第7話 新たな依頼人と、王都からの訪問者?
銀の燭台事件が解決し、修道院内に(一時的にかもしれないけれど)平穏が戻った翌朝。私とルークは、早速、次のターゲットであるダドリー子爵家の再調査計画を練っていた。
「前回の薬売り作戦は成功したけれど、さすがに同じ手は使えないわね…今回は、そうね、『物見遊山でこの地を訪れた、裕福な商人の娘とその護衛』というのはどうかしら?」
私はコルクボードに新しい人物設定を書き込みながら、ニヤリと笑う。
「子爵夫妻に直接会う機会があれば、何かボロを出すかもしれないし。そのためには、それなりの衣装が必要ね。ルーク、王都から取り寄せたあの生地、まだ残っていたかしら?」
「はあ、確か…ですがレイナ様、あまり派手な格好は…」
「あら、裕福な商人の娘ですもの。これくらいしないと怪しまれるわ」
私はクローゼットから、以前こっそり改造しておいた(刺繍を増やしたり、レースを付け足したりした)ドレスを取り出し、ご満悦で体に当ててみる。ルークは、また深いため息をついている。まったく、心配性なんだから。
そんな風に、次なる潜入計画に胸を躍らせていると、シスターの一人が「レイナ様、またお手紙が…」と、今度は少し困惑したような表情でやってきた。
「また王都から?」
「いえ、それが…王都の紋章なのですが、フローレンス公爵家のものではなく…検事局の印が…」
「検事局!?」
私は驚いて手紙を受け取った。差出人は、アンセル・マーティン検事補。あの堅物で真面目な若き検事が、一体何の用だろう?
封を開け、急いで中身に目を通す。そこには、簡潔ながらも、私の心を大きく揺さぶる内容が記されていた。
『レイナ・フローレンス様
突然の手紙、失礼いたします。貴女が関与されたとされる事件について、いくつか新たな証拠を発見した可能性があります。つきましては、近いうちに直接お会いし、詳細をお話しさせて頂きたく存じます。近日中に、そちらへ伺う所存です。 アンセル・マーティン』
(アンセル検事補が…来る!? 新たな証拠って、一体何…?)
私の胸は、期待と不安で高鳴った。私の無実を証明する決定的な証拠なのだろうか? それとも、何か別の厄介事に繋がるような…? しかも、なぜわざわざこんな辺境まで来るのだろう。王都で何か、彼が動きにくい状況でもあるのだろうか。
考え込んでいる私を、心配そうにルークが見つめている。
「レイナ様、大丈夫ですか?」
「ええ…少し、驚いただけよ。でも、これはチャンスかもしれないわ」
アンセル検事補が味方になってくれるのなら、これほど心強いことはない。彼が来る前に、こちらもできる限りの情報を集めておきたいところだ。
私が決意を新たにしていると、今度は別のシスターが、慌てた様子で部屋に駆け込んできた。
「レイナ様! 大変です! あの…先日フィフィちゃんを隠していた、見習い庭師のピート君が…!」
「ピート君がどうしたの?」
シスターに促されて修道院の玄関ホールへ行くと、そこには顔面蒼白で、服の袖が少し破れたピート少年が、震えながら座り込んでいた。
「ピート君、しっかりして! 何があったの?」
私が駆け寄ると、少年はびくりと肩を震わせ、涙目で私を見上げた。
「あ、あの…助けてください、レイナ様…! あの男が、また…!」
「あの男って…もしかして、オリヴィア嬢の共犯者だった男のこと?」
少年はこくこくと頷いた。
「ジャックっていうんですけど…昨日、仕事帰りに待ち伏せされて…『燭台の一件、俺たちのことをバラしたらどうなるかわかってるんだろうな』って脅されて…口止め料を払えって…!」
「まあ、なんて卑劣な…!」
「断ったら、殴られて…! それに、あいつ、言ってたんです…『俺は子爵様の『裏の仕事』も手伝ってるんだ、お前みたいなガキ一人消すことなんて簡単なんだぞ』って…!」
(子爵様の『裏の仕事』…!)
私はピーンときた。やはり、あの男、ただのチンピラではなかったのだ。そして、ダドリー子爵の黒い噂とも繋がった。ピート少年が、以前フィフィを隠した時に妙に怯えていたのも、このジャックという男に何か弱みでも握られていたのかもしれない。
「…わかったわ、ピート君。もう大丈夫よ。あなたは私が保護します」
私は少年の肩を抱き、力強く言った。
「ルーク!」
「はっ」
「ジャックという男の身辺調査、急いでお願い。それから、ダドリー子爵の『裏の仕事』についても、探れる範囲で情報を集めてちょうだい。おそらく、人を使って何かやらせているはずよ」
「承知いたしました」
ルークは厳しい表情で頷き、すぐさま部屋を出て行った。
「さて…」私は腕を組んだ。「アンセル検事補が来る前に、こっちの厄介事をさっさと片付けておかないとね」
ダドリー子爵の闇は、思ったよりも深いのかもしれない。だが、面白くなってきたわ。悪役令嬢の名にかけて、その悪事を白日の下に晒してやる!
その頃――。
王都から辺境へと向かう、一台の立派な馬車の中。
険しい表情で窓の外を眺めるアンセル検事補の隣には、なぜか、華やかなドレスに身を包んだセレナ・アシュフォード嬢が座っていた。
「本当に、辺境の修道院までご一緒する必要があるのですか、アンセル様?」
セレナは、少し不満そうな声で尋ねた。
「ええ。どうしても、私の目で直接確認しなければならないことがあるのです…フローレンス嬢に」
「レイナ様に…ですの?」
セレナの美しい眉が、わずかに寄せられた。
「彼女が、本当にあの事件に関わっていないというのなら…いえ、今はまだ憶測にすぎません。まずは、事実を確かめないと」
アンセルは、固い決意を秘めた目で、前方を真っ直ぐに見据えていた。
辺境の地で蠢く小さな悪意と、王都から迫る新たな波乱の予感。二つの流れが、間もなく交わろうとしていた。