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第8話 招かれざる(?)訪問者たち

「子爵様の『裏の仕事』…ね」

 ピート少年を修道院の一室に匿い、温かいスープを飲ませて落ち着かせながら、私は改めて詳しい話を聞いていた。怯えながらも、少年は知っていることを正直に話してくれた。


「ジャックの奴、いつも威張ってて…子爵様の名前を出して、僕たちみたいな弱い者から無理やり食べ物やお金を巻き上げたり…夜中に、子爵様の指示だって言って、怪しげな木箱をどこかへ運んだりするのも見たことがあります…」

「怪しげな木箱…」

 なるほど、ダドリー子爵はジャックのようなチンピラを使って、汚れ仕事をやらせているわけね。問題は、その「裏の仕事」の中身だわ。ピート君の話だけでは、まだ核心には迫れない。


(こうなったら、やはり直接乗り込むしかないわね)

 私は決意を固めた。子爵家に潜入し、証拠を掴む。危険は伴うけれど、それが一番手っ取り早い。

「ルーク、潜入計画を変更するわよ」

 ちょうど部屋に戻ってきたルークに、私は告げた。

「吟遊詩人は却下されたから…そうね、『王都の没落貴族の娘で、糊口をしのぐために家庭教師の職を探している』というのはどうかしら? これなら、多少知識があっても怪しまれないでしょう?」

「家庭教師…ですか。それなら、まだ現実的かもしれませんが…」

 ルークは渋々といった様子で頷いた。彼は私が危険な場所へ行くことに、いつも反対なのだ。でも、心配してくれるのは嬉しいけど、私の能力を信じてほしいものね。


 ◇◆◇


 その頃、王都から辺境へと向かう馬車の中では、アンセル・マーティン検事補とセレナ・アシュフォード嬢が、それぞれ重い沈黙の中にいた。


(レイナ・フローレンス嬢の断罪…あの時、提示された証拠は本当に正しかったのだろうか?)

 アンセルは、窓の外を流れる景色に目を向けながら、事件のことを考え続けていた。ヒロインであるセレナ嬢への度重なる嫌がらせ、その「証拠」とされる品々、そして決定打となった王子や取り巻きたちの「証言」。だが、改めて資料を読み返すと、いくつかの不自然な点が浮かび上がってきたのだ。

(証拠品の入手経路が曖昧すぎる。証言も、皆が口裏を合わせたように同じ内容…まるで、誰かが描いた筋書き通りに…)

 もし、レイナ嬢が無実だとしたら? 真犯人は別にいる…? その可能性に 생각이 미치자(思い至ると)、アンセルは居ても立ってもいられなくなり、半ば衝動的に辺境へと向かうことを決めたのだ。


 隣に座るセレナもまた、複雑な表情で窓の外を見つめていた。

(レイナ様が無実…? そんなこと…でも、もし本当にそうだとしたら、あの方を陥れたのは一体誰…?)

 セレナは、レイナが断罪された後、自分なりに事件のことを調べていた。そして、いくつかの奇妙な事実に突き当たっていたのだ。レイナが犯人とされる嫌がらせが起こった日時のいくつかに、彼女には確かなアリバイが存在したこと。そして…断罪の中心にいたはずの王子や取り巻きたちの間に、事件後、不自然な金の流れがあったこと。

(このことは、まだアンセル様には話していないけれど…)

 セレナは、アンセルがレイナに会おうとしていることを知り、半ば強引に同行を申し出た。自分の目で確かめたい、という思いもあったし、何より、もし本当にレイナが無実だったとしたら、自分にも何かできることがあるのではないか、と考えたからだ。


 ◇◆◇


 一方、修道院では、ルークがジャックに関する更なる情報を持ち帰っていた。

「ジャックは、町の賭博場に入り浸っており、相当な額の借金を抱えているようです。しかし、ここ最近、急に羽振りが良くなったと。本人も『子爵様から大きな仕事をもらった』と吹聴していたとか」

「大きな仕事…借金返済のための、危ない橋を渡るような仕事、かしらね」

 私の推理は確信に変わっていく。

「さらに、子爵家には夜中に頻繁に荷物が運び込まれている、という噂も。町の商人たちの話では、子爵が最近、禁止されているはずの隣国産の高級織物を扱っている、という話も…」

「密輸…!」


 これで決まりね。ダドリー子爵は、ジャックのような手駒を使って密輸を行い、私腹を肥やしている。ピート少年が見た怪しげな木箱も、おそらく密輸品だろう。ジャックが羽振りが良くなったのも、その報酬か、あるいは口止め料か。


(よし、証拠さえ掴めば、子爵の悪事を白日の下に晒せるわ。アンセル検事補が来る前に、この辺境の厄介事を綺麗に片付けておきましょう!)

 私は意気込み、家庭教師風の地味だが仕立ての良いドレス(もちろん、動きやすいように自分で改造済みだ)に着替え始めた。

「ルーク、今夜決行よ。あなたは外で見張りをお願い。私は家庭教師志望者を装って、うまく中に潜り込むわ」

「レイナ様、やはり危険です! 私が代わりに…」

「いいえ、こういうのは女性の方が怪しまれないものよ。大丈夫、何かあったら合図するわ」

 私が懐に小型のナイフと、いざという時のための発煙筒(これも自作)を忍ばせていると、またしても廊下が騒がしくなった。


 今度は、年配のシスターが、息を切らして部屋に飛び込んできた。

「レ、レイナ様! 大変です! お、お客様が…! 王都からのお客様が、お見えになりました!」

「王都から? まさか、もうアンセル検事補が…?」

 私の予想より、ずいぶん早い到着だわ。準備がまだなのに、と焦りを感じたが、シスターの次の言葉に、私は完全に思考を停止させられた。


「いえ、それが…検事補様ではなく…その、大変お美しい方で…アシュフォード侯爵令嬢様と、名乗られておりますが…」


「………………は?」


 セレナ・アシュフォード!? あの乙女ゲームの正ヒロインが、なぜ、こんな辺境の修道院に!? しかも、アポなしで!?


 私は、手にした発煙筒を落としそうになりながら、呆然と立ち尽くした。これから子爵家に潜入しようという、この最悪のタイミングで、一番会いたくない(かもしれない)人物の、まさかの来訪。

 私の波乱万丈なセカンドライフは、どうやら、ますます予測不可能な方向へと転がり始めたらしい。

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