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第4話 王都の便りと、消えた銀の燭台

 ほくほく顔で修道院の自室(兼・探偵事務所)に戻った私とルークは、早速、今回の「プードル捜索作戦」で得た情報の整理に取り掛かった。


「まず、ダドリー子爵家のフィフィちゃん誘拐(未遂?)事件の犯人は、見習い庭師の少年、ピート。動機は『可愛さ余って隠しちゃった』。まあ、これは解決済みね」

 私はコルクボードに貼ったメモに「解決」と書き込む。


「気になるのは、他の情報よ。メイドが言っていた『塀の外をうろついていた見かけない若い男』。それから、ピート少年が何かを隠しているような、あの怯えた目つき…」

「確かに、あの少年は何か事情を抱えているようでしたな。フィフィを隠したのも、単に奥様に叱られるのを恐れただけではなかったのかもしれません」

 ルークが真面目な顔で頷く。彼はああ見えて、人の機微には敏いのだ。元騎士として、様々な人間を見てきた経験が生きているのだろう。


「ダドリー子爵家自体にも、黒い噂は絶えないしねぇ…例えば、先代の子爵の不審な死とか、現子爵の怪しい金策とか」

 私が壁に貼った、この辺りの貴族の相関図(もちろん自作だ)を眺めながら呟くと、ルークは少し驚いた顔をした。

「レイナ様、そのようなことまで調べておられたのですか?」

「あら、探偵の基本は情報収集よ? 辺境だからといって、油断は禁物。いつ、どんな事件に巻き込まれるかわからないもの」


 私は腕を組み、うーんと唸る。

「よし、決めたわ。ルーク、明日、もう一度ダドリー子爵家周辺を探ってみましょう。今度は、そうね…吟遊詩人にでも変装して、さりげなく情報を集めるのはどうかしら? リュートくらいなら、嗜みで習ったことがあるし」

「りゅ、リュート、でございますか…? レイナ様、それはさすがに…」

 ルークが、心底嫌そうな顔をする。失礼ね、私の可憐な(?)演奏を聴かせてあげようというのに。


 そんなやり取りをしていると、部屋の扉がコンコン、と控えめにノックされた。

「レイナ様、いらっしゃいますか? 修道院長様がお呼びです」

「院長様が?」

 私がルークと顔を見合わせていると、シスターは続けた。

「王都のフローレンス公爵家から、お手紙が届いております」


 王都からの手紙…? 父や兄が、私の様子を探るために寄越したのだろうか。それとも、何か別の意図が…?

 私は少し緊張しながら、修道院長室へと向かった。ルークも心配そうに後ろをついてくる。


 修道院長から受け取った手紙は、確かに父の執事からのものだった。時候の挨拶から始まり、私の健康を気遣う当たり障りのない文章が続く。だが、私はその手紙のある部分に隠された、微かなインクのシミと、不自然な単語の配置を見逃さなかった。

(…これは、前世の知識を使った簡単な換字式暗号ね。相変わらず、あの執事も人が悪いわ)


 自室に戻り、早速暗号を解読する。そこには、驚くべき情報が記されていた。


『アンセル・マーティン検事補、貴女の断罪事件に関し、独自の調査を開始した模様』

『セレナ・アシュフォード嬢も、何かを探っている様子。目的不明なれど要注意』

『王城内、不穏な動きあり。詳細不明』


(アンセル検事補が…? あの堅物そうな若者が、まさか私の無実を信じて…? それに、セレナまで?)

 予想外の情報に、私の心臓が少しだけ速くなる。セレナが何を探っているのかは気になるが、アンセル検事補が動いてくれているのなら心強い。彼は確か、平民出身で、貴族社会の不正を憎んでいたはずだ。


(…のんびり辺境で探偵ごっこに興じている場合じゃなかったわね)

 私は少しだけ反省した。本来の目的は、私の汚名をそそぎ、母の死の真相を突き止めることなのだから。

(でも…)

 ちらりと、コルクボードに貼られたダドリー子爵家のメモに目をやる。

(この子爵家の謎も、放ってはおけないのよねぇ…)

 ああ、いけない、いけない。探偵の血が騒いでしまう。


 私がそんな葛藤に頭を悩ませていると、再び廊下が騒がしくなった。

 ドタドタドタッ!

 今度は、若いシスターが、血相を変えて私の部屋に飛び込んできた。


「た、大変です! レイナ様!」

「どうしたの? 落ち着いて」

「厨、厨房に保管してあった、銀の燭台が…! 大事な燭台が一対のうち、一つなくなっているんです!」


 銀の燭台? 確か、この修道院に古くから伝わる、年代物の燭台があったはずだ。決して高価なものではないが、修道院にとっては大切な宝物だと聞いていた。


 私の目が、カッと見開かれた。

(…窃盗事件発生ね!)

 王都の事件も気になるけれど、目の前で起こった事件を見過ごすわけにはいかない。それに、これは絶好の機会かもしれない。この事件を解決すれば、修道院内での私の信用も上がり、今後の活動がよりスムーズになるかもしれない。


 私はニヤリと口角を上げ、隣に立つルークに目配せをした。

「ルーク」

「はっ」

「私たちの出番よ!」


 私の言葉に、ルークは今日何度目かの、しかしどこか覚悟を決めたような深いため息をつき、「承知いたしました」と力強く頷いた。

 悪役令嬢探偵、レイナ・フローレンス。辺境の修道院を舞台にした、次なる事件の捜査が、今、始まる!

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