第5話 潜入捜査! シスターたちの秘密
「銀の燭台が盗まれた…ですって?」
私はわざとらしく驚いてみせ、慌てふためく若いシスターに駆け寄った。内心は(よし、探偵としての腕の見せ所ね!)とワクワクしているけれど、もちろんそんな素振りは見せない。今は「心を入れ替え、神に仕えることを決意した(ふりをしている)元・悪役令嬢」なのだから。
「ええ、そうなんです! あの一対の燭台は、この修道院が建てられた時からずっと大切にされてきたもので…院長様もひどくお嘆きで…」
「まあ、それはお気の毒に…私に何か出来ることがあれば、何なりと」
私は心配そうに眉を寄せ、シスターの手を取った。よし、まずは現場検証ね。
シスターに案内されて厨房へ向かうと、そこには憔悴しきった表情の修道院長と、他のシスターたちが数名集まっていた。燭台が置かれていたはずの棚の上には、ぽっかりと空間が空いている。もう片方の燭台だけが、寂しそうに残されていた。
「レイナ様まで…申し訳ありません、お見苦しいところを」
修道院長が力なく微笑む。
「とんでもない。私もこの修道院の一員ですもの。何か手がかりが見つかるかもしれませんわ」
私は許可を得て、厨房の中を注意深く観察し始めた。ルークも私の指示で、窓や扉の施錠状況、外部から侵入した形跡がないかなどを確認している。
(窓も扉も、昨夜から施錠されていた…となると、犯人は内部の人間、もしくは合鍵を持っている人物の可能性が高いわね)
燭台が置かれていた棚の周りには、特に争ったような跡はない。計画的な犯行か、あるいは顔見知りの犯行か。ふと、床の一部に、微かな傷がついているのに気づいた。何か重い物を引きずったような…? それから、普段なら壁際に置かれているはずの小麦粉の袋が、少しだけ位置がずれているような気もする。
「最後に燭台をご覧になったのは、どなた?」
私が尋ねると、年配のシスターが答えた。
「昨日の夕食後、私が片付けた時には、確かに二つともありましたよ。今朝、朝食の準備に来た若いシスターが、なくなっているのに気づいたんです」
「昨夜、何か変わった物音などを聞いた方はいらっしゃいますか?」
「そういえば…夜中に、中庭の方で何かゴソゴソするような音が聞こえたような気が…気のせいかもしれませんが」
「誰か、最近お金に困っているような方はいらっしゃいませんでした?」
私の直接的な質問に、シスターたちは顔を見合わせ、少し気まずそうに口ごもる。
「さあ…」「皆、慎ましく暮らしておりますから…」
ふむ、ガードが固いわね。これは、もう少し工夫が必要かしら。
一旦、自室に戻った私は、ルークと共に容疑者のリストアップを始めた。
「内部犯行だとすると、容疑者はシスター全員、それから私以外の謹慎中の令嬢が三名…あと、出入りの業者ね」
「出入りの業者は、昨日はパン屋と八百屋が来ていたはずです。しかし、彼らが厨房の奥まで入ることは通常ありません」
「となると、やはりシスターか、令嬢…?」
私はクローゼットを開け、変装道具を物色し始めた。
「よし、今回はこれでいきましょう」
私が選んだのは、質素なグレーの修道服と、清潔そうな白い頭巾。普段のクールな(そしてちょっと派手好みな)私とは真逆の、「真面目で敬虔な見習いシスター」風スタイルだ。
「どう、ルーク? 清純そうに見えるかしら?」
私がくるりと回って見せると、ルークは一瞬目を丸くした後、すぐに真顔に戻って咳払いをした。
「…お似合い、かと。それで、どうなさるおつもりで?」
「ふふん、潜入捜査よ。シスターたちに交じって仕事を手伝うふりをしながら、内部情報を探るの。女性同士の噂話は、時にどんな証拠よりも雄弁だもの」
早速、私は「見習いシスター・レイナ」として、修道院内の仕事に加わった。掃除、洗濯、畑仕事…どれもこれも慣れない作業ばかりで、内心(早くも筋肉痛になりそうだわ…)と泣き言を言いたくなるが、これも捜査のためだ。
そして、狙い通り、他のシスターたちは「真面目に奉仕活動に励む元・公爵令嬢」に少しずつ心を開き始めた。
「レイナ様も大変ねぇ、慣れない仕事ばかりで」
「いいえ、これも神様がお与えになった試練ですもの」
私はにっこり微笑みながら、さりげなく会話を誘導する。
「それにしても、燭台がなくなるなんて…物騒ですわね」
「本当にねぇ…まさか、この中に盗みをするような人がいるなんて…」
「そういえば、シスター・アガサ、最近、実家からお金の無心の手紙が来て困っていたみたいよ…」
「あら、そうなの? でも、まさか彼女が…」
「それより、あの新しい令嬢、夜中にこっそり誰かと会っているのを見たって、シスター・マーサが言ってたわよ…」
(なるほど…シスター・アガサの金銭問題と、新人令嬢の夜の密会…ね)
有益な情報ゲットだわ。
一方、ルークはというと、持ち前の腕力を見込まれ(?)、力仕事担当として倉庫の整理や薪割りを手伝っていた。
「ルークさん、助かるわぁ!」
「いえ、これくらい…」
むっつりとした顔で作業をこなしながらも、彼の目は鋭く周囲を観察している。そして、彼は古い倉庫の隅で、私が厨房で見つけたのと同じような、何か重い物を引きずった痕跡を発見したらしい。
夕方、再び自室に集まった私たちは、情報を突き合わせた。
「シスター・アガサと、新人令嬢…どちらも怪しいわね。でも、あの重い燭台を一人で運び出すのは難しいはず…共犯者がいるのかしら?」
「倉庫の引きずり痕は、厨房から続いているようでした。犯人は、盗んだ燭台を一時的に倉庫に隠したのかもしれません」
「倉庫…」
私は全ての情報を頭の中で繋ぎ合わせる。床の傷、小麦粉の袋の位置、夜中の物音、金銭問題、夜の密会、倉庫の引きずり痕…。
(犯人は内部の人間。動機はおそらく金銭。共犯者がいる可能性も高い。そして、盗まれた燭台は、まだこの修道院の中にある…!)
パチン、と指を鳴らす。見えたわ。犯人と、その手口が。
「ルーク」
「はっ」
「例の新人令嬢…名前は確か、オリヴィアさんだったかしら。彼女の部屋を、それとなく調べてみてくれる? 特に、窓の外と、ベッドの下あたりを重点的に」
「…承知いたしました。しかし、令嬢の部屋を無断で調べるのは…」
「大丈夫よ、うまくやりなさい。何か見つかったら、すぐに知らせて」
私の確信に満ちた声に、ルークは一瞬ためらったものの、すぐに力強く頷いた。
さて、私の推理が正しければ、今夜あたり、動きがあるはずだわ。私は窓の外、暗くなり始めた空を見上げながら、ほくそ笑んだ。悪役令嬢の勘は、こういう時、よく当たるのだ。