にひねり、ラケットを体の内側から外側へと巻き込むように振り抜く、強烈な巻き込みサーブのモーションに入った。


 YGサーブとは逆の回転、そして横回転と上回転が複雑に混じり合う、これもまた極めて高度な技術を要するサーブ。


(…巻き込みサーブ。YGサーブとは逆方向の横回転。相手のレシーブの角度を狂わせ、甘い返球を誘う。そして、このサーブは、私の作戦メモには記述していない、完全に新しい「データ」)


 ボールは、私のラケットから放たれると同時に鋭い横回転を帯び、未来選手のバックサイド深くへと、低い弾道で、そして台の外側へと大きく逃げていくように曲がりながらバウンドした!


「…くっ…!」


 幽基選手はその強烈な横回転と、台の外へと逃げていく軌道に、完全に体勢を崩された。


 懸命にラケットを伸ばすが、ボールは彼女のラケットの先端をかすめ、コートの外へと大きく弾け飛んでいった。


 静寂 3 - 1 幽基


 私の「異端」なサーブが、幽基選手の「異質」な守備を、そして彼女の冷静な思考を、完全に打ち破りつつあった。


 作戦メモの情報は、もはや彼女にとって何の役にも立たない。なぜなら私は、常に進化し、変化し続けるのだから。


 このゲーム、そしてこの試合の主導権は、今確かに私の手にあった。

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