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異端の白球使い  作者: R.D
県大会女子準決勝
104/674

情報の整理

「しおりちゃん!やったじゃない!すごい!本当にすごいよ!」


 あかねさんが、目に涙を浮かべながら、しかし満面の笑みで私を迎えてくれる。


 その手には、いつものように新しいドリンクと、汗を拭くための乾いたタオルが用意されていた。 


 彼女の献身的なサポートは、今の私にとって、何よりも心強い。


「…まだです、あかねさん。相手はまだ諦めていません。」


 私は彼女の興奮を鎮めるように、静かに、しかし確かな口調で言った。私の体力は限界に近い。


 しかし、思考はまだクリアだ。


「うん…でも、さっきのしおりちゃん、本当にすごかった。未来選手、完全にしおりのペースに飲まれちゃってたもんね。あのYGサーブからのスマッシュ、鳥肌が立ったよ!」


 あかねさんは、私の言葉に頷きながらも、興奮冷めやらぬ様子で続ける。


 彼女のノートには、既に今のゲームのポイントの動きが、びっしりと書き込まれているのだろう。


「…YGサーブは、あくまで奇襲です。同じ相手に何度も通用するものではありません。そして、あのスマッシュも、彼女の思考が私のサーブに集中していたからこそ、効果的に決まった。次の第四ゲーム、彼女は必ず何かを変えてきます」


 私は、ドリンクを一口飲み、思考を整理する。


「第一ゲーム、彼女は私の作戦メモの情報を利用し、私を精神的に追い詰めました。第二ゲーム、私はそれを逆手に取り、彼女の予測の裏をかくことでゲームを奪い返しました。そして、この第三ゲーム…彼女は、私の『異端』な変化に対し、自身の『異質』なカットで応戦しようとしましたが『未知の変数』の前に、再び思考の前提が崩された」


「うんうん!」


 あかねさんが、熱心に私の言葉に耳を傾ける。


「問題は、次です」


 私は、あかねさんの目を真っ直ぐに見据える。


「彼女は、もはや作戦メモの情報にも、そして自身のこれまでの戦術にも、完全な信頼を置けなくなっているはずです。追い詰められた強者は、時に、全てを捨てて、最も原始的で、そして最も予測不能な行動に出ることがあります。それは、捨て身の攻撃かもしれないし、あるいは、これまでの彼女の『異質さ』とは全く異なる、新たな『何か』かもしれません」


「新たな、何か…?」


 あかねさんの表情に、再び緊張の色が浮かぶ。


「はい。私の分析では、彼女が次に取るべき最適な行動パターンは、まだ明確にはじき出せていません。データが、不足している。だからこそ、次のゲームの序盤は、これまで以上に慎重に、そして相手の出方を徹底的に観察する必要があります」


 私は、自分のラケットを見つめながら、静かに続ける。


「そして、あかねさん。もし、私が苦しい状況に陥っても…タイムアウトは、私が明確な指示を出すまで、取らないでください」


「えっ…?で、でも、しおりちゃん、さっきもすごく辛そうだったし…!」


「私の体力は、確かにもう限界に近い。しかし、この試合、私には、私の『異端』を最後まで貫き通す覚悟があります。そして、そのためには、相手の思考を読み、そのさらに先を行く必要がある。タイムアウトは、その思考の流れを断ち切ってしまう可能性がある」


 私の言葉には、有無を言わせぬ響きがあった。


 それはあかねさんへの信頼と、そして自分自身への、ある種の「賭け」でもあった。


 あかねさんは、私のその言葉と、瞳の奥に宿る静かな決意を読み取ったのだろう。


 一瞬戸惑いの表情を見せたが、すぐに力強く頷いた。


「…分かった、しおりちゃん。信じてる。その綺麗なの卓球を、最後まで」


 その言葉が私の胸の奥に、新たな、そして温かいエネルギーを注ぎ込む。


 インターバル終了のブザーが、間もなく鳴り響く。


 第四ゲーム。


 私の「異端」と、未来選手の「異質」。


 その最後の戦いが、始まろうとしていた。

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