第6話 月下の対決! 燭台泥棒の真相
夜も更け、修道院が寝静まった頃、私の部屋の窓が静かに開いた。音もなく滑り込んできたのは、もちろんルークだ。彼の報告は、私の推理を裏付けるには十分すぎるものだった。
「オリヴィア嬢の部屋の窓の外に、比較的新しい男性ものの足跡がありました。おそらく昨夜か、今夜つけられたものでしょう。それと、部屋の隅のカーペットの下に、わずかな土汚れが…外から何かを持ち込んだか、あるいは持ち出そうとした痕跡かと」
(ビンゴね…!)
私は内心でガッツポーズをした。オリヴィア嬢が夜中にこっそり誰かと会っていたという噂、そして外部の男の存在。これで繋がったわ。
(おそらく、恋人か、あるいはもっと厄介な関係の男…金に困った二人が、修道院の燭台に目をつけたとみて間違いないでしょうね)
私はルークに視線を送る。
「燭台はまだ、この修道院の中にあるはずよ。あの倉庫が怪しいわ」
「はっ」
私たちは足音を忍ばせ、月明かりだけが差し込む廊下を抜け、問題の倉庫へと向かった。昼間、ルークが重い物を引きずった痕跡を見つけた場所だ。
倉庫の中は、様々なガラクタや古い麻袋が積み上げられ、かび臭い匂いが漂っている。私たちは手分けして、痕跡の先を慎重に調べ始めた。
そして…見つけた。積み上げられた麻袋の一番下に、不自然な膨らみがある。そっと麻袋をどかすと、そこには粗末な布にくるまれた、鈍い銀色の輝きがあった。間違いなく、盗まれた銀の燭台だ。
「よし、これで証拠は…」
私が燭台を手に取ろうとした、その時だった。
ギィ…と、倉庫の扉が開く音がした。
月明かりを背に、二つの人影が現れる。一人は、震える小鹿のような令嬢、オリヴィア。そしてもう一人は…見覚えのない、しかし目つきの鋭い若い男。おそらく、メイドたちが噂していた「見かけない若い男」だろう。
「あっ…! 燭台が…!」
オリヴィア嬢が、私たちが燭台を発見したことに気づき、悲鳴のような声を上げた。男の方は、舌打ちを一つすると、素早く私たちの前に立ちはだかった。
「ちっ…誰だか知らねえが、余計な嗅ぎまわり方しやがって…」
どうやら、彼らは今夜のうちに燭台を運び出すつもりだったらしい。残念だったわね、一足遅かったようだわ。
私は燭台を抱えたまま、ゆっくりと立ち上がり、二人の前に姿を現した。隣には、いつの間にか臨戦態勢に入っているルークがいる。
「こんばんは、オリヴィア嬢。それから…そちらは見慣れないお顔ですわね?」
私は努めて冷静に、しかし有無を言わせぬ圧力(悪役令嬢時代に培ったスキルだ)を込めて言い放った。
「残念でしたわね。あなた方の計画は、全てお見通しですのよ」
「な、何を言って…!」
オリヴィア嬢は顔面蒼白だ。男の方は、苦々しげに顔を歪めている。
「あんた、確かフローレンス公爵家の…なんでこんなところに…」
「自己紹介は後にしていただきましょうか」私は話を遮った。「まずは、この窃盗事件の真相について、ご説明願えます? あなた方が、この燭台を盗んだのでしょう?」
「し、知らないわ! 私たちは何も…!」
「あら、しらを切るおつもり?」私は肩をすくめた。「オリヴィア嬢、あなたが夜な夜な、この男と窓際で密会していたことは存じておりますのよ? お金に困っていたこともね。この燭台を盗み、彼に外へ運び出させて換金する…そういう計画だったのでしょう?」
私の指摘に、オリヴィア嬢は言葉を失い、男はますます険しい表情になる。
「昨夜、あなたがたは計画通り燭台を盗み出し、一時的にこの倉庫へ隠した。しかし、何か予期せぬことが起こり、すぐに運び出すことができなかった…例えば、見回りのシスターに気づかれそうになった、とか?」
図星だったのか、男が動揺したように目を見開いた。
「だから、今夜改めて運び出そうと、ここへ来た…違います?」
「…くそっ!」
男が逆上し、懐からナイフを取り出して私に襲い掛かろうとした。しかし、それが成功するはずもない。
「危ない!」
ルークが素早く私の前に立ち、いとも簡単に男の腕を捻り上げ、ナイフを取り上げた。さすが元騎士。その動きには一切の無駄がない。
「ぐあっ!」
男は床に押さえつけられ、呻き声を上げる。
オリヴィア嬢は、その場にへなへなと泣き崩れた。
「うぅ…ごめんなさい…! 彼が…借金で首が回らなくなって…それで…私がこの修道院に古い燭台があるって話したら…」
どうやら、男に唆されて犯行に及んだ、というのが真相らしい。まあ、同情の余地がないわけではないけれど、罪は罪だわ。
その騒ぎを聞きつけ、松明を持った修道院長や他のシスターたちが駆けつけてきた。
「これは一体…! レイナ様!?」
私は修道院長に向き直り、事の顛末を簡潔に説明した。床に押さえつけられた男、泣きじゃくるオリヴィア嬢、そして私の手の中にある銀の燭台が、何よりの証拠だ。
全てを聞き終えた修道院長は、深いため息をつき、オリヴィア嬢と男を厳しく諭した。しかし、彼女は二人を警察に突き出すことはせず、修道院での労働奉仕と、燭台の価値(それほど高価ではないが)に見合う額の弁償を命じるにとどめた。私も「オリヴィア嬢も深く反省しているようですし、若気の至りということで…」と、少しだけ情状酌量を願い出ておいた。ここで恩を売っておくのも悪くない。
こうして、修道院の小さな窃盗事件は、無事に解決を見た。
シスターたちは、私の見事な(自画自賛)推理力と、ルークの鮮やかな犯人制圧に感嘆し、私を見る目が明らかに変わった。以前のような腫れ物に触るような態度ではなく、尊敬と、少しばかりの畏怖が混じったような視線を感じる。
(ふふん、これで少しは、この修道院でも動きやすくなったかしら)
私は内心でほくそ笑んだ。
自室に戻り、改めて王都から届いた手紙を手に取る。アンセル検事補、そしてセレナ嬢…。彼らは今頃、どんな情報を掴んでいるのだろうか。私の冤罪事件の黒幕は、一体誰なのか。
(辺境での小遣い稼ぎ(?)もいいけれど、そろそろ本腰を入れて王都の謎を探らないとね…)
私は窓の外を見やり、決意を新たにする。
「ルーク」
「はっ」
「明日は予定通り、ダドリー子爵家の再調査よ。あの『見かけない若い男』…もしかしたら、オリヴィア嬢の共犯者の男と、何か繋がりがあるかもしれないわ」
「承知いたしました」
ルークの力強い返事を聞きながら、私の探偵としての血は、再び騒ぎ始めていた。辺境の謎と王都の陰謀。二つの事件が、どこかで繋がっている予感がする。悪役令嬢探偵の、本当の戦いは、まだ始まったばかりだ。